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うそつきの告白

作者: 藤崎珠里

 ――またか。


 コンコン、という扉を叩く音に、シュゼットは顔をしかめた。毎日毎日、よく飽きもせずに来るものだ。

 ため息をつきながら、仕方なく椅子から立ち上がる。少々乱暴に足音を立ててから扉を開ければ、目の前には想像したとおり、キラキラした笑顔を浮かべる男がいた。


「おはよう、シュゼット」

「……おはよう。今日はどうしたの?」

「君によく似た花を見つけたから、見せたくなっちゃって」


 微笑みながら、彼は一輪の小さな花を差し出してきた。それを見て、珍しいな、とシュゼットは目を瞬く。今まで花をもらったことは何度もあるが、それらは全て、立派なブーケだったり、見たこともないような花だったりしたのだ。

 しかし今彼が差し出した花は、シュゼットも見かけたことがある、素朴な白い花だった。花の中央はうっすらとピンク色をしていて、葉は丸く小さい。

 可愛い花だとは思うが、一体どこが自分に似ているのか。髪だって、白と正反対の黒だというのに。

 疑問が顔に出ていたのか、彼――エドワールは、ふふっと笑った。


「派手さはないけど、目を引く美しさが君に似てるなって。あとはそう、小さいところとか、やわらかそうなところとか?」

「……ありがとう」


 つまり私は、地味で小さくて太ってるってことね。

 きっとその言葉は口にできないので、代わりに思ってもいない感謝の言葉を伝える。

 地味と小さいは自覚があるが、太っているという言葉は否定したい。痩せている、とは言いがたいが、それでも太っているわけではないと思うのだ。比べる対象にしばらく会っていないから、少し自信はないが。


 ちょっとごめんね、とエドワールは断りを入れてから、その白い花をシュゼットの髪に挿した。そして、満足げな笑顔を浮かべた。


「ああ、やっぱり。黒髪に白い花はすごく映えるね」


 挿された花にそっと触りながら、別に黒髪じゃなくたって映えると思うけど、と心の中でつぶやく。

 だが、言われて悪い気はしない。


 エドワールを部屋に招き入れ、いつもどおりに彼の話を聞く。

 余程のことでもない限りこの家から出ないシュゼットにとって、エドワールの話は貴重な情報源だった。他愛もない話で、情報とは言えないものが多いが、意外と楽しかったりもする。




「シュゼット、好きだよ」


 ――会話の最後に、彼が毎日決まって言う言葉。

 シュゼットはそれに嫌々と、それでもはっきりと答えを返す。


「私も好きよ」



     *  *  *



 この世界には、魔女という存在がいる。自然を操ったり、誰かに呪いをかけたりすることができる、普通の人間とは異なる存在。

 シュゼットは、その『魔女』に育てられた。魔女の森と呼ばれるこの森に、赤ん坊のときに捨てられていたらしい。物心つくころにはすでに魔女と暮らしていた。

 別に、何をされたわけでもない。ただ養ってもらっている対価として家事をしたり、森の薬草を採りにいったりしただけだ。しかしそれも、三年前までの話。


 シュゼットは、嘘をついてしまうことが多かった。意地っ張り、天邪鬼。とにかく、素直に自分の気持ちを伝えるのが苦手だったし、何か後ろめたいことがあるとすぐに嘘をついた。


 その日も、シュゼットは嘘をついた。

 魔女が大事にしていた、水晶を落として割ってしまったのだ。私じゃない、と言ったシュゼットに、魔女はため息をついた。怒りよりも呆れが(まさ)ったのだろう。


『あんたが嘘つきだってことは、昔から知ってるけどねぇ。はあ……まったく、あたしの教育方法が悪かったのかね』


『流石にそろそろ、お灸をすえなきゃいけない時期みたいだ』


『これからあんたに、嘘しかつけなくなる呪いをかけるよ。なに、質問とか頼みごととか、人の名前とか……そういう例外はつけてあげるさ。ただし、返事を求めている言葉に対して、無視をするのはなしだ』


『本当のことを言おうとすれば、痛みがあんたを襲う。言えば、次の日の朝日が昇ったときあんたは死ぬだろう』



 どうして、とそのときは思った。

 シュゼットは心の中では魔女を母のように慕っていたし、魔女だってシュゼットのことを愛してくれていたと思っていた。それなのに、本当のことを言うだけで死んでしまう呪いだなんて。


