表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛短編

悪徳令嬢は嫌がらせをしたい




 男は驚いて目を丸くした。

 目の前にいるのは話で聞いた通りの可憐な少女だった。

 陶磁器のようにシミ1つない真っ白な肌。薄桃色に染まった頬。絹糸のように柔らかそうな金髪はまっすぐと伸びていて腰まで届きそうだ。

 しかし、その可憐な少女の顔つきは険しく、蒼い瞳は淑女レディというには相応しくないほどに戦士のような力強い目をしている。その目はきっと彼女の父親に似たのだろう。


「初めまして、わたしはレミリア。レミリア・R・スカーレット」


 まだ幼さが残る高い声。傍から見れば、将来が楽しみな小さな淑女。

 しかし、彼女の手にはその容姿、年齢には似つかわしくない棒が握られていた。

 自分も見上げてしまうほど大きいその棒の先端は、U字型に曲がっている。確か、サスマタというものだった気がする。自分の職場に先端が尖っている本物のサスマタが置いてあるが、彼女が持っているのは防犯用に作られたものだ。



(なんでそんなものを持っているんだ?)



 男は立ち上がり、少女の傍までくるとにこりと微笑んだ。


「初めまして、スカーレッド伯爵令嬢……私は貴女の叔父上の紹介できた……」



 ドスッ!



 彼女のサスマタが男の腰を捕らえ壁まで押し込んでいく。


「え? ちょ?」


 男は驚いた目で少女を見ると、彼女は眉間に皺を寄せたまま男を壁までしっかり追い込んだ。


「この刺股が届く範囲に来ないでください。私に近づけばこのサスマタで壁に追い込みます」


「…………」


「それと、私はもうスカーレッド伯爵令嬢ではございません。亡き父の爵位を国王から特別に受け継ぎ、この屋敷の主となったスカーレッド伯爵です。人の肩書はきちんと覚えないと無礼に当たりますよ? 今回はこれで許しましょう……」


 勇ましくそう言う彼女を見て、大きなため息を漏らした。


「想像以上にお転婆な子だ、キミは……」


 男は頭を抱えた後、そのサスマタに手を伸ばした。


「それと、サスマタは二本以上複数で使うのが正解ですよ?」


 にこりと笑った男はそのままサスマタを押し返す。それも相手を転ばせないようにゆっくりと。


「え?」


「いい? サスマタは言わば抑制力だ。まあ、使い方はさっきみたいに壁を追い込むのも正解だけど……一本じゃ使えない。こうやって押し返されちゃうからね」


「あ、ちょっと! まって……」


「じゃあ、このまま演習。サスマタの使い方は追い込む、転ばす、捕まえる。こういう風にね!」


 男はそういうと少女からサスマタを奪い、長い柄を使って彼女に足払いをする。


「きゃっ!」


 尻餅をついた少女の腰を容易に捕らえると、険しい顔つきでこちらを睨んでくるが、男はそれにお構いなしだった。



「この度の無礼をお許しください、スカーレッド伯爵」



 ニッと口元だけ笑ってみせた後、その笑みはすぐに消え失せる。



「しかし、今までどんな貴族の坊ちゃんたちを相手にしていたかは知らないが、実力行使に出るなら相手を選んだ方がいい」


 丁寧な口調から一変し、男の声音は低く、口調も荒々しくなる。


「自己紹介が途中だったかな? ……けど、オレは堅苦しい挨拶は苦手なんだ」


 サスマタから少女を開放し、男は不敵な笑みを浮かべた。


「改めて初めまして、オレはキミの叔父上からの紹介で来た、レッド・カラハー。キミの父上、黒騎士リグレットも所属していた近衛騎士団所属だ。まあ、第二部隊の下っ端だけどな」



 男、レッドは手を差し出す。



「女の子に手荒なことして悪かったよ、怪我はないか?」

「…………」



 声をかけるも、少女は答えない。いや、よく見ると微かに唇を動かしていた。



「……って………」

「え?」



 少女の言葉が聞き取れず、レッドが聞き返すと、少女は目に涙を浮かべてレッドを睨みつけた。



「サイテーーって言ったのよ!!! ばぁーーーーーーか!!」



 スカートの下に隠していた特殊警棒を取り出し、それを一振りすると、刀身が伸びる。



「私に触るな!!! 死に晒せ!!!!」


 レッドの顔面に目掛けて突いた。


「あっぶね!!!」


 しかし、レッドはそれを避けて少女から離れる。

 それでも少女はそのまま力任せに警棒を振り回す。



「うわっ!? ちょ!? 待って! マジで待って! ごめんて! ごめんって!!」

「うるさい! 女性に手を上げる野蛮人! これだから男は!!!」

「先に手を出したのはお前だろ!!!」



 一通り暴れ、少女は大きく肩で息を吸う。



「ゼェーハァーゼェハァー……」

「…………」


 しばらく沈黙が流れ、レッドとレミリアは互いに一定の距離を保ち、そして内心で呟いた。



(やべぇ相手を紹介された)



