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回答編

 警察の拘束した、ほぼ現行犯の人間を『犯人じゃないと思う』と言い放ったノハは、自分に向けられる周囲の視線を気にした様子もない。

 ロッソは少し考えてから、ノハに向って尋ねた。

 

「なんで、梅林さんが犯人じゃないと思うんだ?」


 するとノハは、やはりなんでもないような口調で答える。


「凶器には梅林さんの指紋しかついてなかったっていってたでしょ? おかしいじゃない」


 ロッソが首を傾げる。


「なんで?」


「だって、灰皿は従業員に持ってくるように頼んだものでしょ? 最低でも灰皿を渡した彼女と、灰皿を受け取った丹沢ユリさんの指紋がついてないとおかしいよね。犯人だけの指紋がついているなんて不自然だ。だから、犯人は犯行のあと指紋を拭き取った。結果として犯人が触った前の人の指紋まで拭き取られて、その後触った彼の指紋だけ残ったってことだよね?」


 言われて、ロッソは合点がいったと言うように何度も頷く。

 

「そうかー……犯行時の返り血ごと拭き取っても、血溜まりのなかに凶器を置けばまた汚れるから、拭き取ったとは思われないもんなー」


 リックスは彼らの話を、真っ青な顔で聞いていた。気丈に振る舞ってはいるが、身体が微かに震えている。人が死んだのだから当然の反応だろう。しかも死んだのは、カリスマモデルと言われる丹沢ユリだ。

 自分もモデルをやっている以上、ショックなのだろう。

 彼女の上司であるロスは先程から心配そうな目でリックスを見ている。彼女が気丈に振る舞っているため、声をかけるのを躊躇っているようだ。

 小刻みに身体を震わせるリックスの元に、黒いスーツを着たサイサリスが音もなく歩み寄る。口をもごもごと動かしているのでなにか食べているのだろう。手にはアイスクリームの皿を持っていた。

 その皿を、リックスに無言で押しつけてくる。

 リックスは当然驚いてサイサリスを見た。

  

「な、なに?」


 リックスが戸惑いながらアイスクリームの皿を受け取ると、サイサリスが満足したように何度か頷いた。どうやらアイスクリームをくれるらしいと悟ったリックスがふわりと笑う。

 

「ありがとう」


 サイサリスは彼女の笑顔を見て満足そうにまた頷いた。

 ロスはそれで、リックスは大丈夫だと判断したようだ。さりげなく彼女から視線をそらす。

 ロスの横で、ロッソがパッと明るい笑顔を浮かべ手を叩いた。

 

「あー! 犯人がデザイナーさんじゃないなら、副社長なんじゃない? 何かあの副社長って被害者のモデルさんに肩入れしてない? もしかしてあの2人、深い仲ってかデキてたりして~?」


 ロッソの言葉に眉をひそめたのはヴィオーラだった。

 

「肩入れ……? そうでしたっけ? 私にはそうは見えませんでしたけれど。それに、そう思う根拠は?」

 

 ロッソは一度きょとんとした顔をして、すぐ首を傾げた。

 

「根拠? ん~…何となくってかフィーリング?」


 ヴィオーラがあからさまに派手なため息をつく。


「……確たる根拠が無いなら黙ってて下さい鳥頭」


「ちょ、そこで鳥頭とか無関係だろ、ひどい」


 ロッソの主張を、ヴィオーラはため息1つで受け流した。まだロッソがなにか言っているが、ヴィオーラに聞く気はないようだ。

 ロスはそれよりも、先程のロッソの発言のほうがひっかかっていた。

 

「根拠ならあるよ」


 ヴィオーラの服の裾を掴んでいたロッソが驚いた顔でロスを見た。

 

「……なんの?」


「丹沢くんと隼人くんのことだよ。隼人くんはメイクアップアーティストの頃から丹沢くんをえらく気に入っていてね、八幡の婿養子に入る前までは、ふたりがただならぬ仲なんじゃないかって、何かと噂になっていたんだよ。だから、もしかしたら、もしかするかもしれないね。結婚したのも割と急だったから、丹沢くんも驚いただろうし、恨んでも仕方ないだろう」


 リックスが顔をあげた。サイサリスに貰ったアイスクリームを手に持ったままだ。サイサリスは食べるように催促していたが、まだ食べる気にはなれないのだろう。

 