 最初は、ただそう言ってシュゼットの『嘘つき』を治そうとしただけだと思っていた。けれど本当のことを言おうとしたとき、実際に胸がぎゅっと掴まれたように痛くなったのだ。今までの人生で経験したことのないほどの痛みに、シュゼットは魔女の呪いが本物なのだと悟った。

 怖かった。何より、嘘しかつけないことが辛かった。

 それでも、魔女と一緒にいるときは平気だった。魔女はシュゼットが嘘しかつけないことを知っていたし、呪いをかけた本人だと思えないくらい、優しくもしてくれたから。


 しかし半年前、突然魔女は家を出て行った。いつの間にか食料などは補給されているので、魔法を使って色々とやってくれているらしいが。

 そして、そのときから現れるようになったのがエドワールだった。十中八九、魔女が何かしたのだろう。


 エドワールが現れてからというものの、嘘をつくことが苦痛でたまらなくなった。魔女に言われてここに来たのだろうに、シュゼットの言った言葉を本気の言葉として受け止めるのだ。

 話し相手になってやってくれ、くらいしか言われていないのだろうと、シュゼットは睨んでいる。

 エドワールがここに来て最初にしたのは、自分の名を言い、シュゼットの名を尋ねることだった。

 それが終わると、エドワールはなぜかシュゼットに告白をしてきた。


『シュゼット、貴女のことが好きです』


 会っていきなり呼び捨てにしてくる男なんて嫌いです。

 思わずそう答えようとしてしまったが、胸の痛みにはっとなった。無視をしてはいけないというのも呪いの内容に入っているので、しぶしぶと返事をしたのだ。


『私も好きです』


 と。


 てっきり魔女から呪いの話を聞いていると思ったら、彼はぱあっと顔を輝かせた。もともとシュゼットとは全く違う煌びやかな外見をしていたので、余計に眩しくなった。顔がいいってこんなに相手をいらつかせるんだな、と思った記憶がある。

 とにかく、笑顔で抱きついてきたエドワールを、シュゼットは反射的に蹴り飛ばした。


『なぜですか!?』

『き……好きだからですよ、ああもう!』


 それからというもの、エドワールは毎日のようにシュゼットのもとへ来るようになった。最初は一応丁寧語を使っていたが、面倒臭くなってやめた。外見や身なりからしてどこぞの貴族の坊ちゃんであることはわかったが、面倒臭かった。

 好きでもない相手に好きと言わせられてしまうのに、その上尊敬する必要のない相手に丁寧語を使うなんて耐えられなかったのだ。


 困るのが、彼の好きだという言葉。

 今はそれに対して好きだと返せているが、これから先はわからない。毎日毎日好きだと言われ、真っ直ぐに笑顔を向けられ、嫌い続けるのは想像よりも遥かに難しかった。




 帰っていくエドワールを見送ってから、シュゼットは胸を押さえた。

 先ほどだって、一瞬ツキリと胸が痛んだのだ。


 ――どうしよう。


 恋愛的な意味で好きになることはないだろうが、友達としてなら有り得る。

 まず、エドワールのあの言葉は恋愛的な意味が含まれているのだろうか。シュゼットは眉を寄せて、むむむと考え込んだ。

 男、というものとまともに話をしたことが、何せエドワールとしかないのだ。もしかしたら世の中の男にとって、ああやって好きだと言うのが挨拶なのかもしれない。物語の中の男とは全然違うが、物語はあくまで物語だ。現実とは違うということだろう。


 もしもエドワールの「好き」に恋愛的な意味が含まれているとしたら、シュゼットがそういう意味で好きでない限り、「好き」と言っても嘘になるのだろうか。それとも、友達としての「好き」と同じだと呪いに判断され、死んでしまうのだろうか。

 魔女の呪いはよくわからないが、何となく後者の気がする。


 だとすれば、一体どうやって彼を嫌い続けよう。

 それが、目下のところ最大の悩みだった。しばらく前から悩んでいるが、全く解決策が浮かばない。だから彼のノックの音を聞くたびに、顔をしかめてしまうのだ。

 そもそも好きだと言うのが恥ずかしい。あんな言葉をさらりと言ってしまえるエドワールの神経はどうなっているのだろう。シュゼットは、大好きな魔女にだって好きだと言ったことはないのに。