 【1】



「いったい、何があったのですか……これは?」


 応接間にそういってやってきたのはスカーレッド家の執事代理を務める女性、サインだった。女性にしては背が高く、長い黒髪をうなじの位置で一つにまとめている。服装も燕尾服で男装麗人とは彼女のことをいうのだろう。

 警棒を構えるレミリアとソファを影に隠れるレッドはやってきたサインに目を向ける。


「ちょっとサイン!!」

「サイン!!」


 怒鳴るように二人が言った。


「「いったいこれはどういうこと!?」」


 二人の勢いに気圧されて、サインは身をのけ反らせる。

 しかし、彼女は咳払いをしていった。


「どういうって……すべては旦那様の遺言状にあった通り、お嬢様の叔父上、ザイル様が呼んだのです……」


「遺言……?」


 レッドは首を傾げた。


「とりあえず、二人ともお座りください……」


 レミリアとレッドはしぶしぶ了解し、ソファに座って、サインが新しく用意した紅茶を飲んだ。


 リグレット・R・スカーレッド。別名、黒騎士リグレット。元は傭兵という立場でありながら国王の直属の近衛騎士団に置かれており、最強と名高いその男は近隣諸国でも有名なほどだ。さらに敵国との戦争では単騎で本陣まで攻め込み、殲滅させたという。国内でも彼は戦争だけでなく裏切者や斥候スパイを捕縛し、異例の強さと護り、指揮の良さがあった。しかし、若き頃は上官に手を下し、気に入らない貴族を暗殺してその地位をものにしていたという噂もあった。

 領地であるスカーレッドも領民に高い税金を払わせていると悪い噂も。

 しかし、それはしょせん噂だ。実際にレミリアの父は領民に暴利な税金なんて支払わせていないし、若い頃に貴族を暗殺したこともない。今の地位にいるのはレミリアの母親と結婚したからだ。


 彼はレミリアの母親と結婚したのち、正式に近衛騎士団へと入団した。レミリアが生まれてすぐに妻を病で亡くしてしまうが、王への忠誠は変わらず誓ったままだ。

 そんな彼は半年前の戦いで戦死したと報告があった。谷底に落ちた彼は死体が上がらず、近くで見つかったドックタグだけが騎士団の元へ戻った。

 残されたレミリアは特例としてリグレッドの地位を譲り受けた。

 レミリアは父が亡くなって、手渡された遺言状は「結婚相手を見繕ってやる。いやだったら断れ」というものだった。



「どんな遺言か知りませんが、私は結婚なんてしないわ!」



 レミリアは父が亡くなってから、彼の遺言状のせいで苦労してきた。

 まずは彼自身が用意した見合い相手、そして、彼が亡くなったことで私服を肥やそうと寄ってきた男達だった。

 どいつもこいつも、気持ち悪いし、自慢ばかりで、気弱で、自分の事しか考えていない。そんな男達ばかりでレミリアは嫌気がさし、おかげで男性不信気味になってきた。

 やってきた男を落とし穴にかけたり、馬車に細工して車輪が外れやすくしてやったり、相手が座るソファに汚い音が鳴る風船を仕込んで恥をかかしたりと数々の嫌がらせをして追い返してきた。



