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午後3時00分

午後3時00分

 花神楽ロイヤルホテル

 タワーウイング3階 ロイヤルホール

 

 それからしばらくしてマネキンが片付けられ、ファッションショーが始まった。暗くなったホールの中央、入れ替わり立ち替わり歩いているファッションモデルにスポットライトが当たる。

 自身もファッションモデルであるリックス・ウェグレ-は目を輝かせてその様子をみていた。

 

「すごいわ……!さすが一流ブランドのファッションショー!いつか歩いてみたいわ……」


 彼女は肩が大きく開いたアイスブルーのカクテルドレスを着ていた。胸元にビジューがあしらわれ、膝上5cm程度のスカートはフワリとやわらかく広がっている。ラメがスポットライトを淡く反射していた。胸元と耳には同じ石を使用したイヤリングとチョーカーがついていた。

 彼女の横にはアイスブルーのYシャツに白いスーツを着た男が立っている。ほどよく筋肉がついていて背も高く、顔立ちも整っていた。モデルと言われれば納得しそうではあるが、年齢が少しいきすぎている。元カリスマモデルのロス・アリーラインだ。

 

「おー……これが最新ファッションか。参考になるね」


 彼は胸を張って歩いてくるモデルの様子を観察した後、横で目を輝かせているリックスに向ってゆるやかにほほえみかけた。

 

「あの舞台に、うちの子を是非立たせてあげたいね。リックス、必ず叶えよう」


「はい、社長!」


 なんだかスポットライトの漏れ光よりも夕陽のほうが似合いそうな会話である。

 彼らがスポ根よろしく硬い決意を固めている横では、黒髪の女がせっせと食事を口に運んでいた。こちらはリックスやロスと違ってファッションショーに興味はないようだ。彼女の横では赤い髪の男がやはりせっせと食事を口に運んでいた。アクアブルーのシャツにネイビーの上着を羽織ったロッソ=フォラータだ。先程までは何故自分がこの場にいるのかわからない様子だったが、今では考える事をやめて食べることに専念している。

 彼の横にいるのは図書副委員長のヴィオーラ=アメティースタ。ウルトラマリンのトップスは背中でリボンを結ぶ形になっていて細いウエストが強調されている。背中がむき出しになって肩胛骨が外気に晒されていた。同じ色のタイトスカートはサイドに華やかな縮緬生地がつかわれていて、強いアクセントになっていた。いわゆるゴスロリパンクと言った種類の服装だ。ロッソとは違い一心にファッションショーを見ており、時たま思い出した様に食事を口に運んでいる。

 

 忙しく口を動かすロッソがふと首を傾げる。

 

「えーっと…とりあえず何で俺此処に居るんだっけ……?」


 同じく口を動かすサイサリスがチラリと視線だけでロッソを見た。

 

「……『ヴィオーラにつれてこられた』と、さっきいってました」


「ああ、そうだそうだ。服に興味あるらしくてさ。買う服もいつも高いんだから」


 言いながらロッソはローストビーフを皿に盛る。

 横でヴィオーラがショーを見つめながら不満そうに顔を歪めた。

 

「……別にファッションショーに興味ある訳じゃないですけどね。暇だからちょっと寄ってみただけです」


「ほうふぁほ?」


「食べながらしゃべらないでください」


「ふぁい」


 ヴィオーラに注意を受けてロッソがまたもくもくと食べ始める。

 ヴィオーラの横には奈月が一心にファッションショーを見つめていた。ヴィオーラと違って思い出した様になにかを口に運ぶということもない。

 こちらも胸元と袖がレース生地でできた黒いトップスと、サイドのふとももあたりまでフリルのついた白いレザーのズボンという、所謂ゴスロリ服を身に着けていた。白いクラシカルコートはボタンに西洋の紋章のような意匠がこらしてあり、頭につけた黒いレースもあわせてイギリスのホラー映画にでも出てきそうだ。線が細く顔色が悪いため余計そう思えるのかも知れない。

 ロッソとヴィオーラ、奈月とサイサリスは隆弘の招待でここに来たのだが、彼とはすこし距離をおいたテーブルに集まっていた。

 というのも、隆弘の元には先程からひっきりなしに関係者がきているせいだ。西野コーポレーションの御曹司としてここにきた彼は、当然彼の両親の代理を務める必要がある。

 いつもは不良然とした彼が御曹司らしくニコニコ笑って対応しているかというと――残念ながら、そうではなかった。

 

「公式の場ではあまり見ないから、こうして会えるのは嬉しいよ!」


「そりゃどうも」


 ジーンズのポケットに手をつっこんだまま隆弘が無愛想に言い放つ。

 相手の男は口元をすこしだけ歪めて眉を跳ね上げたが、それを誤魔化すように早口でまくしたてた。


「それにしてもお父さんとお母さんににて、とても見目麗しい! 友だちと一緒にモデルの仕事でもしたらどうだい?」


 彼の言葉に返事をしたのは、隆弘の横にいたテオだった。

 