 ――来ないでくれるのが一番嬉しいんだけど。


 おそらく、それはないのだろうなと思う。困ったことに。

 そしてその予想のとおり、エドワールはその後も毎日毎日シュゼットを訪ねてきたのだった。



     *  *  *



「どうして私と、毎日話してくれるの?」


 ある日、シュゼットはそう尋ねた。答えはわかりきっていたが、ふと思いついたのだ。

 シュゼットの質問に、エドワールは目を丸くした。その反応に少し首をかしげれば、彼は慌てたように口を開く。


「いや、シュゼットから話しかけてくれるのは初めてだったから」

「あれ、そうだった?」

「そうだよ」


 確かにそうだったかもしれない。嘘はできるだけつきたくないので、自分から話しかけるとなると質問や頼みごとしかできないのだから。しかも頼みごとにだって制限がある。お茶を入れて、とか何か喋って、というのは平気なのに、家を出て行く魔女に対し、「置いていかないで」という言葉は言えなかった。どういう基準なのかよくわからない。

 ともかく、だからシュゼットは、自分からはエドワールに話しかけなかったのだろう。


「僕が君と話す理由なんて、一つしかない」


 やはり魔女に頼まれたのか、と思いかけたが、続けられた言葉は意外なものだった。


「君のことが好きだからだよ」


 好き、と。

 その言葉は聞き慣れているけれど、今の質問に対する答えとして聞かされるとは思っていなかった。驚いて何も言えないシュゼットを、エドワールは優しい眼差しで見つめてくる。

 質問に対する答えだったからか、返事をせずとも胸が痛くなったりはしなかった。そのことに、ほっとする。


 こんなふうに見られたら、今の言葉が嘘だとは思えなかった。

 今まで聞いてきた「好き」よりも、何だか恥ずかしくて。赤くなっているだろう顔を見られないように、シュゼットはそうっとエドワールから顔を逸らした。

 それでもなぜか、ずっと見られている。

 沈黙のまましばらく過ごし、耐え切れなくなってシュゼットは言葉を発した。


「あの、いつまで見てるの」

「あ……ははっ、ごめん。シュゼットが可愛いから」

「だからっ、あなたはなんでいつもそんなことを言うのかしら!」

「単なる事実だよ」


 あっけらかんと言いのけるエドワールに、ふるふると怒りで体が震える。


 ――こっちの気も知らないで!


 好きとか可愛いとか、そういう言葉にどれだけシュゼットの心が乱されるか、エドワールはわかっていない。こちらは好きにならないようにいつも必死だというのに。

 今の問いに、魔女が関係していると答えてほしかった。呪いのことを知っていると言ってほしかった。


 そしたら。

 そしたらシュゼットだって、何の迷いもなく「嫌い」だと口にできるのに。


「シュゼット」


 名前を呼ばれて、顔を上げる。


「怒らないで。あのね、信じられないかもしれないけど、本当に君が好きなんだよ。ちょっとした仕草とか、表情だけでも可愛いって思えるくらい」

「……信じられるわ」


 ――信じられるわけ、ないじゃない。


 彼の言葉が、嘘だとは思っていない。しかし、嘘だと思いたいのだ。

 信じたら、きっとシュゼットはエドワールのことを好きになってしまうから。今のぐらぐらした不安定な気持ちが、完全に『好き』のほうへ傾いてしまうから。

 だから、信じるわけにはいかない。


「お願いだから、信じて」

「信じられるって言ってるでしょ!」


 ――信じられないって言いたいのに!


 嘘だけ言っているはずなのに、なぜか胸が痛かった。

 胸を押さえて、いつもと同じ言葉を返す。


「私は……私は! あなたのことが……っ」


 返す、つもりだった。


 けれどその途端に更に胸が痛くなって、息ができなくなる。苦痛に顔をゆがめ、もう手遅れだったんだ、とぼんやりと思った。同時に、やっぱりか、とも。

 だってシュゼットは、エドワールと話すのが楽しかったのだ。笑顔を向けてくれるのが、嬉しかったのだ。

 今まで好きだと言えていたのは、ただ運が良かっただけだ。嫌いなのだと、好きになるわけがないのだと思い込めていたから、呪いが反応しなかったのだろう。



 ――あ、れ?


