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異説 虫めづる姫君  作者: 猫車るんるん
虫にも思はぬ方にとまりする少将(全4回)
37/41

その三

 権の少将は、右大将殿の北の方様がお風邪を召している気味なのを良いことに、そのお見舞いを口実にして例によって右大臣殿のお邸に妹君を迎え入れるために、泊まっておられました。


 しかし、お邸の中は他の客人なども見舞いに多く訪れていたため、その応対に追われていた家人の動きにより騒がしさは甚だしく、それでも慎重に密かに御車を用意をいたしましたが、生憎と左衛門尉も用事に追われてそばに侍っておらず、仕方なく代わりに時々このような用事に使っている侍に耳打ちをしまして、「右大将殿の北の御方様が、お身体を崩されておりますものですから、いたく立て込んでいるために、お文も差し上げられません」と言伝てまして。御車を姫君のお邸へと差し向けました。


 侍は夜もいたく更けてましてから、姫君たちのお邸に参上をいたしますと、「少将殿より」と前置きいたしましてから「忍びやかに申しあげます」

 と、先程の言葉を申し上げましたのですが、侍の来訪時にはお邸の人々は皆寝入っておりまして、姫君のお世話をしております侍従の君に、「少将より」と、御車が手配されている旨を申しますと、何しろいきなりの来訪に応対する側も寝惚けていた心地なものでございましたから、「いずれぞ」と尋ねることもいたしませんでした。




「その“いずれぞ”というのは、どのような意味でございますかな。“いずれの少将ですか”、“いずれの姫君ですか”と二通りの意味に取れますが」と、右馬の佐。


「さあ、そこら辺は曖昧ですな。何しろ私も読んだままを語っているにすぎませんからな」と、堤中納言殿。



「右大将のお邸からの使いが参るのはいつものこと」と侍従の君は思いますと、こうこうと姉君に申し上げますと、「文もないなどおかしいですね。『風邪かもしれません、体の具合が悪い』と伝えなさい」と仰せになられました。


「御使いの方、こちらへ」と侍従の君は、妻戸を開けまして、寄ってきました使いの者に、「御文など持参せぬとはいかなる理由があってのことでございますか。それに生憎と姫君は御風邪気味でございます」



「『右大将殿の北の御方様が、お風邪の気味であるため、お邸は人騒がしくあるなれば御文も書けずと、この旨を伝えよ。また、先々よりこちらに御使いに参りし者も邸の用事で手が回らないのです』などと、繰り返し仰せにられたため、姫君をお連れ帰り参らなば私は必ずお叱りを受けましょう」

 と、侍が申しますと、侍従の君は姉君のもとに参って、しかじかと申しまして、姫君に少将のもとへ赴かれるのをお奨めをいたしまた。


 姫君は日頃より、やや人の言葉の流されやすき心持ちなものでございますから、心憂く思いながらも薫物の香の匂いを懐かしくとすら思われるほどに深く染み込ませた薄色(うすいろ)のやわらかな衣装を身に纏いますと、侍従の君を供にして御車に乗り込まれました。



「それいたしましても、先程から聞いておりますと、その姫君たちは、何とも確固たる物がないと申しますか、流されやすきかごとき心持ちの方々のようございまですな」と、右馬の佐。


「何、このような話などはそう珍しい話ではございません。高家の姫君たちなどは皆多かれ少なかれこのようなところがあります。むしろ按察使の大納言様の姫君などようなの方は滅多におられませんよ」と、堤中納言殿。


「按察使の大納言殿の姫君というと、話の中にも按察使の大納言の姫君で出で参りましたはずですが、どうしたわけですございまかな」


「いや、話の中の按察使の大納言殿の姫君ではなく、“虫愛ずる姫君”と呼ばれております、按察使の大納言殿の姫君のことですよ」


 “虫愛ずる姫君”と聞いて右馬の佐は、寸時沈黙をいたしましたが、口を開くと、「何にせよ、随分とややこしい話ですございまな」と申しました。


「そうですな」


「それでは、話の続きをお願いいたします」



 右大将殿のお邸に着きまして、御車を寄せますと権の少将が手を貸しまして姉君をお降ろしになられますと、何しろ先程も申し上げた通り人は早眠りにつく夜でございましてお顔の確認などでき難く、どうしてお互いを人を(たがえ)た別人と思われるましょうや。


 右大将家の少将とは久しくと逢えておられなかったのでございますが、その優しく柔和な物腰は右大臣家の御子権の少将と似ておられ、こちらの姫君姉妹ともに大変に似ておられましたので、僅かなりとも不手際によって本来あるべき互いの相手が入れ替わっていることに気がつかれませなんだ。



 ようやくとしてから、姉君が自らを応対していましたのが、少将ではないことにお気づきになられたときの心の惑いは、(うつつ)のこととも思えぬほどのものでございました。かつての日初めて少将と (しとね)をともにして夢を見たときよりも、なおのこと恐ろしくまた浅ましく思われ、袖に顔を埋められました。


侍従の君は「いかなることでしょうか。これは、間違いです。姫君をお帰りになされるために御車を寄せて下さいまし」と泣く泣く申しましたが、そこは流石の色好みであられる権の少将、漁色の心を催され、それをお許しになられませんでした。


 侍従の君もこうとなっては、身分の違いに二人に寄って引き離すことなどできえぬことなれば、泣く泣く几帳の後ろに居ることしかできませんでした。


 几帳の内で何が行われたかは、例に如くによって書かず、とさせていただきます。



権の少将より日頃より親しく悪友として友誼を結んでいる、従兄弟の少将と互いの相手の惚気まじりの自慢話などをいたしておりましておりましたので、これをただならずお思いになられておられ、どうにかしてお会いしたいものだお思いになられたこともあられましたところに今回の件、これを珍しき欣快としいたしました。


 しかし、姉君の方はいたく泣き沈みたる気色でおりましたので権の少将はその心中を慮り、大変に馴れ馴れし気なお顔で、「かねてから貴女のことを想っていたがために、このような振る舞いに及んだのです」、などと様々な言葉を弄しまして言い寄るためにお慰めをいたしました。


 思いもかけぬ成り行きに、男女の仲の衣の隔てをなくしてしまったのを、姉姫は沈鬱に思われておられました。


 権の少将は、“かかることは世に例を挙げればきりがない”などと、姉君の“あはれ”なるを深くお思いになられ、この姫君こそ類いなきものとお思いになられました。





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