「社長、で、でも、それは丹沢さんが八幡さんを恨む理由ですよね……?」


 ヴィオーラが顎に手を当て、ゆるく首を横に振った。

 

「いえ。過去の関係を奥さんにバラすと言って脅したのかもしれませんよ」


 リックスのただでさえ真っ青な顔から、さらに血の気が引いた。

 

「な、なんのために、そんな……」


 サイサリスはリックスにアイスを食べるよう催促している。あまりに催促されるので、結局リックスは一口だけアイスを食べていた。発言と行動がちぐはぐになっているが仕方がないだろう。

 ロスはリックスの真っ青な顔を見て心配そうに眉をひそめたが、結局口を開くことに決めた。

 

「あまり故人を悪く言いたくはないんだが……丹沢くんは根っからのギャンブル好きでね。モデルとして大成して収入が増えてからはさらに拍車がかかったらしい。おかげで借金もかなりあると聞いたことがある。しかも、モデルは足が早い。最前線に立っていられる期間はあまりにも短いんだ。彼女みたいなプライドのある子なら、尚更ね」


 サイサリスに促されるままアイスを食べていたリックスの顔が更に青ざめる。サイサリスは、アイスだけでは役不足だと判断したらしく、今度はサンドイッチを持ってきて押しつけた。結果、リックスは青ざめた顔のまま両手に食べ物をもつハメになる。格好だけはテンションが底上げされている。

 食べ物を両手に持って半ば茫然と立ちすくむリックスを横目に、隆弘が目を伏せる。

 

「だが、比奈子さん……八幡の社長はあいつにベタ惚れなんだ。過去の女関係なんかで縁を切るとは思えねぇぜ」


 今まで黙って話を聞いていたノハがポン、と手を叩いた。

 

「わかった。隼人さんと栄一さんが実は恋人同士で、ユリさんと隼人さんの奥さんが恋人同士でお互いに不倫していたんだよ」


声をあらげたのは隆弘だ。


「んなわけあるか!」


 テオもノハを睨みつける。

 

「何の昼ドラみた!?」


「『昼の我らも真っ青の真実』っていうドラマ」


 ノハの言葉を聞いて、隆弘とテオがまったく同時に口を開く。

 

「「見るな!」」


 まるで漫才を見ているようだ。

 彼らの会話を聞いてロッソが口元に手をあてた。

 

「つまり薔薇と百合って事?うっわー皆凄いなぁ昼ドラも真っ青なドロドロっぷりじゃん」


 ヴィオーラが今日一番大きなため息をつき、ロッソを睨む。

 

「貴方まで追随しないでください。ややこしくなるから」


 ロッソがヴィオーラを恨めしげに睨む。ヴィオーラはどこ吹く風だ。

 隆弘がまだ叫びたりずノハに対して声を荒げている。

 

「ホモでレズってどんなアグレッシブな人間関係だ! 少女漫画じゃねぇんだぞ!」


 テオはノハではなく、隆弘に対して声を荒げた。

 

「遠回しに何人かの漫画家をディスるのはやめろ! 最近は少年漫画でもよくある!」


「お前こそディスってんじゃねぇか!」


 どんどん話が逸れていくようだ。話を聞いていたノハが不思議そうな顔で首を傾げた。

 

「マガジンとかジャンプスクエアとか?」

 

「「やめろ!」」


 悲鳴の様な声だ。

 話題が全力失踪している中に、騒ぎを聞きつけた直樹がやってくる。リアトリスと瑠美も一緒だ。直樹はなにがそんなに楽しいのか、死人が出たというのにスキップで隆弘とテオの元によってくる。

 

「絞・め・具(工具)!」


 謎のかけ声とともに、彼は隆弘の背中を叩いた。隆弘が195cmの見事な体躯をよろめかせ、声をあげる。

 

「こうっ」


 そしてたたらを踏んでから、背後にいる直樹を軽く睨んだ。

 

「がゆん!」


 テオが悲鳴をあげる。

 

「やめろと言ってるんだ!」


 彼らのコントを眺め、瑠美がケタケタと笑う。

 

「お話中のところジャマして悪いんですがぁ、ちょぉっとよろしいですかぁ?」


 先程までコントに参加していた隆弘が、バツの悪そうな顔をして瑠美を見た。

 

