午後3時35分
午後3時35分
花神楽ロイヤルホテル
タワーウイング3階 廊下 喫煙所
ひっきりなしに話し掛けてくる関係者――大抵はテオが対応していた――に疲れた隆弘は、タバコを吸うために喫煙所へ来ていた。
ファッションショーの真っ最中ということで、喫煙所には誰もいない。つまり隆弘を未成年だと知って苦情を言う人間もいないということだ。
彼はポケットからフィリップモリス1本とジッポをとりだして、静かに煙をくゆらせる。
喫煙所の扉を誰かがあけた。
「隆弘クン!」
黒縁眼鏡をかけてクセのある黒髪をセミロングにした少女、白井祐未だ。室内だというのに黒いコートを着込んでいて、下は白いズボンだった。
隆弘はタバコの灰をすこし灰皿に落し、女に目をやった。
「祐未か。どうした、こんなとこで」
祐未は歯を見せて笑ったあと、トテトテと軽い足取りで隆弘に歩み寄る。それからすぐ近くのベンチに腰を下ろした。
「バイトだよバイト! 今は休憩中! なんか従業員人手たりねぇーみてぇでさ。前やったことあったし、声かけられたんだよ。隆弘クンはアレ? ファッションショーってやつ?」
「ああ。たぶんそれで従業員足りなかったんだろ」
「そっかぁ。マネキン片付けたのホテル側だったんだよ。ホール横の準備室に運ぶだけなのに、服もウィッグも高いから扱いに気をつけろって言われて大変だったんだぜ!」
隆弘が喉の奥でククッ、と笑って見せる。
「お疲れさん」
「ん」
祐未は少し笑ったが、まだ不満そうな顔をしていた。
「なんだ、なんかあったのかよ?」
隆弘が話を促すと、祐未はパッと隆弘を見て口を尖らせる。
「そーなんだよ! 聞いてよぉ、隆弘クン! ムカツク客がいてさぁ! ファッションショーのモデルらしいんだけど、ショー始まる直前に『部屋に灰皿がない』って! 電話口でブチブチ文句言ったあげく、灰皿持ってったらひったくられるし、その時も文句いわれるしさ! さっきもルームサービス持ってこいっていうから持ってったら、今度はなんにもいわねぇでひったくるんだぜ! 部屋からまともに顔もだしゃしねぇしさ! 仕事じゃなかったらぶっとばしてたよ!」
祐未は早口で一気にまくしたてた。随分とご立腹のようだ。隆弘は言葉の駆け引きやお世辞の応酬よりも、こういうストレートなやりとりのほうが気が楽だった。
もっともそれはテオも一緒だろう。だからテオはこの女に御執心なのだ。
隆弘はタバコを咥え直し、苦笑すると祐未の頭を軽く叩いた。
「そりゃ、難儀だったな」
髪をくしゃくしゃとかき回された祐未は最初こそ口を尖らせていたが、すぐに笑顔に戻って隆弘を見上げた。
「サンキュー、隆弘クン! じゃああたし、休憩終るからいくな!」
「おう。頑張れよ」
「隆弘クンもなー!」
パタパタと手を振って祐未が廊下の向うに消えていく。隆弘も少しタバコを味わってから吸い殻を灰皿に押し込め、ロイヤルホールへと戻っていた。
「よ う 隆 弘 ク ン お は や い お 戻 り で 」
ホールへ戻った隆弘は1人で――ノハはあいかわらず横でのんびり食事をしていた――関係者への対応をしていたテオに鬼の形相で睨まれたのだが、自分に非があることはよく解っていたので、おとなしく叱責を受け入れる事にしたのだった。