「キミ、そんなことしてたわけ?」



 レッドが呆れて言い、レミリアはふんっと顔を逸らした。


「私、結婚なんてしたくないもの。それに紹介された相手って嫌なやつばかりだったし、女性をものとしか扱ってないような男は紳士とは言えないわ」


「はぁ……なんだそれ……んで、サイン。もしかして……その遺言状とやらにはオレの名前も書いてあるわけ?」


「ええ、その通りです」

「マジか……」


 信じられないレッドに、彼女は三枚の紙を取り出した。


「では、呼名させていただきます」


 その紙三枚分の遺言状にはびっしり名前が書かれている。


「まず、北方に領地をお持ちの……同じく北方……それから……」


 サインが次々と名前を呼んでいき、レッドの顔が青ざめていく。

 どんどん名前を呼ばれ、3分経った。


「そして、最後。近衛騎士団第二部隊所属のレッド・カラハー様です。以上、50名」

「……え、50!?」


 レッドが声を上げる。


「キミ、その年で50人もお見合いしたのか!?」

「あら、そんなもんだったかしら? もっといたような気が……」

「お嬢様は社交界にも出席しましたからね」


 つまり、彼女は15歳でありながら50人以上の男の見合いをしていた。


「んで、全員断ってきたってことか? 50人も?」

「そうよ、嫌な奴ばかりなんだもの。みんな見ているのはこの屋敷の価値だけ。私にはなーんも興味ない。あなただって、この家が欲しくて来たんじゃないの?」



 レミリアがジト目でレッドを見ると、彼はため息をついた。



「貴族になるより、騎士団で王子の子守りして働いていた方が楽だっての……」


 レッドはまたため息をついた。


「てか、マジか……オレ、結婚する気ねぇんだけど……」


「私だって、結婚したくありません! 男の人は嫌い! どうせアンタも……お風呂も入らず香水で匂い誤魔化してるんでしょ!!」


「近衛騎士なめんな! 香水なんて嗜好品買いに行くほど暇じゃねぇし、シャワールームくらい置いてあるからシャワー浴びるわ!!」

「論点ずれていますよ、レッド」


 サインが呆れて言った。


「とにかく、旦那様の遺言状には『とくに、最後の名前のやつは騎士団の身内なので、ソイツを呼んだらとにかく逃がさないこと。月一で屋敷に来させること』と書かれています」


「なんで最後のやつが得しねぇことになってんだよ」


「とにかく、今後、レッドは月に一度、屋敷に赴いて一泊してもらいます。これはお嬢様も、貴方にも拒否権がありません。私は、旦那様の意向を尊重します」

「……」


 二人の顔に絶望の色が浮かぶ。


「勘弁してくれ」

「最悪……」


「では、レッド。お部屋をご用意してあります。今後、泊まる際にはそちらをご利用ください。屋敷の出入りは自由です。それから地下室以外の合い鍵もお渡ししますね」


 サインが鍵の束を渡そうとするが、レッドはそれを突っ返した。


「さすがに受け取れないわ!」

「あら、そうですか?」

「当たり前だろう! 人んちの鍵なんて持ち歩けねぇよ!」

「そうよ! こんな男に鍵なんて渡す必要なんてないわ!」


 レミリアもそういうが、サインは言った。


「ですが、レッド。お嬢様に追い出された時はどうするおつもりで?」

「そりゃ……どっかで泊まるか……城に帰る……」

「残念ですが、ここらで泊まる場所はありませんし、旦那様が王様と王子様に根回しをしているので、その日一日は城への入城はできないようにしてますよ?」

「どんな根回ししてんだよ!!!」


 レッドはため息をついた。


「わかったよ……じゃあ、玄関の鍵だけくれ……」

「はい」


 レッドはサインから鍵を受け取った。


「では、お部屋に案内します。お嬢様、戻ってくるまでここにいてくださいね……」

「……」


 不満そうな顔をしているレミリアに、サインはにっこりと笑ってレッドを応接間から連れ出した。


「どういうことだよ、サイン」


 レッドがうんざりした顔をして言った。


「どういうことって、説明したとおりです」

「あのなぁ……ザイルにも言ったけど、オレは結婚なんてする気もないし……ん?」


 サインがレッドに一通の封筒を突き出した。


「ザイル様からのお手紙です……」

「……」


 レッドは封筒を受け取り、大きなため息をついた。


「読むのはお部屋についてからにしてください」

「へいへい……」




 部屋を案内されたあと、レッドは堅苦しいベストを脱ぎ、椅子に腰掛ける。

 部屋は自由に使っていい。そして、屋敷内はもちろん、必要であれば使用人を呼んでもいいとサインに一通り説明され、レッドは適当に返事をしてようやく一人になった。

 ため息をついて、これまでの経緯を振り返る。


 彼女、レミリアの叔父ザイルから「うちの姪は男性が苦手なんだ。うちのサインとも友達のキミなら心を許すかもしれない。頼む! 姪の男性不信を克服してくれ!!」と泣きつかれたのだ。まさか結婚相手にと呼ばれているとは露も知らなかった。おまけにあの黒騎士リグレットの遺言状にまで書かれているとは……もうため息しか出ない。

 レッドはサインから渡された封筒を手にし、それを開けた。


「なんだこれ……!」


 それは彼女の叔父の手紙と王様の名前と王子の名前が書かれた復命書。

 まずはザイルの手紙を開ける。


【親愛なる友、レッドへ】

 騙してごめんねぇええええええええええええ!!!

 でも、キミ、絶対断ると思って隠してたんだ! 義兄上あにうえの命令だし、逆らったら死んだ後も祟られると思うんだ!! それに王も王子も結託してるし逆らえない! 本当にごめんねぇえええええええええ!!! 結婚はしなくても、家を守るのために協力してくれ!

