虫合わせ7
右馬の佐が例によって、昨日と同じ妻戸の陰に身を潜めて邸内の様子を窺っておりますと、しばらくしてから、本日催される貝合わせに備えて着飾った二十人ばかりの、けらをと同じくらいの年齢の童達が、騒々しく邸内の格子を上げ始めました。
その中の童の一人が南の高欄に面した格子を引き上げますと、目の前に置かれていた洲浜を見つけまして、「あやしく」と驚きの声を上げました。
すると、他の童達も、その声を聞き付けて寄って参りまして、皆で曙光を浴びて眩いばかりに輝く洲浜を見ながら誰かが「誰がこのようなことをしたのだろう」と申しました。
そして、しばらくの間皆で考えておりましたが、その中の一人が「心当たりがある人がいないわ。──でも、思いだしたわ。あの昨日お返事を下さった仏様がこのようになされたのでしょう」と申しますと、他の童達も「なんて慈悲深くていらっしゃるのでしょう」と口々に大声で喜び騒ぎました。
妻戸の陰に隠れていた右馬の佐は、この童達の喜ぶ様を非常に楽しい気分で覗き見ていたそうでございます。
さて、喜色満面の面持ちで、この事の一部始終を報告する童達の話を聞き終えました“虫愛ずる姫君”は、目の前に置かれました、きらびやかな洲浜を眼前にしながら、このような子供じみた悪戯をする人間に対して記憶を探りますと、「きっと右馬の佐の仕業に違いないわ」と思い当たられましたが、無邪気に喜びに湧く童達の姿を見ていると、どうしても洲浜を右馬の佐の邸へと突き返す気にはなられませんでした。
そこで、“虫愛ずる姫君”はどうしたものかと洲浜に、はめ込まれておりました小箱の中から美しい貝を一つ無造作に手に取りますと、しばらくの間、それを手の中で弄びながら思案に暮れておられましたが、不意にからまっていた糸がほぐれるかのように、ほのかに色づいた頬を緩めて微笑むと、傍らに控えておりました女房に化粧道具が納められている籠箱を持ってくるように、お命じになられました。
「空蝉の 世は憂きものと 知りにしを また言の葉に かかる命よ」
【あなた(空蝉)とのはかない(恋の)関係は切なく辛いものだと知ってしまったのに、また、あなたの言葉に期待を抱いて(掛けて)生きていこうかと存じます】
お後が宜しいようで。
おわり。
そういうわけで、なんとか終わりました。
続編とかも書こうかと考えましたが、自分の翻訳作業の速度が遅すぎるのと、“虫愛ずる姫君”達が活躍できそうな古典文学があまりないので、やめておきます。
後は、原作『虫めづる姫君』の解釈を書くかもしれませんが(本当はこれが書きたくて、本文を書き始めたのですが……)、どうなるかはわかりません。
それでも、本作品を読んでいただきました皆さんお付き合いを、いただき本当にありがとうございました。