プロローグ
2021年東京オリンピックが終わり、やっと熱が冷めたような感じがする2月上旬。高校受験を約1ヶ月後に控えた俺はいつまでもオリンピック気分に浸れるわけもなく連日の塾通いに追われている。目指している高校はぼったくりと言いたくなるような馬鹿高い私立でも無く、毎年東大合格者2ケタ突破を売り文句にしているガリ勉校でも無く、地元である秩父の県立高校で偏差値はだいたい50くらいの平凡な高校だが、勉強することに越したことは無い、と言うのは俺の本心では無い。要するに親に無理矢理勉強させられているということだ。志望校判定はB(合格率80%~60%)となかなかだと思うが、心配性である親が塾通いを止めさせてくれる気はこれっぽっちも無い。あーあ今日も月が綺麗だな。変わっていくのはこの月だけかなどと思っていると、俺の横を歩いていたやつが話しかけてくる。
「なーに1人で月見て黄昏ちゃってんの上本徠翔君?」
「別に黄昏ちゃいねーよ。」
横から話しかけてくるのは幼馴染みである、真藤凜子だ。家が近く、親同士も仲が良く、家族ぐるみの付き合いなのだ。彼女も俺と志望校が同じで同じ塾に通っている。
「......あーあ、面白くねーな。」
「そんなこと言ってたら高校落ちますよ~?」
「あぶねーのはお前のほうだろ?」
「うぅ、そうだけど......」
凜子は俺を茶化そうとしたが、返り討ちにあい肩を落とす。
そんな凛子を無視して真っ暗な夜空に堂々と自己主張をしている満月の観察にふけりながら帰り道を歩いていると、満月を見ているからか唐突に思い出す。
「そういえば、母さんが帰りに家に寄って帰れて言ってたぞ。」
「おばさんが? 何だろう?」
「バームクーヘンを焼いたとさ。」
「バームクーヘン!? 嬉しー!!」
バームクーヘンへの期待で一気にテンションを上げまくる凜子を尻目にやっと1日が終わったと一息つく。
「そういえば、今日世界が終わる日だってね。」
「あー、そういえばそうだったな。」
今日の学校や塾の休み時間でもこの話題で溢れかえっていた。
こと発端は約20年前にまで遡る。何でも古代ヨーロッパの遺蹟で新たな予言書が見つかったのとか。最近になって解読を終え、なんと今日世界が滅びると分かったそうだ。原因は食物連鎖の乱れだとか。こんな短期間で乱れてたまるかよ、と俺は全然あてにしてない。
「まぁ、最後におばさんのバームクーヘン食べれるなら悔いはないかなー。」
「......ふん、馬鹿馬鹿しい。」
「なんか今日冷たくない?」
「は? いつも通りだよ。」
「ムスッとしてる徠翔君は好きじゃないな。」
「はぁ? ムスッとなんかしてねーよ。」
「してる。」
「してない。」
「してる。」「してない。」「してる。」「してない。」「してる。」「してない。」と、永遠に続くかと思われるやり取りをしてると家の前についた。
ただいまと言いながら凜子を玄関に上げる。すぐに親がやってきて、準備してるから家に上がるように勧める。
「え? いいんですか? ならお邪魔します!!」
と、すぐに家に上がり込む。
凛子は慣れたようにダイニングまで行き、用意されていたバームクーヘンをフォークで食べやすい大きさに切り、突き刺して口に運ぶ。コーヒーを持ってきた母親に「美味しいですぅ~」と一言。
俺も一欠片口に運ぶ。確かに母親の作ったバームクーヘンは美味しい。ていうか、母が作ったお菓子はだいたい美味しいのだ。
「あら、それなら良かったわ~。」
幸せそうに食べる凜子を見て嬉しそうに母が呟く。
更に失礼ながら「女の子が欲しかったわぁ」と俺の顔を見てもう一呟きというのは毎度の事なのでもう慣れている。
バームクーヘンを食べ終えて、10分ほど凛子は母と話して帰宅しようとしていた。
玄関に見送りに行った時にちょうど父が帰ってきた。
「おう凜子ちゃん、こんばんは。」
「こんばんはおじさん。毎日大変ですね。」
「いやいや、生活していくためだからね。こればかりはどうしようもないよ。」
「ては。」
と、家から出ていこうとした時、和やかな雰囲気が一変した。
