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午後2時35分

 日曜日

 午後2時35分

 花神楽ロイヤルホテル

 タワーウイング3階 ロイヤルホール

 

 西野隆弘は学校の関係者を数人ひきつれてロイヤルホールを訪れた。気楽な格好で良いと言われたためデフォルメされた犬のプリントTシャツに肉球ボタンのジーンズといった出で立ちだ。ファッションショーにそれではあんまりだとテオが泣いて止めたけれど無視した。当然、ホールに入った瞬間関係者がなにごとかという目で見てくる。

 赤いYシャツに黒いジャケットとネクタイを纏ったテオが疲れた様子で呟いた。

 

「……お前は、すこしファッションセンスを勉強したらどうだ」


「天才のセンスが雑魚に理解されないのはどの時代でも一緒だぜ」


「お前の服装チョイスはセンスじゃなくてただの趣味だろうが。センスで選べ、センスで」


 隆弘に負けず劣らずセンスの欠如した、デパートで5着たたき売りのパーカーを着たノハが首を傾げる。

 

「ところで隆弘、スタッフの人忙しそうにしてるけど、いいの?」


「ああ? ショーまではまだ時間があるんだ。忙しいのはスタッフだけだぜ」


「うん。隆弘も衣装合わせとかあるんじゃないの?」


 今までステージを眺めていた隆弘がノハを見る。

 

「……なんでそんな話になる?」


 ノハは首を傾げてますます不思議そうな顔をした。


「え、隆弘がファッションショーするってきいていたんだけど? 隆弘サイズの女物が足りないっていってたよ」


「……ちなみに、誰に聞いた?」


「リアだけど」


 隆弘が奥歯を噛み締めた。


「あンのクソアマァ!」


 遠くでデジカメを構えたリアトリスがケタケタと笑う。隆弘がズカズカと大股で女に歩み寄るのをテオが止めた。

 

「やめろ隆弘!」


 当然テオの力で隆弘がとまるはずもない。しばらくズルズルと引きずられるハメになるのだが、冷静になる効力はあったようだ。唇をとがらせた隆弘がしぶしぶ歩みを止めた。

 ノハはその様子をのんびりと眺めている。

 

「それで、隆弘はいかなくていいの?」


「いかねぇよっ! だれが女物なんか着るか!」


「校長は喜びそうだね」


「なにをバカな……」


 隆弘が眉を顰め、考え込むように俯いた。


「それもそうだな……」


 テオが悲鳴をあげる。


「やめろ隆弘!」


 男3人が騒いでいる傍ら、ステージでもヒステリックな女の怒鳴り声が響いていた。

 

「冗談じゃないわよ! そんな量産品だれが着るもんですか!」


 会場の何人かが声に気づいてそちらを見る。背が高く、スラリとした女が腰に手をあてている。おそらくモデルだろう。横には紫のメッシュを入れた30代くらいの男が立っていた。こちらもずいぶん怒っているようだ。

 

「バカいうな! 今回のショーの意味解ってるのか!? 新デザインの発表なんだ! 『ハニーガール』はファストファッションなんだよ! ハイファッションじゃないんだ! 勘違いするな!」


「私がマスコミになんて呼ばれてるか知ってる!? カリスマモデルよ! カリスマモデル! 私のために作った服もってきなさいよ!」


「思い上がるなバカ女! ギャンブルの借金返したかったら働け!」


「なんですって!? 口の利き方に気をつけなさいよ!」


 女が床を蹴って会場を出て行く。途中で隆弘たちとすれ違ったが彼女は見向きもしなかった。

 ノハが口を開く。

 

「……隆弘がモデルやらないなら、テオならできるんじゃない?」


 テオは女の背中を見送り、眉を顰めた。


「なんでそんな話になる」


「さっきの女の人、テオと同じくらいの背だったし、手足の細さも同じくらいだったよ」


「ヒョロくて悪かったな。だれが痩せすぎモデルだ」


 ノハが不思議そうに首を傾げる。隆弘は呆れたようにため息をついた。


「だれもそんなこといってねぇだろ。だいたい、BMIが18以下の人間はモデルになれねぇぞ」


「そうなの?」


「バァカ弘、そりゃイタリアの話だ! あと遠回しに俺のBMIが18以下とか言うな。誰がアンガールズのキモい方だ」


「むしろキモくねぇほうがどっちなのか教えろよ」


 紫のメッシュが入った男が苛立たしげに女の立ち去ったドアを睨みつけている。彼の横に、今度は長身の男が小走りで駆け寄ってきた。30代後半くらいの小綺麗な男だ。グレーにストライプの入ったスーツを完璧に着こなしている。

 

「なんの騒ぎだ! 丹沢が顔を真っ赤にして出ていったぞ!」


 紫メッシュが不満げに口を尖らせた。


「ボイコットですよ」


「彼女は今回の目玉だぞ!?」


「そんなこと言われても。ハイファッションじゃなきゃやる気がでないらしい。自分用の服を用意しろなんて言われても、こっちはそんなつもりないんですよ」


「そこを上手く使って貰わなきゃ困るんだよ! 私が説得してくるから、丹沢が着る服を少しアレンジしておいてくれ! それでなんとかするしかないだろう!」


「今からですか!? 冗談じゃない! 他にもやらなきゃいけないことがたくさんあるんですよ!」


「丹沢がいなきゃショーにならないだろう!」


 背の高い男が足早に会場を去る。紫メッシュはひどく不満そうな顔をしていた。会場を出て行った男を見て、テオが呟く。

 

