冥界パレード
「猫……」
隣で彼女がふと呟いた。見れば、私たちが歩くよりも少し先で三年生らしい人たちが、なぜか道路の反対側へと突然渡って行った。どうしたのかと思って見てみると、三年生が退いたところに猫が横たわっていた。なるほど、彼女の呟きの意味が分かった。
少しずつその猫に近付くに連れて、先を歩く三年生たちの行動の意味も分かってきた。
その猫は、口から血を流し、腹は裂けて内蔵がお目見えしていた。そりゃ逃げたくもなるわけだ。
隣を歩くエリは、怖がるどころかその猫の死骸を直視していた。
「可哀相……」
そうだね、と私は答えた。そしてエリは何も言わずにまた学校へと歩き始めた。
猫って生きているときは可愛いけれど、死んでいるとどうも不吉な連想をさせる、不思議な生き物だなと私は思った。もちろん、どんな生き物でも死んでいればいい感じはしないけれど、どうして猫なのだろうか。
そして、私がそのとき感じた不吉な感じはどうやら当たっていたようだ。
猫の死骸を見かけた日の二日後だった。
いつものように二人で登校していたのだけど、彼女の後ろを歩く私はエリがしょっちゅう後ろを気にしていることに気付いた。何度も後ろを振り返り、そのたびに顔をしかめているようだ。
何事かと思い、私も後ろを振り返った。しかし意外にもそこにいたのは猫だったのだ。猫はただ私たちの後ろをついてきていた。なんだ、可愛いじゃないかと微笑んでエリの顔をみるが、やはりなんだか嫌そうな顔をしている。
エリは猫嫌いだっただろうか。
授業中も、エリは周囲を気にしていた。学校の中に猫が入ってきたらさすがに誰でも気付くだろうし、もしエリが猫嫌いだったとしても心配いらないのに。
窓際の席に座って私がそんなことを考えていると、こちらを向いたエリが驚いたような顔をした。私は微笑んでいたが、そのエリの様子に疑問を抱き、開きっぱなしにされている窓を見た。何もいない。けれどそこには確かに、猫の足跡があった。
帰り道、エリは途中で花屋さんによって花束を買った。何のためのものなのか分からなかったが、とりあえず帰路とは違う方向へ向かう彼女についていくことにした。
どこへ行くの、と私が問いかけても彼女は答えずに進み続けた。私はその後ろをついて行った。
もやもやと蜃気楼が見える。
やはりエリは後ろを気にして、そのたびに私が振り返るとそこには猫がいた。
やがて進むに連れて、その道が私の記憶にある道だと分かった。
細く長い道。両脇にはブロック塀。そしてその狭い路地を抜けると、広い道路があり車が忙しく行き来している。エリはその道路に沿って歩き始めた。
なぜか私は、いつのまにかエリの前を率先して歩き始めていた。
知ってる。この道。
どうして?
エリは、怯えたような表情で花束を抱き締めながら歩いていた。
大きな交差点に出た。やはりそこは私の知っている場所。
夏の夕陽がじりじりと照らし、アスファルトに長い影を一つ映した。
一つ?
なぜ?
この場所を知ってる。覚えてる。
なぜ?
交差点の横断歩道の傍の電柱のところに、花束とお菓子が添えられていた。まだ火がつけられたばかりの線香も立っている。
誰かがここで死んだのだ。…………誰が?
エリは目に涙を溜めて、買ってきた花束をそこにおいた。
「ごめん、ごめん……」
まるで許しを乞うように彼女は手を合わせ、そう呟いた。そしてそのとき私は――
道路の真ん中に立っていた。
車が激しく往来している。
でも轢かれない。そう、もう二度と轢かれない。
死んだのは、私だ。
「にゃー」
あの猫が鳴いた。エリが肩を震わせて、猫のいる背後を振り返る。
よく見てみると、その猫は腸が飛び出ているし、口から血を流している。お世辞にも可愛いとは言い難い容姿だった。
そうか、キミもだったんだ。
そう遅まきに思った。
思い出したのだ。一週間前、私はこの場所で車に轢かれて死んだ。
私の不注意じゃない。そのとき私の背後にはエリがいた。エリが、私の背中を押した。もちろん不意をつかれた私は道路に飛び出し、走ってきた2トントラックに轢かれて死んだ。
エリが私の背中を押したのは偶然なんかじゃなくて、意図的だった。だけどそれを見ている人は誰もいなくて、私は自分の不注意で死んだことになった。私はエリを恨んだ。
自分の今の体をよく見てみると、猫と大して変わらない恰好だった。腹は裂けているし、頭は割れているみたい。左腕は肘から先がなくなり、両足は潰れていた。
エリを恨んだ結果、私はエリの後ろをついて行くはめになったらしい。そしてエリはそのことに気付いていたのだろう。
猫がついてきたのは、エリが猫を可哀相だと言ったからだ。猫の死骸を見て可哀相と思ってはいけないという話を、私は知っていた。
ああ、つまりエリは私と猫という幽霊のパレードの先頭を歩いていたのだ。
夏ホラー企画です。 参加するのは二度目となります。 去年の企画がこのように続いていることを嬉しく思います。 そしてそんな素敵な企画に参加させて頂き、ありがとうございました。 それでは、恐怖の後夜祭でもお楽しみ下さい。