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新しい世界 Ⅱ

「申し訳ない。こちら橘君だ、短い間になるかも知れんがお互いよろしく頼むよ」

「どうも橘です」


 橘は作り笑いをして手を差し出した。


 大凡の人間は不機嫌でも好意的に接されると好意を持って返そうとする。

 原因は分からないが、機嫌の悪そうな彼女にもそのことが通用すると思った。


 だが、その期待は見事に裏切られた。


 彼女は橘の手を汚らしいものでも見るかのように蔑んだ後、橘を値踏みするように頭から足の爪先まで査定するように眺めた。


 人に値踏みされるというのは決していい気にはならない。

 日本から出たことのない人ならば激怒するかもしれない。


 橘の場合、そういうことは慣れていた。

 イラクでは大人は勿論、子供ですら生きるため値踏みをしなくてはならない。

 こいつは安全そうかとか、こいつは目つきがおかしいとか、やけに周りを気にしているだとか。

 とにかくそうでもしないと瞬きをした次の瞬間、、相手に殺されていたり銃を突きつけられている可能性がある。


 故に、16歳前後と見られる彼女に見知らぬ己が値踏みされても怒りはこみ上げてくることはない。

 ただ、そういう値踏みをしなければいけない生き方をしてきた彼女の経緯がどうあれ、哀れに思えた。


「……アンナよ」

「よろしくアンナ」


 無事互いの名前を知り合う事はできたが、結局握手をすることはなかった。


「それでは面接を始めよう。といっても基本的な情報は全て資料にある。二人の細かい特徴や癖、これまでの実績も全て知っている。正直なところ面接をする意味が殆ど感じえないというのが本音だ」


 そこでだ。と一呼吸置いて荒木課長は1枚の写真を裏向きに取り出した。


「模擬処理を行って貰おうと思う。お互いは同じ職員で立場も権限も同じ。助けを求めて領事館にやってきたという設定だ。さぁ、始めてくれ」


 合図と共にアンナが早速写真を手に取り、冷たい眼差しで写真を見た。


「アンナさん? これ協力してやることなんだけど……」

「もういいわ」


 そういってアンナは写真を橘に投げつける。

 写真には一人の鉄の錆びた首輪を付け、やせ細ったアバラが浮いた少年が写っていた。

 特徴的なのは、彼の体中にムチで打たれた後が付いていたことだった。


「酷い。なんでこんな」


 異様に鮮明な写真のため裏を向けると、隅に今朝撮影された日付が刻まれている。


「荒木課長、これを模擬なんて言ってますがどこかの領事館か大使館より送られてきた写真ですよね」

「回答はしない。これは模擬だ、例え君がどんな決断を下そうとも結果は変わらん」

「なら自分はこの少年を難民認定にして保護します」


 早口で宣言すると、アンナが呆れたように口を開いた。


「何を怒っているのかしら。彼は奴隷よ、当然どうなっても仕方ない存在。問題なのは日本人かどうかだけど、肌の色から日本人じゃない。問題を持ち込まれる前にさっさと敷地内から追い出すことね」

「それはあんまりじゃないですか」

「なら百歩譲って助けることにしましょう。どうせ次があるんでしょ荒木さん」


 アンナが荒木課長に投げかけると、再び写真が幾つか取り出した。


「その少年がやってきてから数分後、彼らがやってきた。その少年と同じ立場の少年少女を引っ張ってな」


 投げ出された写真に目を向けた橘は、咄嗟に口を覆った。


 しかしそれだけではこみ上げてきたものは止まらず、こうなることを予見していたのかゴミ箱が足元にあった。

 橘は直ぐ様顔をゴミ箱に埋めて今朝食べた朝食を吐き出した。


「げほっ、彼らが一体何をしたってんですか」

「写真の少年が逃げた。それだけで十分」

「だからってこんな……、人間のすることじゃない」


 橘は拳を握って怒りを込めて言った。

 


「情けない」


 アンナがボソリと呟く。


「何が情けないっていうんだ!」

「だって君、怒ったように見せかけているだけ。別に彼らを哀れんでるわけじゃないし、何かに重ね合わせてその感情を出してるだけだもの、滑稽だわ」


 橘は苦虫でも噛み潰したような表情になるが、アンナは続けて言った。


「それで、次はどうするのかしら?」

「彼らも助ける」

「それじゃ次は他の無関係な奴隷たちが今度は数百人と連れられてくるわよ。今度はもっと酷いことされて」

「なら今度はその人達も助ける」

「君は本当に馬鹿ね。そんなキャパあるわけないじゃない」

「なら……」


 橘は言葉に詰まってそれ以上声が出なかった。


「はぁ、がっかり」


 アンナは肩を落とし、2人の間には長い沈黙が続く。

 しばらくして、これ以上続行不可能とみた荒木課長が口を開いた。


「大体わかった。お互いあまりいい気分じゃないだろうがこれで面接を――」

「待ってくれ」


 終了を告げようとした荒木課長に橘は手をかざす。


「一つ案がある」

「なにかしら」

「彼らに、日本人になってもらう」

「君、何言ってるのか分かってるの?」

「彼らだけじゃない。その地域だけでも全員に」

「私達の立場はただの一職員よ、出来るわけないぐらいわかるよね?」

「出来る出来ないじゃない。やるんだよ。やらないと彼らは死んでしまう。エゴだとも分かってる。けど、それしか今の俺には彼らを助ける方法が分からない。俺はどうしても、彼らを救いたい。救いたいんだ。だからまずは大使に頭を下げて、それでもだめなら外務省に直接言うとか」


 そこまで言ってアンナがこらえきれずクスクスと笑いだした。


「なんだよ。悪いかよ」

「いいえ、悪くないわ。合格よ」

「……へ?」

「私はグランダニア王国にある駐在日本領事館の館長。君のような人を待ってたのよ」


 そういってアンナは優しそうな顔でニヤける口元を抑えていた。

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