 魔女は厳しかったが、シュゼットが本当の家族からもらえなかった愛情を、確かにくれた。

 その魔女が、果たして本当にシュゼットが死ぬような呪いをかけるだろうか。せいぜい胸の痛みが強くなったり、長引いたりするだけなのではないか。


 今まで、なぜこんな簡単なことを思いつけなかったのだろう。魔女のことは大好きで、信頼もしていたつもりだった。しかしシュゼットは、本当は魔女のことを信じられていなかったのかもしれない。

 もしかして魔女は、シュゼットが呪いを本気で信じたことに悲しんで、家を出て行ってしまったのだろうか。


 本当のことを言おうとするときの、胸の痛みは確かにある。握りつぶされてしまうのでは、と思うほどの痛みだ。決して慣れたわけではないし、あまりの痛さに息だってできなくなる。

 でも、嫌いと言って彼を傷つけるくらいなら。


 ――ううん、違うわ。


 嫌いと言って、彼に嫌われてしまうくらいなら。

 好きだと言おう、と決めただけで、ぎゅーっと胸が痛くなる。だが、死ぬことはないのだと思えば、辛くはあっても怖くはなかった。

 痛みから、自然と涙がこぼれてくる。


「私、は……っあなたが好き、よ!」


 そこまで言い切れば、何も考えられないくらいの痛みが襲ってきた。掴まれているような感じに加え、ぐりぐりと鋭利なもので抉られているような気もしてくる。

 悲鳴を何とか我慢するために、歯を噛みしめ、拳を握る。涙は後から後からこぼれていくが、止めようと思う余裕さえなかった。

 ぼやけた視界の中で、エドワールが近づいてくるのが見えた。


「……ごめん」


 聞き逃しそうになるほど、小さなつぶやきだった。


「そんなに泣くくらい、僕のことが嫌いだったんだね」

「……え」

「気づいてあげられなくて、ごめん」

「ち、ちがっ」

「もう無理しないで」


 エドワールはそう言って、シュゼットの涙を指で拭ってきた。


「魔女殿から聞いてるんだ、呪いの話は。君は嘘しかつけないんだろう?」

「なん、で……」


 その言葉に、シュゼットは一瞬痛みも忘れて目を見開いた。

 それを知っていて、どうしてシュゼットの言葉を信じているふりをしていたのだろうか。


「……色々あって、どうにも人を信じられなくなっちゃってね。魔女殿に相談したら、シュゼットを紹介されたんだよ。嘘しかつけない呪いをかけてあるから、って。そしたら君は、本当に嘘しかつかなかった」


 気まずげに、エドワールは曖昧な笑みを浮かべた。

 あれ、とシュゼットは思った。人を信じられない、というのは、エドワールの印象に合わなかった。彼は最初からシュゼットに親しげに話しかけてきたし、毎日話を聞く限り、むしろ人をすぐに信じて騙されるような性格だと思っていたのだ。

 もしかしたら、その性格のせいで何度も騙されて、人を信じられなくなったのだろうか。


 それならば確かに、シュゼットはうってつけだろう。必ず嘘をつくのだから、その反対のことを言っていると思えばいい。

 しかし、シュゼットが嘘しかつかないと判断した理由がわからなかった。


「どうして、私の呪いを信じたの?」


 心なしか胸の痛みが引いてきていて、ゆっくりではあるがはっきりと言葉を発することができた。


「表情は素直だったから。最初に僕のことを好きだと言ったときなんて、ほんっとうに嫌そうな顔をしてたよ? あれを見て好かれてると思う人はいないさ」


 そういえば、魔女は表情にも制限をつけなかったのだ。痛みもだんだん和らいできているし、死ぬというのはやはり嘘だったのだろう。

 だろう、ではなく、嘘だった、と言い切れる。死ぬのは次の日の朝日が昇ったときと言っていたから、そのときにまた痛くなる可能性もなくはないが、そんな可能性はほぼ零と等しい。


