午後3時30分
午後3時30分
花神楽ロイヤルホテル
タワーウイング3階 ロイヤルホール
リアトリスと瑠美がモデルの写真を忙しなくとっている中、直樹は彼女達の撮った写真を服飾部の人間に送っていた。服のデザインに関しては直樹たちより彼らのほうが詳しい。
実際、メールをして2分足らずでデザインの詳細について情報が入ってきていた。
彼の横を、グレーのスーツを着た男が通り過ぎる。胸ポケットには直樹達がもらったのとおなじ万年筆が入っていた。今回の主催者である、八幡ホールディングスの副社長、八幡隼人だ。
彼はまっすぐ隆弘たちの元に向かって行きなにやら話し掛けている。
「隆弘くん! 久しぶりだね。元気だったかい?」
「ああ。おかげさんで」
「お母さんがこれないのは残念だったけど、ゆっくりしていってくれ。ご両親にくれぐれもよろしく!」
「ああ」
「それにしてもずいぶん立派になったね。モデルでもハイファッションにいけるポテンシャルがあるよ。友人もみんなレベルが高い。どうかな? うちで男性モデルやってみない? バイト感覚でいいんだよ。いい事務所紹介するから」
「今日だけで10人くらいに言われたぜ。つったってるだけの仕事なんざゴメンだな」
「はは、相変わらずだね。気が変わったら教えてよ!」
「ねぇと思うがな」
相変わらずヒヤヒヤするような返答だ。テオが青白い顔をさらに青白くして様子をみている。それでも彼が出ていかないのは、隼人が隆弘や彼の両親と親しいからだ。隆弘が顔を覚えていて、ある程度会話できる人間ならば隆弘に任せたほうが良いと判断しているのだ。ずっとテオが対応していては隆弘の人間性のみならず能力さえも疑われる。隆弘がそういうテオの判断こみで、今後の自分のために喉から手が出るほど欲しがっていることも直樹はなんとなく悟っていた。
テオもなんとなく悟っているだろう。それでも知らないフリをしている。彼は、教師になるのが夢だから。リリアン・マクニールや、アレックス・ラドフォードのような。
西野隆弘が、喉から手が出るほど欲しい男が、彼が惚れた、やはり喉から手が出るほど欲しい女と同じ道に進みたがっているというのも皮肉な話だと、直樹は男の広い背中を見ながら考えた。
テオが隆弘に話し掛けている。
「おい、どこにいくんだ」
「タバコ」
テオが苦言を呈したそうに口を開いたが、結局止めていた。どうにもマクニールの姓をもつ人間は西野隆弘に振り回されるらしい。哀れにも、隼人の標的はテオに向いたようだった。
「君もずいぶん整ってるよねぇ! ちょっと身長が不安だけど、充分モデルで通用するよ。ちょっとでいいからやってみない?」
「いえ、折角ですが……」
「えー、もったいないよ!」
テオの表情が、隆弘に振り回された後の自校校長にあまりにも似ていたため、直樹は思わず声を押し殺して笑ってしまった。