最初にズドン!! と大きな揺れが来た。
次にギャァァァァ!! と言う甲高い悲鳴が聞こえた。
「なっ、何?」
凛子はとても怯えていて、開けようとしていたドアを離して俺達の方に寄ってくる。
父も母も突然の事に驚いているようだ。
当然俺も驚いている。
その間も悲鳴が6つ聞こえた。
俺は原因を探るために玄関のドアを開け、あたりを見回す。
原因はすぐに分かった。
家の前の道路に怪物が立っていたのだ。目や鼻らしきものは存在せずに人間の口がある位置にばっくりと横に伸びた割れ目があるのっぺりとした顔面。二階建ての家の屋根に楽に手が届きそうなスラリとした巨体。人間を捕らえることを目的としたような長い爪に長い指。そして、夜だから一層目立つ気持が悪くなる様なような白い色。
「うわぁっ!!」
その怪物を見てしまった俺は初めての恐怖に怯え、頼りない悲鳴を漏らす。
そいつはその声に気づいたのかこちらに向き、ゆっくりと近づいてくる。
ズン、ズン、ズンと確実に近づく足音に足が震え出す。
いつの間にか俺の目の前に来ていた。
長い爪で俺の右腕を斬り飛ばし、強引に凜子達の方を向かせられ倒れる。
俺の右腕だった肉塊が凛子の上にぐちゃっと音を立てて落ちた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
凛子の絶叫が玄関に響き渡る。
凛子を守るように前に出ていた父と母が同時に、怪物の長い爪の一薙で横から串刺しにされる。
怪物はブンと腕を振り爪に刺さっている2つの真っ赤に染まった肉塊を振り落とす。
ぐちゃぐちゃになった肉塊は壁や玄関までの廊下に飛び散り凄惨な光景を作り出す。
片手に凛子を、もう1つの手には俺を持った怪物は顔の前に2人を持っていき、顔の中央の少し下を真横に横切る割れ目をばっくりと開ける。
ぐちゃっ
横に持ち上げられている凛子の体から音が鳴った。
その瞬間頭が真っ白になり、俺は絶叫していた。
「このやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォッッッッッ!!」
俺の頭には怒りしかなかった。父、母を目の前で殺され、大切な、大切な幼馴染兼想い人が無残に殺された。意味もなく。
叫ぶ俺を聞こえていないかのように怪物は両手とも口元に持っていく。
こいつは意地汚く2人同時に食べようとでもいうのか。そう考えると怒りが憎悪に変わった。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
2人の頭が口の中に入れられる
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
中は真っ黒で何も見えない
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロス
どぷん
体が溶かされていくのを感じる
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス、殺す!! この怪物を!! 全て!! 完膚なきまでに!! 皆殺しにしてやる!!
その瞬間意識が弾け飛ぶ。
***
突如衝撃波が吹き荒れた。
中心地は埼玉県秩父市をはじめとする7個所。
その衝撃波は半径100m以内の物を全て吹き飛ばした。
建物も吹き飛ばした。
死体も吹き飛ばした。
怪物も吹き飛ばした。
残ってるのは何も無い更地と
横たわっている無傷の少年少女達。
その少年少女達は体の1部が輝いていたという。
***
怪物に襲われたのは日本だけではない。世界各地で同じ怪物が確認され、 人々を殺したと言う。そのせいで世界の人口は10億人まで減り、日本も3000万人程に減った。しかし、直後に確認された衝撃波が怪物の多くを死滅させた。
日本では約2年をかけて生き残った人々は各地の主要都市に巨大な壁を作り、復興を開始していった。
できるだけこの作品は長く続けたいと思います。
よろしくおねかいします。
誤字脱字等がありましたら連絡下さい