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異説 虫めづる姫君  作者: 猫車るんるん
異説 虫めづる姫君(全12回)
1/41

その一

本作品は『堤中納言物語』中『虫めづる姫君』の翻案小説です。


よろしければ評価や反応、感想などをいただけると続きを書こうという活力になります。

なりより反応とかあったら歌い踊ります。

反応があった場合は活動報告や感想の返信で絶対にコメントします。


 毎度、馬鹿馬鹿しい、お噺を一席。


「はなぞのの 胡蝶をさへや 下草に 秋まつむしは うとくみるらむ」

 【花園に舞う美しい胡蝶でさえも、草の下で秋を待つ虫[松虫](秋を好むあなた)の目にはつまらないものと映るのでしょうか】

 という古い歌がございますように、人の嗜好(しこう)と申しますものは実に様々なものでございまして、万人が好むようなモノを嫌う御方があるかと思えば、人が嫌うモノとして十目の見るところ十指が指さすが如きモノを好まれる御方もあられますのは周知の通り。


 このような千差万別の人の好みをして、辛くて苦い(たで)の葉を好んで食べる虫に例えて「蓼食う虫も好き好き」などと申したりもいたしますが、今回これからお話しをさせていただきますのも、そんな人の嫌うものをこよなく愛する奇妙な姫君にまつわるお話でございます。



 いずれの御時(おほむとき)か──。


 昔々の、そのまた昔と言いますと、今からおよそ千年昔のお話です。


 花の都はとある(ところ)。蝶を愛ずるという姫君が住んでおられるお邸の、その傍らのお邸で按察使(あぜち)の大納言の姫君が、親達に蝶よ花よと大切にされながら暮らしておられました。ちなみに按察使とは、地方行政を監督する令外官の官職でございます。


 この姫君、生まれながら容姿端麗にして頭脳明晰、加うるに大納言の息女であるという、正に天に二物も三物も与えられた人も羨む身の上にありながら、奇妙なことに虫を()ずることを何よりの楽しみとしておられました。


 姫君は、常日頃より「世の人々が、花や蝶などの見目麗(みめうるわし)きもののみを愛でるのは浅はかで悪しきことです。人には(まこと)があり、真実を求めんとする心こそが尊いのです」などと(のたま)いましては、様々な虫を採り集め、(こと)にその姿形が醜くければ醜いほどに食指をそそられるらしく、特に怖ろしげな虫を見ましては「これがならむさまをみむ【これが成らん(変態する)様子を見る】」などと申されまして、それらを籠箱の中に入れて飼っておりまられました 。


 その中でも毛虫は(こと)(ほか)お気に入りのご様子でして、朝晩などは耳はさみという下働きの女性がするような髪型で、掌中の毛虫が這い回る姿を眺めながら「毛虫の思慮深い姿は心憎い」などと、余人には理解しがたいことを独りごちては、悦に入っておりました。


 とは言え、一般的にご婦人方と申しますものは、蝶などの麗しい虫ならばいざ知らず、姫君が愛でておりますような毛虫なんぞという醜い虫を嫌がるものでございます。


 それは、このお邸にご奉公しております女房衆にいたしましてもご同様でございまして、女房衆も先に述べましたような、姫君のお言葉がいかに理を得ていることと頭の中ではわかってはいましても、虫どもの醜い姿形を見るにつけ、どうしても内心に湧き上がる嫌悪の情を抑えることができません。


 そんな訳でございますから、通常貴族の姫君の身の回りのお世話をする女房衆などは、虫を怖がってこの姫君のお世話をするのを嫌がります。


 一方、姫君の方でも虫を怖がる女房衆などは役に立たないなどと仰りまして、代わりに虫を怖がらない卑しい身分の()(わらわ)達を側近くに召し使いまして、籠箱(こばこ)の中の虫を出し入れさせてはその名を問い、新種のものには自ら名をつけるなどして、興じておられました。


 当時の大納言と申しますと、押しも押されぬ上級貴族でございまして、摂政関白をして頂点とする貴族の階級中におきましても、大臣の次位に位置するという非常に高い地位にあられました。


 ですから、その息女たる姫君にいたしましても、当然それ相応の振る舞いをいたしそうなものでございますが、当の姫君ときたらそんなことには全く頓着いたしません。


 一般的に貴族の女性と申しますものは、皆、眉毛を抜きましてから、眉墨で眉毛を描きまして、口の中をお歯黒で黒く染めて、顔面に白粉を塗っておりました。


 その上、外出することも滅多にないものですから自然と肌も白くなります。


 屋内におりましても身の回りのことなどは邸に奉公している女房衆などが用を足してくれるものでございますから、多くの女房衆にかしづかれている身分の高い御方の姫君であるほどに、運動不足で動きが緩慢になってしまいます。


 逆に申しますと、その動きが緩慢であればあるほどに、いかにその姫君が高い身分にいるのかを測るバロメーターともなるわけでございます。


 それなのにこの姫君ときたら、「人は何事であれ、虚飾を以て自らを糊塗する所があってはなりません」などと仰られては貴族女性の常識的な装いや化粧までも拒絶して、眉毛も抜こうといたしません。


 眉毛を抜かないのだから眉墨で眉毛を描くなどということはするはずもなく 、(こと)にお歯黒などにいたっては「うるさし、きたなし」などと駄々をこねて、決してつけようといたしません。


 まあ、最初から白粉も眉墨も用いないのであれば、間違えて顔中を眉墨で黒く塗る、などという心配だけはございません。

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