 追伸 レミリアは見た目も中身も姉上似なので、安心してくれ。



「安心できるか……!」


 レッドは次に復命書に目を通す。



 近衛騎士団第二部隊所属 レッド・R・カラハーに以下の任を与える。


 月に一回以上必ず有休をとってスカーレッド家の屋敷に赴くこと。なお、その時、城には入城できない。

 必ず、レミリア嬢と会い、屋敷に最低でも一泊以上はすること。

 不審な輩がいたら報告を行うこと。レミリア嬢、もしくは屋敷に危害を加える者がいた際には捕縛すること。

 なお、これは次期黒騎士リグレットが決まるまで任は解かれないものとする。



「……一体、どんな冗談だよ……」



 王の字はあまり見たことがないので自信はないが、王子の筆跡だけはレッドにはわかる。これはどう見ても彼のものだ。何度も変な遊びに付き合わされているため、彼の字は見慣れてしまっている。


「ウソだろ……本物かよ……ん?」


 まだ手紙が残っている。レッドはその手紙を目に通した。


 こんこん!


 乱暴にノックをされて、レッドは振り向く。

 この乱暴なノックはきっとサインではないだろう。そう考えると、レッドが思い浮かぶ人物はただ一人。


「あのお嬢様か……」


 サスマタから警棒まで振り回すとんでもないお嬢様、レミリア。男性嫌いと言っていたが、部屋に来る経緯が思い浮かばない。


「……」


 さすがにあのお嬢様が一人で男の部屋まで来るわけがないだろう。そもそもレッドの部屋を知らないだろう。きっとサインも一緒にいるはずだ。


「はーい、どなたー?」


 レッドがドアを開けた時だった。

 視界にきらりを光るものが見え、反射的に体をのけ反らせると眼前に風が通り過ぎた。


「うわっ!」

「ちっ! 反射神経がいいのね……」


 目の前にいた金髪碧眼の可憐な少女が、淑女とは思えない悪人面を浮かべ舌打ちをしている。


「ば、ばか! 危ねぇだろ! つか、サインは!?」


 周囲を見ると、彼女の姿がない。


「サインなら、今頃応接間に行ってるんじゃない?」

「じゃあ、なんでオレの部屋を知ってるんだよ!」



「尾行してきたのに決まってんでしょう!!!」


「堂々と何言ってんだ、お前!! 淑女の風上にもおけねぇな!!!」



 黒騎士リグレットの娘は、まるで一流の人形師が作った生き人形のように可憐で、まさしく小さな淑女リトルレディと呼ぶにふさわしいと噂で聞いていた。

 しかし、蓋を開けてみれば中身は黒騎士リグレッド似の撲殺系淑女だ。


(誰だよ! リトルレディなんて言った奴! リトルなんてもんじゃねぇって!)


