その七
さて、「女三人寄れば姦しい」とは、先程も申しましたが、ナニ、殿方の方だって気の置けない友人達が数人集まれば、それなりに姦しくなるものでございます。
この日もそんな仲の良い文字通りの独身貴族が集って他愛のない話に興じておりました。
まあ、これは現代にも通じることではございますが、気心の知れた独身男性が数人集って話をしておりますと、いつのまにやら話題が女性の話へと及んだりいたします。
どこそこの姫君が美しいとの噂だとか、あそこの姫君は評判がイマイチだなんぞと、言ってみれば女性の品定めなどをいたします。
尤もこの時代の貴族の姫君と申しますものは滅多に男性の前に姿を見せることはございませんから、独身貴族の方々にとりましては、こういった集いは重要な情報交換の場でもあったわけでございます。
では、姿を見ることができないのに、どのようにして女性の情報を得ていたのかと申しますと、早い話が目的のお邸に忍びやかに出向いて、隠れながら姫君の姿を覗き見るわけでございます。
そこで運良く姫君の姿を見ることができたのであればそれに越したことはないのでございますが、姫君の方でもそう都合良く姿を見せたりはいたしません。
そういった場合などには男性の方では姿の見えない姫君に向けて歌をしたためた手紙を送ったり、あるいは邸内に忍び込んで几帳越しに言葉をかけるなどいたします。
その時の姫君からの返事の手紙や、会話の内容、あるいは几帳の端から僅かに覗く裾の柄などから男性は姫君の品定めをするといった案配であったわけでございます。
つまり貴族の姫君にとりましては家柄容姿もさることながら、知性や教養といったものも重要な女性的魅力であったわけでございます。
そこで、男性が姫君のことを気に入りますと、そのまま寝所に忍びこんだりいたしまして、目出度く婚姻成立の運びと相成ります。
中には邸の中から強引に姫君を攫って自邸に連れて行く、などという貴族様もおられましたようでございますが、これなどは現代の我々の感覚からいたしますと随分と乱暴な話のようにも思われますが、当時といたしましては、そう珍しい話でもなかったようでございます。
こちらの貴族の皆様方も、一通り都の目ぼしい姫君達の情報を交換し終わりますと、今度は座興に近ごろ世上に悪名高い“虫愛ずる姫君”の噂が話の俎上へと上がります。
すると皆が姫君の言動を眉をひそめて失笑混じりに聞いている中で、ただ一人“虫愛ずる姫君”の話を楽しげに聞いておりましたのが、仲間内でも変り者として知られる男でございます。
この男、大納言家に劣らぬ高い地位にある上級貴族──所謂上達部の御子であり、尚且つその持てる知性と教養、そして何よりも人目を惹かずには置かない秀麗な容姿によって仲間達から一目置かれる存在でありながら、当の御本人はそんなことはどこ吹く風と、正しく異国の貴族様が仰るが如く、「生きることか、そんなことは召し使いに任せて恋をしたまえ」といった調子で太平楽な毎日を過ごしておりました。
とは言え、この男どうやら恋なんぞというものにも頓と縁がございません。
たまに友人と連れ立って美人と評判の姫君を見に行っても──それがどのように臈長けた美しい姫君を見た時であっても──いつでも決まって退屈そうな顔をしております。
それでは女性自体に興味がないのかと言うと、どうやらそうでもないようなのですから仲間内でも不思議がられておりました。
そんな男が“虫愛ずる姫君”の話題になった途端に急に楽しげな様子で話の先を促たものですから、その場に居た者達は皆一様に軽い驚きを禁じ得ませんでした。
“虫愛ずる姫君”の話に興を覚えました男は、戯れに一計を案じます。
早速、自邸に帰りますと帯の端をもとにして蛇の玩具をつくりますと、その上それが動くように仕掛けまで施しました。
その出来の良さは、我ながら惚れ惚れするような出来栄えでして、自作の蛇の玩具を眼前に置いて、「さすがに、これには怖れをなすだろう」とほくそえみましてから、今度はご丁寧にもそれを鱗模様の懸袋に入れますと、歌をしたためた文を結びつけまして、“虫愛ずる姫君”のお邸へ届けさせました。
全く、大人げない人もいたものでして、実際このときのこの男の気持ちも、丁度幼い男の子が、好意──と申しますと少々極端ですが、興味を抱いた女の子をついいじめてしまう、なんていう気持ちに近いものでございました。
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注三 蛇 原作中に登場する蛇を男性の象徴とする従来の説に対して、本作ではこの蛇が作り物、すなわち“玩具の蛇”であることに注目して、これを“幼い男性(脱皮前の蛇)の象徴”と解した。