午後4時00分
午後4時00分
花神楽ロイヤルホテル
タワーウイング3階 ロイヤルホール
「記者会見は明日だったな。雑誌へのコメントのほうは?」
「できてます。確認していただけますか?」
「ああ、最後の一文少し……ごめん、書くものかしてくれる?」
グレーのスーツを着た男――八幡隼人が秘書に指示を出している。1度隆弘に話し掛けて以降、ショーが終るまでずっとテオや隆弘と話していて、尚かつ今秘書と話しているのだから恐れ入る。直樹は相変わらず外部の関係者と連絡をとりあって、今回の情報をまとめていた。
やがて秘書との話を終えた隼人が、紫メッシュの男――今回の主任デザイナーである梅沢栄一に視線を向けた。
「梅林!」
名前を呼ばれた栄一が作業の手を休めて振り返る。
「なんでしょう」
「丹沢のところへ行って話してきてくれ」
栄一が口を尖らせる。
「なんで俺が!」
「頼むから謝ってくれ! やっとショーが終ったあとなら話すと言わせたんだ!」
栄一はなおも不服そうだったが、隼人の視線に負けて不服そうな表情のまま視線をそらす。
「わかりましたよ! でも、どうなってもしりませんからね!」
「謝ってくれよ! 頼むから!」
栄一は返事をしない。隼人は彼の後ろ姿を見送り、腹立たしげにため息をついた後また秘書に指示を出し始めた。
◇
「うわぁああああああああああああああっ!」
栄一の悲鳴が聞こえたのはそれから5分後のことだった。最初にかけつけたのはアルバイト従業員の祐未だった。
「どうした!」
彼女の目の前に広がっていたのは、血まみれで床に倒れる黒髪の女と、血まみれの灰皿を持った男の姿。
肺に思いきり息を吸い込んだ彼女は、しかし叫ぶ事はせず、男に向って叫ぶ。
「そっ、そこ動くんじゃねぇ!」
扉の前に立ちふさがった祐未の背後に、関係者が駆けつける。
八幡隼人の秘書が祐未の背中越しに死体を見て悲鳴をあげた。
「きゃぁああああっ! はっ、隼人さん! 丹沢さんが! 丹沢さんが!」
すぐ近くに立っていた八幡隼人にすがりついた彼女は、真っ青な顔をした男に諫められた。
「おっ、落ち着くんだ湯山くん! 」
かけつけたモデルの1人が顔をしかめ顔を俯ける。何人か眉を顰めて秘書の湯山をみていた。
一向に動かない背後の連中をみて、祐未が叫ぶ。
「誰か! 警察呼んでくれ! 誰か!」
その後到着した警察に、梅林栄一は拘束された。ほぼ現行犯で発見され、灰皿には栄一の指紋しかついていなかったというのが主な理由だ。
その上、被害者の丹沢ユリはファッションショー中ルームサービスを頼んでおり、従業員の白井祐未が姿を目撃している。
ショーの関係者はホールの出入りが自由だったとはいえ、それほど長い時間席を外したものはいない。ショー前の犯行が不可能だとすれば、ショーの後に殺害するしかない。
その場にいたほぼ全員が、栄一の犯行だと確信していた。
「お、俺じゃない! 俺がいった時にはもう死んでたんだ! 灰皿に躓いて、拾っちゃったんだよ! 死んでるなんて思わないだろ! 普通!」
隆弘は栄一の叫びを聞いて盛大に眉を顰めた。テオは友人の表情を見てため息を吐く。
「……気に入らないんだな?」
「あたりめぇだ。栄一サンが人殺すわきゃねぇだろ」
ノハはなんでもないような顔で頷く。
「僕もあの人は犯人じゃないと思うな」
なにをほざく、と普通の人間なら思うだろう。しかし非日常に慣れ親しんだ花神楽高校関係者は――非常に残念ながら、こういった事態になれていた。
「せっかくだから、犯人捜ししよう」
なにがせっかくだから、なのか、どうして犯人捜しにつながるのかとか、そんな些細な事は、やはり非常に残念ながら、花神楽高校関係者の間では、些末事に過ぎなかった。