「お父様の選んだ人だか、婚約者なんだか、仕事なんだか知らないけど! 私は結婚なんてしないし、男が嫌いです! さっさと屋敷から出てって!」

「……」


 初対面の少女になんでここまで嫌われなくてはならないのか、友人の為と命令とはいえ、いくら何でもひどい。ひどい。

 被害者ぶるつもりはないが、有給まで使って、帰るに帰れないし、どうしろと……


「わかった……」


 レッドは大きなため息をついて言った。


「オレは城に帰れないし、キミも男嫌いだし、意見が毛ほど一致しない。だから、オレはこの状況を楽しむことに決めた」


「た、楽しむ?」


 レッドの言葉にレミリアが怪訝な顔をする。


「そう、月に一回。オレはここに遊びに来る。キミはオレに嫌がらせでもなんでもすればいい。鍛錬代わりに遊んでやる。ただし、オレとも遊んでもらうからな」


「……何してよ?」


「んー、王子とやってる遊びを適当に教えてやるよ。お嬢様が知らない遊び」


「……アンタが月に屋敷に来ないことは?」


「ない。月に一度必ず来る。日時は手紙を送る。それまでに迎撃準備でもしてろ」


「…………アンタがこっちに危害を加えることは?」


「身動きを封じることはあるけど、怪我はさせない」


「……つまり、アンタは一方的に殴られ放題ってこと?」


「……殺さない程度ならなんでもいいよ、そういう認識で」


 淑女とは思えない発言だが、所詮は15歳の少女。力技ではレッドに勝てるわけがない。


「わかったわ。ただし、こっちからも条件を出すわ」


「これ以上にない譲歩なのにまだあんのかよ……」


「当たり前よ。でも、条件は簡単よ。私とサインの部屋には入らないこと」


「頼まれても入らねぇよ……いてぇ!」


 ヒールで足を踏まれ、レッドが悶絶する。


「その次、私はあんたの部屋に入るわ」


「おいおい……嫁入り前のお嬢様が男の部屋に入るって……」


「勘違いしないで。アンタに嫌がらせをする為に罠を仕掛ける為よ」


「あー、オレが泊まる前に用意すんのね……いいぞ。そのかわり、オレの部屋に入るならこっちからも条件を付ける」


「何よ?」


「まず、オレが滞在している間、夕食から一時間後から翌日の夜明けまで入室しない。ベッド、あと、オレの剣には細工をしないこと。オレの部屋に入る時は必ず、サインと一緒に入ること。破ったらどうなるか保証はしないからな」


「何よ、そんなこと?」


「そんなことでも重要なんだよ。ほら、同意書も書いてやるよ」


 他にも体調不良、就寝を覗いて一時間以上の自室への滞在を禁止など、ルールを決めていった。

 レッドは簡単にまとめると、自分の名前を書いた。


「ほら、お前も。公的処置じゃねぇけど、よく読めよ……」


「……」


 レミリアは同意書にざっと目を通した。


「これ……つまりサインしたアンタは殴られて怪我しても文句言えないってこと?」


「そうだよ。お前も、条件破ってオレの部屋入ったら文句いえないからな」


「……わかったわ。ほら、書いたわよ」


 レミリアもサインし、レッドはそれを受け取ると口を隠すように手を置いて同意書に再び目を通した。

 彼女は気づいてないだろう。同意書に書かれていた一文を。

 彼女にばれないようにふっと笑うと、レッドは再びレミリアに手渡した。


「んじゃ、これサインに持って行って確認してもらって」

「……」


 レッドから紙を受け取った時だった。


「あ、お嬢様。こんなところにいたんですね!」


「あ、サイン! 見なさい、私とあいつの同意書よ! これでこいつをボコボコにしても文句は言わせないわ!」


「……」


 サインが同意書を受け取り、彼女は意外な顔をする。


「お嬢様、レッドの滞在を認めるんですね?」


「……は?」


 やはり彼女は同意書をよく見てなかったらしい。

 サインが同意書を見せた。

 レッドとレミリアのサインが書いてあるその下に、とある一文が書かれていた。


『上記に同意した屋敷の主は、レッド・カラハーが屋敷に一歩でも踏み入れた場合、その日の宿泊を許可することに同意したものとし、その者が用意した遊びに付き合うこと』


 それを見たレミリアが絶句する。


「オレは言ったぞ? よく読めよって」

「~~~~~~~~!!!!」


 レミリアが顔を真っ赤にし、レッドの顔面に同意書を叩きつけた。

 そのまま、彼女は脱兎のごとく逃げていく。それを見てレッドは声を押し殺して笑った。


「やっぱ、子どもだな……」

「あんまりからかわないでくださいよ……なんですか、この同意書。しかも、貴方の部屋に入室する時は私も同行するって……あきらか巻き添え……事実上婚約者ですよ、あなた達……」


 黒騎士リグレットが決めたこととは言え、王にも許可が得ている。事実上、レッドはレミリアの婚約者だ。旧知の中であるサインも彼が生真面目な人間であることは知っている。でなければ、こんな同意書なんてまどろっこしいことをしないだろう。

 レッドは呆れながら言った。


「オレは結婚するつもりはない。まだ15歳だぞ、あの子……」


「15歳だからです。旦那様がいない今、この屋敷を守るためには後継者が必要なんです……でないと、リグレットの娘として政略結婚させられてしまいます」


「……オレは生贄か?」


「何を言ってるんですか。そもそも、貴方も同意の元でしょ?」


 レッドは大きなため息をついた。


「はぁ……そういえばそうでした……んっよし! さて……」


 レッドは立ち上がり、欠伸びをする。


「サイン。ちょっと頼みたいことがあるんだけど?」

「頼み?」



【2】



「ほっっっんとサイテー! これだから男は!!!!」


 レミリアはそう言いながら書斎に向かって歩いていた。

 今まで紹介されてきた男は皆いい所の貴族ばかりだった。中には成金の商人、他国の要人なんかもあったのだ。

 みんな、自分の父の名前や地位を欲しがって近づいてくる卑しい輩ばかりだった。中には無理やり関係を迫る輩もいた。今思い出しても鳥肌が止まらない。レミリアは肌を擦り、自分が自室よりも落ち着ける場所に速足で向かった。


