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異説 虫めづる姫君  作者: 猫車るんるん
異説 虫めづる姫君(全12回)
3/41

その三

 それにしても、一体どうしたわけで自分達にこのような娘が授かったのかと思いますと、思わずお互いに顔を見合わせて首を傾げざるを得せん。


 何しろ御当人同士はもとより、お互いが洛中(らくちゅう)にも隠れもない由緒正しき一門の御出自、その先祖係累のいずれを尋ねてみましても、この姫君の如き御趣味をお持ちの御方は他に見当たりません。


 それにも関わらず姫君は幼いころより、まるでモンシロチョウがキャベツに、タテハチョウが(あざみ)に行くように花の(もと)に出掛け、虫を訪ねておりました。


 それでも強いて理由を挙ぐるとするならば、信心篤い姫君のお言葉をお借りして“前世の因縁”とでも申すより他ございません。


 いっそのこと、姫君の異常とも言える振る舞いが世人が噂するように、狂気じみた精神や、うつけた頭脳に因するものであるのであれば、まだ仕方がないと諦めることも出来たのかもしれませんが、この姫君は、その容色もさることながら、その聡明さにおきましても世の姫君と比して劣るところがない、どころか優れたることは親の贔屓目を差し引きましても認めざるを得ないところでございます。


 加えて、その弁の立つことにおきましては、優れたるどころの話ではございません。


 「短くてありぬべきもの。人のむすめの声【短いのが望ましきもの、しかるべき家の姫君の言葉】」とは申しますが、見かねた大納言様御夫妻が、姫君に行状を改めるよう申そうものなら、正に「弁舌流るるが滝の如し」といった調子で、それに倍する言葉を以て反駁し、その上そのお言葉が一々尤もなものですから、御二方とも「心に深く思うことでもあるのだろうか、それにしても、おかしなことだ。こちらが諭せば、なんだか深遠なことを答えて煙に巻くものだから如何(いかん)ともし難い」と辟易(へきえき)として返す言葉をなくしてしまいます。


この日も、御両親様が姫君のかねてからの持論を捕まえまして、「理屈はその通りでも外聞が良くありません。人は見目麗(みめうるわし)きものを好むのです。醜い毛虫などを()ずるなどと、世の人々が聞けば変に思うでしょう」と諭しましたところ、姫君は恬然(てんぜん)として動じた気色(けしき)も見せずに、「お気に病むには及びません。毛虫が蝶となるように、全てのことは元を辿り、行く末を見届けてこそ、その真価を理解することができるのです。ですから瑣末(さまつ)なことなど気にはなりません」とお答えになられました。


 そして、今度はどこからともなく蝶の(さなぎ)を取り出しましてから御両親様に見せまして、「人が身に着ける絹に例えて言えば、その糸はまだ(はね)のつかない(かいこ)によって作り出され、蚕が蝶になれば糸も艷やかな袖(翅)となるのです」と、申されました。


 成程、言われてみれば姫君の申されることには確かに理屈が通っております。


 しかし、言われた大納言様御夫妻にいたしてみますと、その言葉はどこか牽強付会(けんきょうふかい)の感なきにしもあらずといった気がして、なんとなく釈然といたしません。


 とは言え、理屈が通っているだけに御二方とも何も言えずに、呆れ顔で視線を遮さえぎる眼前の几帳(きちょう)を眺めるより他ございませんでした。


 几帳と申しますのは、言ってみれば移動式のカーテンとでもいったようなものでございまして、当時の貴族の女性は、例え相手が親兄弟であろうとも、この几帳を隔てて応対するのが習わしでございました。


 と申しますのも、さすがの姫君も最近では僅かながらも女性らしい恥じらいを身につけたらしく、近頃ではこの几帳越しに御両親様に応対するようになっておりました。


 しかしながら、そんな自然な感情の発露はつろに基づく行動に対してまでも、「(注一)と女は人に見えぬぞよき」と諺らしき理屈を用いて自らを納得させなければ気が済まないのが、この姫君らしいところでございます。


□□□


注一 鬼と女とは~ 人の死(鬼)や出産・月経(女)などのけがれ(・・・)に触れたときに、物忌みを行ったとされる当時の風習に由来する言葉か。ここでは精神的に幼い“虫めづる姫君”が、肉体的には大人の女性の条件を満たしている(月経)ことを示すためにも使われている。


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