「……俺にできるならあの男にもショーモデルがつとまると思わないか?」


「身長同じくらいだから? でも手足はあの人のほうがしっかりしてるよ」


「だから誰がアンガールズのキモい方だ」


 隆弘は馬鹿な会話を続ける友人2人を見てため息をつく。

 

「残念だがあいつは元メイクアップアーティストだ。モデルじゃないぜ」


 テオが隆弘の後をおう。

 

「八幡ホールディングスの副社長ってそうだったけか?」


「ああ。まあ、10年も前の話だし、日本でしか活動してなかったからな。お前は知らなくてもしょうがねぇさ」


 ノハも彼らの後を追う。

 

「八幡ホールディングスってなに? あのひと副社長なの?」


「今回の主催者だよ。お前はまずそこからか」


 隆弘が肩をすくめてみせてから、不満げな顔の紫メッシュに近寄っていく。イライラした様子で周囲に指示を出している男に対し、隆弘は気軽にポン、と肩を叩いた。


「よう、栄一さん。苦労してるみてぇじゃねぇか」


「あぁ?」


 不機嫌そうな顔で振り向いた紫メッシュ――栄一の表情が、パッと明るくなった。

 

「隆弘くん! そうか。今回君がくるって言ってたな!」


「ああ。お袋はあいにく実家帰りでね」


「ヒメガミの時に来てくれればいいよ! その時は是非お父さんと君も来て欲しいな!」


「ああ、親父は行くつもりらしいぜ。俺はできれば今回かぎりにしたいね」


「そんなこと言わないでよ! ところで横の2人は友だち?」


「ああ。パーカーのほうがノハで白いのがテオだ」


 テオとノハが軽く頭を下げる。栄一は先程の不機嫌さが嘘のようにニコニコと笑って2人に握手を求めてきた。

 

「はじめまして! 今回の主任デザイナーの梅林栄一です! 女性向けのデザインしかないけど、ゆっくり見て行ってよ! ファッションに興味があるようだったらいつでも言ってね! 君らならモデルでも充分通じそうだ! 隆弘くんと3人で今度出てみない?」


 隆弘が苦笑して手のひらをパタパタと振った。

 

「おいおい栄一さん、面倒な話はナシだぜ」


「ああ、ごめんね! じゃあお母さんによろしく!」


「ああ。お袋もアンタの晴れ舞台が見られないって残念がってたからな。よく言っとくよ」


「ありがとう! じゃあ、俺はまだ仕事があるから!」


「忙しいところに邪魔して悪かったな」


「いや、来てくれてありがとう! いい気分転換になったよ!」


 それから栄一は他のモデルたちやスタッフに指示を出しに行った。

 隆弘たちの耳にも

 

「またユリがなにかやったんですかぁ?」


「だからあの子と仕事するの嫌だったのよ」


「またあの女の穴埋めか」


「いい加減にして欲しいよ」


 という言葉が聞こえてくる。

 テオが肩を竦めた。

 

「あの丹沢ユリってのは随分評判が悪いみたいだな」


 ノハは周囲の様子をくるくると見回しながら

 

「漫画とかだったら殺されそうだよね」


 などと物騒な言葉を吐き出す。隆弘は喉の奥でククッ、と笑った。

 

「違ぇねぇや」


 ホールに関係者がぞくぞくと集まってきている。服飾関係者ばかりなこともあって、皆服装には気を使っているようだ。その中で華やかな雰囲気とは異質の、黒いスーツに身を包んだ黒髪の女が、気配もなくフワリと扉の間をすり抜けてくる。

 

「りっしょくぱーてぃー……は、ここでいいんですか?」


 花神楽高校三年生のサイサリスだ。隆弘が片手をあげて合図をする。


「ああ。ここだぜ。まだ飯はそろってねぇがな」


「そうですか。いまからとてもたのしみです。受付でペンももらいましたし」


 彼女の胸ポケットには黒に金の縁取りと名入れがされた万年筆が入っていた。美しいオールドイングリッシュフォントでサイサリスの名前が入っており、横には蝶がデザインされている。

 テオもポケットから万年筆を取り出した。同じデザインでテオの名前と蝶がデザインされている。

 

「全員に配ってるらしいな。金のかかることだ」


 隆弘は肩を竦めた。


「俺はもうちょっと派手なもんが来るのかとおもってたぜ。金遣いあらいので有名だからな。あの副社長」


「クソボンボンは言う事がいちいち嫌味でござる」


 ノハとサイサリスが不思議そうに首を傾げている。テオと隆弘は彼らに説明することを放棄した。

 噂をすればなんとやらで、副社長が小走りでホールに入ってきて栄一に向かって行く。それから

 

「だめだ、丹沢の機嫌がなおらない」


 という、疲れ切った言葉が聞こえてきた。

 栄一は笑顔を一変させ、不満そうに顔をしかめる。

 

「ほっとけばいいんですよ、あんな高飛車女」


「そういうわけにはいかないだろう! とにかく今回のショーはてこでも出る気がないらしい。梅林、ショーが終ったら丹沢に謝ってくれ」


「冗談でしょう! なんで俺が!」


「いいから! しょうがないだろう!」


 遠くで話を聞いていた隆弘が肩を竦めた。

 

「栄一サンも気苦労が絶えねぇな」

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