 しかし、見たくもない男の姿を見てしまった。


「あ、いたいた。レミリア」


 ニッと笑って、前に立っていたのはあのレッドとかいう男だった。レミリアがサスマタや警棒で脅しても逃げなかった男は近衛騎士だったらしい。このレッドという男だけは事前情報がなく、今まで通り貴族の坊ちゃんだと思ってかかったのが裏目に出てしまった。


「何よ……!」


 レミリアが言葉尻を強めていうと、レッドは苦笑する。


「さっき話しただろう。一緒に遊ぶって、サインにも話を通してあるから着替えてきて」


「は?」


「お嬢様、こちらです」


 レミリアはサインに連れられあれよこれよと着替えさせられた。

 肘当ての付いたシャツにサスペンダー付のショートパンツに着替えたレミリアは、そのまま中庭へと連れられた。


「お、ドレス以外にも服持ってんだな」


 レッドがまじまじと見つめていると、隠し持っていた警棒を振りあげた。


「あっぶね!!!」


 警棒を白羽取りするレッドに、レミリアは舌打ちをする。


「舐めるように見てんじゃないわよ、気持ち悪い!」


「そんな変な目では見てねぇよ!」


 まったくとレッドは警棒を離すと、レミリアは警戒を解かなかった。


「んで……中庭で何すんのよ?」


「鬼ごっこだ」


「……鬼ごっこ? そんなのやったらアンタに負けるに決まってるじゃない?」


 眉間に皺を寄せていうレミリアにレッドが苦笑する。


「だから、ハンデで影鬼をする」

「何よ、それ?」


 鬼ごっこはよく聞くが、影鬼は初めてだった。


「簡単にいうと、逃げるやつは影を踏まれたら負け。ただし、他の影の中に隠れる事ができて、鬼は影の中には入れない」


 レッドはそういうと、レミリアに小さな袋を投げ渡す。


「その中にはおまじないがかかってる石が入ってる。ちょっとそれ持って影の中に入ってみ?」


「……わかった」


 言われた通り、木の陰に入るとレッドが近づいてくる。レッドがレミリアに手を伸ばした時だ。

 レッドの手が木の影が映った時、バンっとその手が弾かれた。


「わっ!? な、ナニコレ!?」


「簡単な魔法。オレが持っている石とお前が持っている石が反応して、影の中にいる間は触れないようになってる。10秒間だけね。それと、公平を期すために、影が踏まれると体が動けないように細工してある」


「何よ、その無駄な技術……」


「不正したらすぐわかるだろ……ちなみに、石を手放したら不正な。オレが不正したら、屋敷の外で野宿する。お前が不正したら……そうだな、オレが帰るまで暴力禁止」


「……なくさないわよ!」


 レミリアがそういうと、レッドは嬉しそうに笑った。


「それじゃあ、逃げる範囲は中庭だけ。制限時間は20分……ちょうど昼になるくらいだな。10秒数えるからそのうちに逃げて。んじゃ、行くぞー、いーち、にーい……」


 レッドが数を数え始め、レミリアが逃げた。


「何がハンデよ! 私、ただのお嬢さまじゃないんだから!」


 レミリアは強い父に憧れて体術や剣術も教わっていた。東洋体術だって学んでいるのだ。そこらへんのぽやぽやっとしているお嬢様方と比べたら痛い目を見るのを思い知らせてやる。そう思っていた。


「レミリアみーっけ!」

「え?」


 レッドがすぐそこまで迫っていた。


「早ッ!?」

「あったりまえだろ、近衛騎士なめんな!」

「ひぃいいいいい!!」


 レミリアが木の陰に飛び込む。


「いってぇ!」


 魔法で阻まれたレッドが見えない壁に頭をぶつけ、鼻を擦る。


「いてぇ……でも10秒だな。9、8、7」


 レッドがカウントをし、もうすぐ10秒経った時、レミリアは隣の影へ移る。


「あ、ずるっ!」


「ふん! これで私の安全地帯が確保されたわ!」


 こうやって交互に別の影に移動すれば、彼に追いかけられることはない。


(よし、このままさっきの影に……)


 レミリアが先ほどいた影に飛び移った。


 ガン!


