その二
かようにして、姉妹姫君共々に明かし暮らしおられましたが、既に亡くなられた妹君の御乳母には娘が一人おりまして、この者は上達部(上級貴族)であられます右大臣家の権の少将の乳母の子、左衛門尉の妻でございます。
まったく人間関係に加えて名前も右だの左だの乳母だのややこしうございますな。それにこれを聞いておりますのが右馬の佐でございますから、余計にややこしうございます。
早い話が、妹君の亡くなられた乳母に娘がおりまして、その者は右大臣家の御曹司である権の少将のお世話をしていた乳母の息子、左衛門尉の妻でございました。
この妻が妹君が類い稀にほどに麗しくあられる御方だと語るのを聞きますと、かの左衛門尉、右大臣家の権の少将に、「しかじかなりとのことでございます」
と申し上げました。
すると、日頃より既に北の方(正妻)と定めておられる按察使の大納言の姫君には気を留められておられず、浮かれ歩きに興じておられました少将なれば、御文などを懇ろに妹君に送られましたが、妹君の方ではそれを露ほどにも気に掛けられませなんだ。
「按察使の大納言の姫君でございますか」と、右馬の佐。
「左様。洛中に有名な虫を愛ずる姫君と同様の立場とは妙な偶然もあったものですな」と、堤中納言殿。
「そうですな。それでその按察使の姫君が権の少将の北の方というわけでございますか、何だか情けの薄い気がいたします」と、申しながらも右馬の佐は何だか浮かない顔。
「まあ、上達部の方々には恋慕の情以外にも、北の方を定めなければならない事情も多々ありますからな」
姉君のお耳にこのことが入られますと、妹君に「慮外のことながらにしても浅慮の故に、自らの有り様をさえも心辛く思われるのに、ましてや北の方(正妻)のおられる御方などに心許せば、その行く末たるや申すまでもないでしょう」など仰せになられるなどは“あはれ”でございました。
と申しました姉君も幾程も、年長というわけではなく、姉君齢二十と一つばかりにして、妹君はその三つばかり年下でございました。今を盛りと咲き誇る花の如く若い御二方でございましたが、各々が自らの行く先を案じますと随分と頼もしげもなき御様子様でございます。
左衛門尉は権の少将から執拗に責め立てられるが為に、姉君が太秦に参篭して不在の折を、首尾よく告げますと、少将は何の遠慮がいるものかとばかりの態度で訳なく妹君のお部屋へと入りました。
ここで、先程と同様に例の如くとなれば、あえて書かずとさせていただきたく存じます。
姉君はこれをお聞きになられますと、「我が身は既に顧慮すべき物とは思わず、せめて妹だけでも人並みの者として嫁がせるために世話をしようと思っていましたが、共々にこのような境遇となったとなれば、世人に噂されるかと思うと心が重く、亡き両親も如何ように御覧になられるでしょう」と御自身たちの身の上を恥ずかしく思われになられ、このような縁の契りを口悔しく思われましたが、今となれば、言う甲斐のなきことなれば、これから、如何にせんかと思われました。
右大臣家の権の少将は自らの立場を弁えず、恋は盲目とばかりに妹君を想っておられましたが、これを北の方御父殿たる按察使の大納言様がお聞きになられるところとなれば御気分を害されると思われましたので、父殿たる右大臣様が急ぎこれをお諌めになられました。
これにより、妹君は姉君よりも待ち遠の身となられてしまわれました。
さて、この右大臣殿は右大将殿の北の方様の御兄君でございまして、すなわちこれまでに登場をいたしました両少将方は従兄弟という関係にございまして、共に仲の良い兄弟の如く親しくされておられました。
互いに、各々が忍びの恋人を御存知でございましたが、権の少将は按察使の大納言の姫君の御もとにこの三年ばかりお通いになられておられましたが、政略婚故の弊害ございまして姫君にはあまり心惹かれずに地に足が着かないが如き調子でございました。これは右大将の御子であります少将の方も御同様のご様子。
それを良いことに、権の少将はをお互いに自らが親しい関係であると周知の右大将の少将お邸へと遊びに行くと称しながらも、その実妹君の許へと忍び通っておられました。
いずれの御方も、その奔放な御振る舞いを、御両親様たちから強く自重するようにと咎められておられましたので忍び通うのに要らぬ苦労を要するがために、右大将のお邸を都合の良い逢い引き場所として代わる代わると姫君たちをお迎えする時もあり、姫君たちはこれを自らたちが軽んじられてるとお感じになられると、情けなき心地となられましたが、「今となっては、殿方たちが仰せになられることを拒んでも、詮方なきことですはございませぬか。赴くにあるまじき所へとお伺いするにでもあられませぬに」などと、周りの者の多くは分かった様な物言いでお奨めして参りますので、心ならずとも時々と赴く折もございました。
「それにいたしましても、 既に父母を先だたれているとはいえ、一応にも家格のある者たちに対して、北の方として自邸に迎えずとも、せめて自らが通うこともせずに召し出すかの如く遇するとは、その少将たちは、随分と姫君たちを粗略に扱っているようですな 」と、右馬の佐。
「事情は如何なれ、そうかもしれませんな。右馬の佐殿ならば想い人をそのように遇したりはいたしませんかな?」と、堤中納言殿。
そうと言われて右馬の佐は、顔を俯かせて、暫時無言で何やら考えこんでいました。
「いや、全く右馬の佐殿に想われる御方がおられれるとすれば、よほどの幸せ者ですな」と、堤中納言殿は、涼やかな軽い笑い声をあげました。