「なんだ。用があるならとっとと言え」


「ではお言葉に甘えてぇ☆ 八幡の副社長さんとぉ、秘書さん。不倫してますよぉ?」


 その場にいたほとんどの人間が目を見開いた。ヴィオーラが胡乱げな目つきで瑠美を見る。

 

「……根拠は?」


 答えたのは瑠美ではくリアトリスだ。

 

「死体見た時、『隼人さん』って名前呼んだじゃないですかー」


 ノハが首を傾げる。


「名前呼ぶと不倫になるの?」


 リアトリスがクスクスと笑う。

 

「そうですよー。なのでノハもたくさんの人と不倫しますよー」


「えー、そうなんだ。どうしよう。隆弘と、テオと……リアは愛称だからセーフ?」


「残念ながらアウトですー」


「えーじゃあ何人だろー」


 ノハが考え込む横で、テオがため息をつく。

 

「話がややこしくなるから黙ってろ。リアトリス、妙な嘘を教えるな」


「ちぇーですー」


 ノハが目を瞬かせた。

 

「え? 嘘なの?」


 直樹がわざとらしく咳払いをした。

 

「……話を戻すよ。いくら死体を見て動揺してたからって、上司を名前で呼ぶかな? しかもその上司は、彼女を苗字で呼んでるんだよ。不自然だと思わない?」


 瑠美がクスクスとわざとらしい笑い声を響かせる。


「それと、モデルの何人かも副社長と不倫してるみたいですねぇ☆ 秘書が副社長の名前を呼んだ時、何人か顔をしかめましたからぁ☆」


 リアトリスもニヤリと口を歪める。

 

「なんていうか、修羅場特有のピリッとした空気っていうんですか? 電気が走ったんですよねぇー」


「久しぶりにワクワクしたねぇ」


「そうですねぇ☆」


「これだけの女に手を出してるのをバラされれば、さすがに離婚騒動ですよねぇー」


「八幡ホールディングスの服飾部、黒字なんだけど、3年くらい前から少しずつ採算が合わないらしいんだよね」


「派手好きで女好きの副社長のことですからぁ☆ 使い込んだんじゃないですかぁ?」


「女のためにねぇー馬鹿な奴ですぅ」


「バレたらそれこそ身の破滅ですぅ☆」


 花神楽高校で密かに暴食トリオと呼ばれ、恐れられている3人が楽しそうに声をあげて笑っている。その場にいたほとんどの人間が悲鳴を上げそうになった。

 ヴィオーラは頬に伝う嫌な汗を拭い、ケタケタと楽しそうに笑う3人を見る。

 

「し、しかし、彼にはアリバイがありますよ」


 この発言に答えたのは楽しげに笑う3人ではなく、今まで黙って話を聞いていた奈月だった。

 

「いや、アリバイなんてどうとでもなるよ」


 ヴィオーラが奈月を見る。奈月はまっすぐヴィオーラを見据えている。

 

「被害者がルームサービスの時はすでに死んでいたのだったら、犯行は可能でしょ。祐未がさ、灰皿の時は文句を言われたんだったら、その時の丹沢ユリは本物。けど、ルームサービスの時は部屋からまもともに顔も出さないで何も言わないでひったくったんだったら、それは丹沢ユリじゃなくて、だれかが丹沢ユリになり済ました可能性があると思うよ。そうすれば、死亡推定時刻をそれ以降の時間帯にできる。ファッションショーなんだから、マネキンが着ていた衣装やらウィッグがある。それで、犯人がなりすましたんじゃない? 八幡隼人は元メイクアップアーティストなんだからそれくらいの技術はあるでしょ。それに、身長や多少しっかりしていても体型が殆ど同じなら一瞬ごまかすくらい問題ないと思うよ。ルームサービスを受け取った後、会場へ戻って後はアリバイ作り。そして第一発見者を彼にすればいいんじゃない。あわよくば第一発見者がそのまま犯人になってくれるしね。うっかり凶器を触ってしまうことなんて別段珍しいわけでもないんじゃない」


 ロッソがしきりに頷いて感心している。ヴィオーラも納得したようだ。

 テオは一通り話を聞いた後、近くにいた警官に向って手をあげる。

 