「……安心して。もう会いに来ないから。僕のわがままで、君に毎日つきたくもない嘘をつかせちゃってごめん」


 エドワールは深く頭を下げてから、扉へ向かおうとした。



「待って」



 その腕を、ぱしっと掴む。

 このまま会えなくなるのは、嫌だった。


「今のは嘘じゃなかったの」


 本当のことを言っても、胸が痛くならない。それは普通のことなのに、何だかとてもおかしなことのように感じた。

 困惑した表情を浮かべているエドワールの目を、まっすぐ見つめる。


「呪いは、完全に嘘しかつけないわけじゃない。本当のことを言おうとすると胸が痛くなるけど、それをがまんすればいいの」

「……魔女殿は、本当のことを口にすれば死ぬ呪いだって」

「あの人が本気でそんなことするわけないわ」


 だって、とシュゼットは続けた。


「あの人は、私のお母さんなんだから」


 最初から、魔女のことを信じていればよかった。きっとこの呪いは、本当のことを口にすれば解けるものだったのだから。


「私は、エドワールと話すのが楽しかった。嘘じゃないわ」


 シュゼットの言葉を聞いたエドワールは、しばらく黙り込んだ。

 もう帰る気はなくなったようだったので、彼の腕を放す。思えば自分から触ったのは初めてで、今更少し恥ずかしくなってきた。


「……もしかして、本当に嘘じゃない?」

「そう言ってるでしょ」

「え、いや、だって、え? どこからが嘘じゃないの?」

「……す、好きって言ったところからよ。でも、友達としてだから! それ以上の意味なんて、これっぽっちもないわよ!」


 それだけははっきりと言っておきたかった。

 しかしふと、不安になったことがあって、シュゼットはおそるおそる言葉を発する。


「えっと、友達と思ってもいいの?」

「え」

「えっ、駄目?」

「駄目じゃない、けど。そっか、そうだよな……」


 ぶつぶつと何か小さな声でつぶやき始めたエドワールは、シュゼットの目を見てにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、改めて。シュゼット、僕は君が好きだよ」


 もう嘘をつく必要はない。けれど、ここで嘘をついたらどうなるだろうという悪戯心がわいた。


「私は嫌いだわ」

「……それは、嘘?」


 途端に情けない表情を浮かべるエドワールに、つい笑ってしまう。すぐに嘘をついた、自分自身に対しても。

 魔女の呪いは、シュゼットの嘘つきな性格を直すことができなかったらしい。そうどこか他人事のように考えて、私も懲りないな、と呆れる。


「ええ、嘘よ」


 そしてシュゼットは、今までは嫌でたまらなかった言葉を、笑顔で口にした。





「――私も好きよ、エドワール」











「ねえ、嘘じゃないって言葉を信じてくれたのはどうして?」

「だって、初めて僕の名前を呼んでくれたから」

「……そういえば私、初めて人の名前を呼んだわ」

「わあ、初めてを僕にくれたんだね……いや、うん、ごめん。変なこと言った」(言った後に気づいて顔を赤くする)

「?」




シュゼット

 魔女の家に来る人間としか話したことがないため、世間知らず。よく言えば純粋。

 本編とは関係ない話だが、捨てられたのは黒髪だったから。昔に比べ黒髪に対する差別は減ったが、今でも黒髪の人間は『魔女の子』と呼ばれ忌み嫌われることがある。

 エドワールに対する『好き』が恋なのか、このしばらく後に悩む。すごく悩む。

 エドワールが王子だと知ってからぎくしゃくするが、プロポーズをされ、ようやく恋だったのだと気づく。そして、初の黒髪の王妃に。


エドワール

 実は王太子。王位になんて興味はないのに、そのごたごたに巻き込まれ(親しい人にも裏切られ)、人間不信に。

 最初に「好きです」と言ったのは、シュゼットが嘘しかつけないことを確認するため。女性に好かれる容姿であることは自覚していたので、てっきり嫌いですと返事をされると思っていた。

 呪いが解けていないことを確認するために毎日告白していたが、次第に本気で好きになっていく。

 シュゼットと結婚するために王位継承権を放棄しようとしたが、魔女がそれを許さなかった。そのため、結婚後シュゼットが苦労しないように必死に努力した末のプロポーズだった。


魔女

 人間とあまり関わってこなかったので、厳しい教育というのを思いっきり間違えた。呪いをかけるのがやりすぎだったと後で知り、シュゼットに本気で謝る。

 エドワールにシュゼットをすすめて家を出たのは、そうするのがシュゼットのためにもなると占いで出たから。

 水晶はいくつか持っていたので、それでシュゼットとエドワールのやり取りを毎回覗いていた。エドワールが不埒な真似をすれば、すぐにでも駆けつけるつもりだった。

 お母さん、と呼ばれたときは嬉しくて一人でうろうろ歩き回った。(今まで、「ねえ」などと話しかけられるだけで、名前を呼ばれたこともなかった)

 が、「初めてを僕に……」のセリフあたりでは怒りで顔がすごいことになっていた。




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