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異説 虫めづる姫君  作者: 猫車るんるん
虫つきの花桜折る中将(全5回)
32/41

その三

 先日、“源“中将”(げんのちゅうじょう)”と“右馬(うま)(すけ)”が訪ねて来た日より(のち)、“中将(ちゅじょう)”は“源中将”の御忠告通りに“堤中納言”様に御相談をなされました。


 何しろ“堤中納言”様は洛中(らくちゅう)きっての情報通で、至るところに人脈がお有りとのお噂。その上、何くれとなく面倒見が良いとの御評判でございましたので、“中将”も“堤中納言”様ならば何とかしては下さらぬかと、藁にをもすがらんとの思いで自らの想いを吐露し、協力を仰がれました。


 話を聞き終えました“堤中納言”様の方は微かに口角を上げて悪戯っぽく微笑むと、何もかも心得顔といった様子で“中将”に「出来得る限りのことはしてみましょう」などと申されました。


 その(のち)のある日の夕暮れ時。“堤中納言”様が召し使っております弁の立つ小舎人童(ことねりわらわ)(あるじ)の使いだと申しまして、“蝶()ずる姫君”の住み給うお邸へと(おと)なって参りました。


 この小舎人童、機を見て先日の“弁の君”と呼ばれておりました()(わらわ)へと接触して巧言を弄して相手を丸めこもうといたします。


 “弁の君”の方は「こちらの姫君は親御様から大層大切になされていて、常に墨守するかの如く扱うように申されておられますので、男性からの御文(おんふみ)を取り次ぐことすら、父君の中納言様から固く戒められているのです」と渋っておりました。


 すると、小舎人童が「実は……」と申しましてからに小声になって何事かを告げますと、途端に“弁の君”は思わず声を出して笑いそうになるほどの笑顔を浮かべて「それならば、良き折りがあらば、その時に」と申し出を諾と受けいれました。


 その足で、小舎人童は“中将”の住むお邸へと向かいましてから、首尾良く行ったことをご報告いたしますと、“中将”の喜ぶまいことか、早速今夜にも“蝶愛ずる姫君”のお邸に赴こうとするのを諌め、「早晩にも好機が訪れましょう、それまでの短慮は控えられたが宜しきかと存じます。その上に念を入れてこちらの意図を覚られぬように御文も送られぬようにいたしませ」とご忠告申し上げました。

 “中将”も急いては事を仕損じるとばかりに、それもそうかと納得されて、逸る心持ちを押さえて、その“好機”を待つことにいたしました。




 さて、花の都はとある(ところ)。蝶を()ずるという姫君が住んでおられるお邸の、その傍らのお邸にある按察使(あぜち)の大納言の姫君━━“虫()ずる姫君”の住み給うお邸でございます。


 この日も、今日も今日とて相変わらずお化粧もされずに、”けらを[おけら]”、“ひきまろ[ひきがえる]”、“いなかたち[とんぼ]”、“いなごまろ[いなご]”、“あまひこ[やすで]”などと、自らが虫に因んだ名前をつけて年端も召し使っておりますとしはもいかぬ幼い()(わらわ)たちとを引き連れて桜の花が美しく咲き乱れる庭の木々の間で遊びまわっておられました。


 まあ、当然この姫君のことでございますから、美しい花を愛でるために庭に出ておられのではございません。いつもながらに虫遊びに興じておられたのでございます。


 そこへ“堤中納言”様のご来訪の報せが入りましたので、“虫愛ずる姫君”は詮方なく虫遊びを諦めて屋内へと戻ると几帳越しに“堤中納言”様と対面をなされました。

 そこで、姫君が“堤中納言”様から聞かされましたお話は全く以て驚くべき物でございました。


「━━と、言うことがございましてな」と、“堤中納言”様は“中将”と“蝶愛ずる姫君”との間で事ここに至った経緯を語り終えました。


 “虫愛ずる姫君”は暫く絶句をいたしましたが、気を取り直されまして「中納言様は何故に“中将”殿のお頼みをお断りになられなかったのですか? お隣の姫君は親御様たちから篤くお扱われになられており、入内(じゅだい)のお噂さすらもおありになる御方なのですよ」と、やや非難めいた口調で“堤中納言”様に問い掛けました。


「おや、姫君もお隣の姫君の入内のお噂は御存知ですか」


「その位のことは世事に疎い妾でも父から聞いて存じております。それよりも何故なのでございましょうや?」


“虫愛ずる姫君”の父親たる“按察使(あぜち)の大納言”様が自らと入内の噂すらある“蝶愛ずる姫君”を引き較べて、どうしたものかと困っていたのがチラリと脳裡に(よぎ)りましたが、今はそれどころではございません。


 “堤中納言”様は「うーむ」と少し困ったような声を発しましてから「この手の話には理詰めで答えが出る物でもないですからな。それに、この一件には何やら端倪すべからざる処があるかの如くに思いました故」


「何のことを仰っておられるのでしょうや」


「それこそ、篤信の心をお持ちになられておられる姫君には何か感ぜられたる処はございませぬかな」


「いえ、(わたし)には何もわかりませぬ」

 いつもは、難解な言葉を用いて周囲を煙に巻く“虫愛ずる姫君”も“堤中納言”様にあられましては分が悪い御様子。


「それで、その“好機”とやらはいつでございますか?」と“虫愛ずる姫君”。


「明晩」


「それでは、すぐではございませぬか。どうしたものでしょう」


「さて、どういたしますかな」何だか他人事めいた━━実際に他人事なのでございましょうが━━風で(とぼ)けた声を出す“堤中納言”様の声色は姫君にとられましては、いつもならば思わず微笑みを浮かべてしまう類いの物でございましたが、この時ばかりは少しく小憎らしくお感じになられました。


「それで、中納言様は何故に妾の処へ訪ねられたのでしょうや」


 “堤中納言”様は「さて、神仏のご縁か、気まぐれか。御随意にお受け取られませ」などと、またもや理解し難いこと申されますと、挨拶も早々に帰って行かれました。

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