新しい世界 Ⅰ
橘は今、メモに書いてあった住所に来ている。
その場所には通り掛かった人の目を数秒間盗み、反対側からやってきた人と危うく衝突しかける。
という事件が日に数度ある程度には奇抜な形の図書館があった。
蔵書も珍しい書物を多く保管しているらしく、図書館マニアにはある種の巡礼地として有名らしい。
早速建物に入った橘は自動ドアが開くと涼しい風に髪を撫でられた。
入り口は案内カウンターと簡単な待合室となっていて、数席設けられた緑の長椅子には荒木課長の姿がある。
見た限り、向こうも先程着いたばかりのようで、ハンカチを使い汗を拭っていた。
声を掛けると向こうも橘の姿を確認したようで、雨上がりのジメジメとした暑さで鬱々とした顔を上げ立ち上がった。
一連の挨拶を済ませた二人は、荒木課長の案内でカードキーの門番が付いたドアの奥にあるエレベーターに乗り込む。
ボタンを押すと透明だったボタンに地下6階との文字が点灯した。
付け加えるならば、そのボタンの下には更にボタンが全部で4つもあった。
「随分と変わった建物ですね」
「大凡察していると思うが、公には出来ない施設なんて東京だけでもごまんとある。ここはその中でもそこそこトップシークレットにあたる施設だ。初めて入ったか?」
橘はその問に少し沈黙してから答えた。
「……それを答えたら秘守義務違反、とか言わないですか」
荒木課長は橘の慎重な回答にご満悦そうな表情を浮かべる。
「君も成長したな」
「新人の頃のようにうっかり口を滑らせたらどうするつもりだったんですか」
「さぁ、どうだろうな。――ロボトミー手術でもして全てをなかったことにしようか?」
「脳をグチャグチャにかき混ぜられるなんて冗談じゃないですよ」
「はっはっは」
聞き慣れたオヤジ臭い笑い声と、小気味よいチャイムが鳴ってエレベーターが止まる。
扉が開くと、10メートル置きぐらいにL4という文字が並ぶ明るい廊下が現れた。
荒木課長はそそくさと降りるが橘は体を強張らせて降りれない。
そんな橘を心配そうに荒木課長は振り返った。
「どうした」
「L4なんて初めて入るもので」
「なに気にするな。最悪ガスで殺されるか問答無用で銃殺されるだけだ」
呆気らかんと答えた荒木課長は先へと進む。
決まってこういうことは真顔で冗談とも取れぬ物言いをする荒木課長に、橘は苦手意識を感じながら扉が閉まってしまう前に飛び降りた。
その時、視界の両端に警備員の存在を認識して全身からたちまち汗が吹き出てきた。
慌てて振り返ると警備員の手には銃があり、トリガーに指がかかっている。
橘はぎこちない笑顔で手を振りまくと、怪訝な表情になりつつも指をトリガーからは離してくれた。
「警備員がいるならいるって言ってくださいよ」
「いないわけがないだろう」
慌てた様子の橘に荒木課長は満足そうに笑う。
それから二人は最初のT字路を右に曲がり、2つ目の十字路を右に、更に通路をずっとまっすぐ歩くこと数百歩。網の目のように左右へ分岐して迷路のような通路を進んだ。
あまりに複雑な構造に一人だと迷ってしまうな等と愚考していると荒木課長はとある扉の前で足を止め、神妙な面持ちで説明を始める。
「これから面接を行うわけだが、急に君を割り込んだ手前もう一人の面接者と同時に面接することになった。出来れば二人共採用にしてやりたいのだが、上がうるさくてな。採用出来るのは何方か一方だけとなった。それとこの面接は極秘裏ということで結果に関わらず他言無用となる。構わないか」
「問題ありません」
「では中に入って貰おうか」
そういって荒木課長は扉に2度ノックをして扉を開けて入る。
橘も後に続いて入ると、部屋の中央に設けられた卓の右側に薄っすら緑がかった金髪の少女がパイプ椅子に腰掛けて不機嫌そうに此方を睨んでいた。
「遅い」