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異説 虫めづる姫君  作者: 猫車るんるん
虫合わせ(全7回)
18/41

虫合わせ6

 この様子を隠れて見ていた右馬(うま)(すけ)は、自らに向かうようにして拝んでいるかの如き(わらわ)達の健気な様子に対して、「さて、どうしたものか」と思案をしておりました。


 その時、何とはなしに童達の姿を眺めておりました右馬の佐に、突如として天啓の如き妙案が脳裡に(ひらめ)きました。


 この自らの思いつきに愉快な気分になった右馬の佐は、同時にここで、けらをが下手なことを言い出して、自分の存在が他の者に知られてしまっては元も子もないとハラハラしながら、けらをの様子を窺っておりましたが、どうやら、けらをは既に右馬の佐の存在など、すっかり念頭にないかのようにケロリとして、皆と同じように手を合わせて神仏に祈りを捧げております。


 しばらくすると、皆それぞれに自分の仕事に戻るために方々へと散って行こうといたしました。

 そこで、右馬の佐はこの時とばかりに、童達にだけ聞こえるように、か細い声で、

 「かひなしと 何なげくらむ 白波も 君がかたには 心寄せてむ」

 【貝(祈る“甲斐”)がないと、何を嘆くことがありましょう。白波が潟に寄せるが如く、私もあなた方に心を寄せて味方をいたします】

 と詠じました。


 童達は、この声を聞きますと、皆で口々に、

 「今の声はどこから聞こえてきたのでしょう。一体誰が言ったのでしょう」


 「もしかしたら、仏様が言ったのではないかしら」


 「なんて、嬉しいこと。早く姫君にお知らせしなくては」

 などと皆で口々に言葉を交わしながら、喜色を満面に浮かべて、この事を姫君に御報告をいたしました。


 右馬の佐は童達のこの様子を見ながら、もしかしたら今の声で自分がここに隠れていることが、バレはしまいかと、内心胸がつぶれるかのような心地がいたしましたが、童達は自分達の上に訪れたこの小さい奇跡を寸毫(すんごう)も疑う様子も見せずに、このことを“虫愛ずる姫君”に報告しようと皆で姫君の(もと)へ駆けて行き、「このように念じましたらば、仏様にお応えをいただきました」と御報告をいたしました。


 この報告をお聞きいたしました“虫愛ずる姫君”でございますが、姫君は常日頃より宗教というものに対して、このように窮して念ずれば、たちどころに効験を現すような即物的な物であるとは思ってはおられませなんだ。


 で、ございますから、今、童達が口々に報告したことに対しましても、多分に懐疑的ではございましたが、目の前で無邪気に喜ぶ童達の顔を見ていますと、どうしてもいつものように、このような非科学的な出来事を無下に否定することができません。


 それに、何よりも自分の身を案じて神仏に祈りを捧げてくれた童達の心が顔を赤らめるほどに嬉しく思われ、(つと)めて明るく振る舞いながら、美しく微笑んで「本当ですか。なんと(おそ)れ多いことでしょう」と申す(ほか)ございませんでした。


 その後は、皆で楽しげに、

 「どうしましょう。この組入の天井から貝が落ちてきたら」

 「それこそ、本当に仏様の御業(みわざ)に違いないわ」などと楽しげに言い合っておりました。



 一方、右馬(うま)すけは一刻も早く自らの立案した計画を実行に移そうと思い「早く帰って、どうにかして“虫愛めずる姫君”を勝たせなくては」と気持ちが(はや)りました。


 しかし、既に早、夜も明けて煌々と邸内を照らす秋の日差しの下に身を晒しつつ、邸を抜け出すのは流石に危うく、思うに任せぬ身を妻戸の中に隠して、時機を待ちながら、日中邸内を見ながら過ごしました。


 そして、黄昏の頃。


 折よく立ち上ってきた夕霧に紛れて、ようやく帰途へとつくことができました。



 右馬(うま)(すけ)は自邸に戻ると早速邸に秘蔵している宝物(ほうもつ)の中から特に美しい貝を選び出しました。


 流石と言っては何でございますが、右馬の佐もまた洛中に隠れもなき上達部(かんだちめ)(上級貴族)の御子(おほむこ)


 で、ございますから、その御両親にいたしましてもかねてより、右馬の佐が求婚する際にどこぞの姫君に贈答品として宝物を送ることがあろうかと、種々様々な宝物を蔵しておられました。



 右馬の佐は小舎人(ことねり)に命じて、えもいわれぬほどに素晴らしい洲浜(すはま)を用意させると、──ちなみに、洲浜と申しますのは、洲や浜の湾曲を模した形をしている、足付きの盤のことでございます──中央に窪みを穿(うが)ちましてから、そこに洒落た小箱をはめ込みまして、先ほど選んだ色々な貝を沢山入れ、その上に黄金(こがね)白銀(しろがね)で作られた(はまぐり)、うつせ貝などを隙間なく敷き詰めますと、


 「白波に 心を寄せて 立ち寄らば かひなきならぬ 心寄せなむ」

 【私に心を寄せて頼りにしてくださるのであらば、その甲斐(貝)があるように味方をしてさしあげますよ】

 と、したためた紙を洲浜に結びつけました。



 そして、迎えた貝合わせの日の当日の朝。


 再び有明の月が空に浮かぶ頃。


 右馬の佐は用意した洲浜を随身(ずいしん)させた昨日と同じ小舎人に持たせて“虫愛めずる姫君”の邸の門前辺りで様子を窺って(たたずん)でおりますと、折よく邸内より、けらをが駆け出して参りました。


 それを見て、これを好機と嬉しくなった右馬の佐は、早速けらをを呼び止めると、先ほど述べました洲浜を見せながら「ほら、この通り嘘をついたりはしなかったでしょう」と申しました。


 絢爛(けんらん)たる洲浜を感嘆しながら見ている、けらをに右馬の佐は如才なく用意した褒美を入れた小箱を渡しますと、「誰がともなく、この洲浜をさし置いておいてください。そして、今日の貝合わせの様子を見せてくださいね。それではまた」と申しますと、けらをは欣喜として「昨日の戸口なら、特に今日は誰も近寄らないでしょう」と申しまして、洲浜を持って邸内へと駆け込んでいきました。


 けらをは隠れながら右馬の佐を伴って、邸内へと戻りますと洲浜を南の高欄(こうらん)の所に置きましてから、今にも緩みそうな表情を押し隠しまして、必死に何食わぬ顔を作りながら、再びどこへなと駆け去って行きました。

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