「あのー、犯人わかっちゃったんですけど」


 隆弘が目を向いた。

 

「ケイゾク!」


 直樹も驚いた顔をする。

 

「まさかの!」


 ロッソはテオや2人が何を言っているかわからなかったようで軽く首を傾げたあと、奈月の袖を引っ張る。

 

「ほら、言ってやりなよ。名探偵、晴れ舞台だよ」


 すると奈月が眉を顰めて嫌そうな顔をした。

 

「別に目立ちたくていったんじゃないよ」


「えー、合ってたら一躍主役なのに?」


「別に僕の考えがあってようが間違ってようがどーでもいいんだよ。早く帰りたいから少しでも足しになればいいって思っただけ。誰か別の人が言えば? ロッソでもいいんじゃない?」


 奈月に指をさされた途端、ロッソがオロオロと目を泳がせる。


「え、えー! えっと、なんだっけ? え、え?」


 ヴィオーラが横で派手なため息を吐いた。そうして仕方なくといった風に、警官に向って手をあげる。

 

「栄一さんは犯人ではないと思います。凶器の灰皿は従業員が被害者に頼まれて持ってきたモノですから、少なくとも被害者と従業員の指紋がついていなければ不自然です。加害者が自分の指紋を拭き取ったせいで、事件前の指紋も一緒に拭き取られ、第一発見者の指紋だけが残ったのだと思いますよ」


 それからヴィオーラはチラリと八幡隼人を見た。彼はヴィオーラを睨みつけるようにして立っている。

 栄一の横にたっていた刑事が声を上げた。

 

「では、犯人は誰だというんだ?」


 サイサリスがさっきからせわしなく口を動かしている。誰もがヴィオーラに視線を送る中、彼女だけは殺人事件の顛末より食べ物のほうが大切なようだ。

 ヴィオーラの指が隼人を指差す。

 

「犯人は、八幡隼人副社長です」


 指を指された隼人が目を見開き、こんどこそ明確にヴィオーラを睨みつける。

 

「なっ、なにを言ってるんだ! 私にはアリバイがあるんだぞ!」


「……ルームサービスを頼んだとき、被害者が既に死んでいたのだったら、犯行は可能ですよ。ルームサービスを運んできた従業員は、品物を受け取った時丹沢ユリがまともに顔も出さず、何も言わないで品物をひったくったと証言しています。ならばそれは丹沢ユリではなく、誰かが丹沢ユリになりすました可能性があるのでは? ファッションショーが行われていたのですから、マネキンが来ていた衣装やウィッグがあります。それで犯人がなりすましたのではないですか? 八幡副社長は、元メイクアップアーティストでしたよね? 丹沢ユリとただならぬ関係だったという噂もありますし、それ以外にも良くない噂がいくつかあるようです。ギャンブルで借金まみれの被害者に脅され、勢い余って殺してしまったと考えても、不自然ではないでしょう」


 隼人が歯を食いしばる。身体が小刻みに震え、顔が赤くなっていた。ヴィオーラを思いきり睨みつけた後、男はヴィオーラを指差して声を荒げた。

 

「そっ、そんなのは君の想像だろうっ! 証拠はあるのか! 証拠はっ!」


 奈月が顔をしかめた。ロッソの横で小さく

 

「……いっちゃったよ」


 と、吐き捨てるように呟く。

 テオは困った様に苦笑した後、笑顔のまま隼人の胸ポケットを指差した。

 

「そのペン、書けないんですよね? 秘書の方と話していた時、使っていませんでしたから。主催者が自分の記念品まで作るとは考えにくい。関係者に配るならともかくね。ユリさんを殺した時、近くにあった万年筆で抵抗されたんじゃないですか?」


 隆弘が喉の奥でククッ、と笑った。

 

「胸ポケットのペン、出してみろよ。丹沢ユリの名前と、アンタの血痕がついてたら完璧だな。下手な場所に捨てたらそれこそ一発で犯行がバレちまう」


 隼人がうなり声をあげた。刑事が隼人に一言断り、胸ポケットのペンを取り出す。美しいオールドイングリッシュで丹沢ユリの名前が刻まれている。ペン先が歪にひしゃげていた。

 

 八幡隼人の右腕には、鋭いもので刺されたような痣が発見された。

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