「痛い!」


 見えない壁がレミリアを弾いた。


「ちょっと、私鬼じゃないんだけど!!」


 何度入ろうとしても影に入れない。ついさっきまで入っていた影も同じだ。


「そういう姑息な逃げ方をされないように一度使った影は5分経たないとまた使えないようになってる」


「何よ、それ!! 遊びに無駄な技術つぎ込んでんじゃないわよ!!」


 遊びの経験からなのか、あの石には特別な魔法が色々掛けられているようだ。


 レッドは両手を広げてニヤニヤと笑う。


「ほらほら、捕まえちゃうぞ~」

「もう、やだこの大人!!」

「悪いな! まだ未成年だぜ!」

「うっさいバーカ!! ブァーーーカ!!!」


 レミリアが暴言を吐きながら逃げだし、レッドはその様子を見て、声を押し殺して笑った。


「……意外に面白いな……あいつ」



【3】



「ぜぇーはぁーぜぇーはぁー……」


 レミリアが逃げ続けて、息を切らしながら茂みの影に隠れた。

 レミリアは知っている。鬼ごっこというのは本当に捕まりたくない時はかくれんぼになることを。


「もう、ほんと何なのあの男……」


 こっちが全力で走っているのに、あの男は汗をかくことなく追いついてくる。魔法が使えるような相手だ。きっと動いても疲れない魔法でも使っているのだ。


「魔法使いって時点で反則じゃない……疲れないあいつこそ不正じゃない。」


「疲れないのは基礎体力の問題だってーの」

「きゃあ!?」


 背後から声がし、思わず悲鳴を上げる。

 振り向くと、そこには涼しい顔で立っているレッドがいた。


「オレは魔法使いじゃないからこんな弱いまじないしか使ってないんだよ。つか、男と女の体力の差なんて歴然……うわぁ!?」


 ぶんっと警棒が目の前を横切り、レッドは距離を取った。


「ぜぇーはぁー……ぜぇーはぁー……あんたに攻撃しちゃだめってルールはないわよね?」


「そもそも鬼ごっこは攻撃されることを念頭に置かれてねーよ!!! ルールブレイカーか、お前!!」


(この世界で言うルールブレイカーとは既存のルールを壊して新たなルールを生み出す人。ゲームでは言わば屁理屈をこねて正当化させる人)


「お前、本当にお嬢さまか!! 影武者だろ! 本物を出せ!!」

「私以上に可憐なお嬢様なんていないわよ! 失礼ね!」


 レミリアはちらっと時計を見た12時まであと1分。これなら逃げ切れる。


「絶対このゲームに勝ってアンタを跪かせてやる!!!」

「おい、勝手に条件付け足してんじゃねーよ!」


 あと、30秒。


 レミリアが警棒を構え、間合いを取った時だった。

 スッとレミリアの警棒を払い、くるくると回って宙に飛ぶ。


「あっ!」


 そして、それを取ろうとすると、レミリアよりも背が高いレッドが先に警棒を掴み、それと同時にレミリアの影を踏んだ。


「はい、オレの勝ち」


 影を踏まれて身動きが取れなくなったレミリアにレッドはニッと笑った。


「はぁ……息抜きにはちょうど良かった……」

「息抜き!?」


 こっちは全力で逃げていたのに、あっちは汗すらかいてない。余裕な表情が余計レミリアを苛立たせた。

 レッドが影から足を離すと、警棒をレミリアに返した。


「またやろうな~……え?」


 頬を風船のように膨らませるレミリアを見て、レッドはぎょっとする。


「れ、レミリアさん?」

「次は…………絶対に勝つ!!! 絶対に!!!」


 レミリアは睨みつけていい、レッドは苦笑した。


「はいはい……」

「それと、汗臭いから近づかないで!!!」

「お前が?」


 ドスッ!


「いってぇ!!」


 思い切り足を踏まれて、悶絶するレッド。


「あんたがよ!!! デリカシーないんだから!!!」

「お嬢様、レッドー、昼食ですよー」


 サインの声がし、レミリアは頬に青筋を浮かべ、レッドは苦笑してサインの元へ向かった。



「ったく……えらい目にあった……」

 夕食も済ませ、自室でシャワーを浴びたレッドはソファに座り込んだ。あのあともレミリアとの攻防は続き、訓練よりは楽しかった。


「まったく、なんて子だ……あの人もあの人だけど……」


 レッドはそう言い、サインから受け取った紙を読み直した。

 封筒に復命書とザイルからの手紙の他にレッドとレミリアに宛てた遺言状が入っていたのだ。



【最愛の娘、レミリアへ】

 この遺言状を見ているということはオレがサインに渡していた、紹介相手をすべて突っぱねたということだろう。我ながら呆れるお転婆だ。

 しかし、これは称賛に値する行為だ。よく、あの変態貴族たちを突っぱねた。お前はオレとリラの娘だ。

 ぶっちゃけた話、お前に紹介した男は皆、オレに変な噂を流し、時には闇討ちしてきた大馬鹿者たちだ。

 そんな奴らを己の力で見破ったのは偉いぞレミリア!

 さて、見事クソ野郎を退けた! そんなお前に本当の結婚相手を紹介する!