「ありがとうございます。名高い薄木事務所の社長に声をかけて頂けるなんて身に余る光栄です。先月の東京コレクション、大成功でしたね」


「あ、ああ……知ってるのかい?」


「テレビで見ただけで申し訳ありませんが……東京コレクションはティーン向けの印象が強かったので、去年の有名海外ブランドとのコラボは印象に残っていますよ。エルメスとのコラボレーションデザインが特に印象的でした」


「そうなんだよ! 私もあのデザインを一番推していてね! マスコミはプラダのものをメインに取り上げていたが、あの時一番挑戦的なデザインをしたのはエルメスなんだよ!」


「私もそう思います」


「いやあ話が解る! 高校生でここまでとは! 西野さんも良い友人をお持ちだ!」


「恐れ入ります。まだまだ修業中の若輩者ですよ」


 隆弘は相変わらずズボンのポケットに手をつっこみ、ノハはジュースを片手に伊勢エビ料理を食べていた。さきほどからずっとこの調子で、隆弘が無愛想なのをフォローする形でテオがずっと笑顔を浮かべている。

 

「東誠グループの越村社長ですね。お会いできて光栄です。服飾関係にも出資されるのですか?」


「ああ。その時は西野くんにご助言をと思ってね。君は、隆弘クンの友人かな?」


「学校でお世話になってるんです。見ての通り、私はどうにも貧弱ですから、隆弘クンにはよく助けられます」


「そうか! 私も昔、そんな友人がいてね……懐かしいな。たまに飲みにいくんだよ。今度誘ってみるかな」


「友人も喜ばれると思いますよ」


「礼儀のしっかりした子だ。私の孫も高校生なんだが、なかなか君のようにはいかなくてねぇ……」


「おじいさんの前では甘えてしまうんですよ」


「そういうものかね」


「ええ。私も家族にはよく怒られていますから」


「君みたいな子がかい? 想像できないねぇ」


 別に来賓客全員の顔とパーソナルデータを一致させているわけではないだろうが、重要な人間のデータは詳細まで覚えてきたらしい。将来は教師になるつもりらしいが、無理やり政経にひっぱってきて時が来たら自分の秘書でもやらせようかと、隆弘は本気で考えた。

 教師などという一介の公務員で終らせるにはあまりにも惜しい才能だ。外面もいいし、話術もある。話術を活かす知性すら備わっている。大半は母親のジュリアン・マクニールに教え込まれた負の遺産であろうが、だからといって腐らせておく道理などない。 東誠グループの社長が気分良くテオとの会話を終えた折、小綺麗な優男が笑顔で隆弘たちに近寄ってきた。

 白いスーツに身を包んだ美丈夫、ロス・アリーラインだ。

 

「やあ。文化祭の時以来かな?」


 多少言葉を交わしたことのある――しかし決して良い印象は持っていない――人間の登場に、隆弘は知らず眉をひそめていた。


「……アンタか。なんのようだ?」


「いやなに。挨拶をと思ってね。お父さんにもよろしく」


「文化祭の時にも言ったぜ」


 テオは一瞬、自分が出ていくべきか迷ったようだった。しかしロスがなんの問題もなく隆弘と会話しているのを見て、隆弘も無愛想ながら受け答えしているのを確認し、出るのをやめたようだ。代わりにさきほどまで喋りっぱなしだった喉を急いで潤している。

 

「それにしても、花神楽高校は生徒のレベルが随分高いね。前にも思ったんだが、隆弘くんは身長もあるし体格も良い。モデルなんかやったら随分いいところまで行くと思うよ」


「確かに俺様はなんでも器用にこなす天才だが、つったってるだけなんてのは性にあわねぇ。お断りだな」


 ロスは隆弘の無愛想さに、オーバーなくらい肩を竦めた。

 

「まいったな。君もか。実はさっきのテーブルの子達にも声をかけたんだが、みんなモデルには興味がないらしくてね。ファッションに興味のありそうな子もいたんだが」


「そりゃ残念だったな」


「そっちの銀髪の子はどうだい? テオといったかな?」


 ノハに頼んで2杯目の飲み物を貰っていたテオが、途端先程の営業スマイルを浮かべてロスを見た。

 

「とんでもない。私の体力では3日ももちませんよ。お声をかえていただけたのは非常に光栄ですが、私にはもったいないお話です、ロス社長」


 ロスは少し目を見開く。

 

「驚いた。私の名前を知っていたのかい?」


「友人が所属している事務所の社長ですし、元カリスマモデルですから。それに文化祭でお見かけして、随分綺麗な男性だなと思って、印象に残っていたんです」


 喉から手が出るほど欲しい。と、隆弘は切実に思った。完璧な話術、完璧な記憶力。顔をみただけの人間の詳細を覚え、会話に混ぜ込む術。自分が面倒だと思う事、自分が上手くできない事を、テオは息を吸うようにやってのける。これさえ手許にあれば隆弘はなにも心配することがないのだ。

 ロスは感嘆のため息をつき、次いでノハを見た。

 

「その君はどうだい? ノハくんだったかな」


 ロスの言葉に、テオと隆弘が同時に手を広げ、ノハを一歩下がらせていた。

 

「「それはやめておいたほうがいい(と思います)」」

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