 そいつはまだ若いが実力もあるし、オレの後継者としてふさわしく、さらにはお前を任せられる男だ。体は頑丈な奴だ。ちょっとやそっと殴ってもへでもないし、根は優しく、手の抜き方も知っている。お前が断っても、あいつが少しでもお前を気に入るようなところがあれば、ソイツは執拗にかまってくるし、物理攻撃でも精神攻撃でも凹まないし、諦めろとしか言いようがない!

 いいか! 諦めろ!

 名前は言ってなかったな。そいつの名前はレッド・カラハーだ。これを書いている頃は近衛騎士団第二部隊所属、言わば第二王子の直属だ。オレがいなければ、騎士団最強の男だろう。19歳でまだ若いし、お前と4つ違いだ。顔も悪くないしな! 我ながらいい男を見繕ってきただろう! いいか、レミリア。諦めろ! お前に逃げ道は用意していない。



 それを読んでレッドは苦笑する。

「どういうことだよ、ほんと……」



【若き友、レッドへ】

 まさか、お前にもまだ遺言が残されているとは思っていなかっただろう。以前のような上司と部下の関係ではなく、同じ戦場を共に戦ってきた同士として、友として、お前にオレの愛娘を託したいと思う。妻に似て可愛い子だ。将来は美人になるぞー! まあ、見かけだけでなく中身も妻に似ているけどな! 多少血気盛んで武術も覚えさせているから癇癪起こして殴ってきても手加減してやれよ!

 見ての通り、こんなじゃじゃ馬だ。この娘にはお前の他に結婚できる男はいない!

 なんせオレが用意した紹介相手50人をすべて蹴散らした娘だ。ぶっちゃけ、お前でなければ夫は務まらん! 約束通り、婿に来てもらうからな! 国王も、王子も了承済みだ! お前にも言っておく。いいか、諦めろ。

 まあ、オレの娘も素直じゃないし、50人も蹴散らしたなら「絶対結婚なんてしない!」っていうだろう。しかし、オレもいないし、家を守る人もいない。きっとお前もいきなり結婚しろって言われても納得しないだろう。だから、お前には月に一回、屋敷に来てレミリアに会ってもらう。そして、一泊して行け。あとはサインに任せておく。あと、言った通り国王と王子には了承済みだから、月に一回嫌でも有給取らせて、部屋から追い出す、うちの屋敷に連れていくように手配してあるから。

 んじゃ、あとはよろしくな!

 追伸

 お前にも娘に紹介した相手の一覧を挟んでおく。逆恨みにでも来たらさくっとやってくれ




 手紙を見てため息をつく。


「ホント……自由なんだからあの人は……」


 いくら信用しているとは言え、自分の愛娘を託すとは、なかなかやってくれる。

 昔、レッドは彼女の父、リグレットととある約束をした。

 それは娘に嫁の貰い手がいなかったら嫁にもらってくれという約束だった。

 レッドは、相手は貴族だし、嫁の貰い手なんて腐るほどいると思っていた。しかし、相手はそんな簡単な相手ではなかった。


「ホント、オレやっていけるかな……」


 そう呟いて、ソファに横たわった。





 一か月後


「おーい、レミリア。遊びに来たぞー」


 一か月ぶりに屋敷に訪れたレッドは屋敷の戸を叩くと、レミリアが少しだけ戸を開けて顔を出す。


「汗臭い男は嫌いです。お引き通りください」


 ぱたん……


「おい、こらレミリア!!! 開けろ!!!」


 どんどんとレッドが戸を叩くがレミリアはご丁寧に鍵までかける。


「帰って! 汗臭い!!」

「ちゃんとシャワー浴びてきてるわ!!」

「城からどれだけ距離があると思ってるんですか! 汗臭い男はお断りです!」

「……わかった」


 レッドはポケットから合い鍵を取り出した。

 ガチャ


「お前ん家でシャワー浴びてから帰るわ」

「意味が分からない!!! 図々しい! アンタの事、嫌いになるわよ!!!」

「お前、元々オレのこと嫌いだろ!!!!」

「その通りだよ!!!」



 レミリアとレッドの攻防戦は続く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] テンポ良く話が進んですごく楽しかったです! 二人の関係性もニマニマしてすごく面白かったです。 [気になる点] 最初の50人、そんな人ばかりなぜ?と思ったのですが敢えてだったのですね。でも敢…
[良い点] 二人の掛け合い、面白かったです!  これから少しづつ距離を縮めていくのが読みたいものです。 が、少し前に書かれたものだったのですね。気づかずもったいないことしたな、自分。 これからも頑張っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