侑花とリシアと大雪
この冬一番の冷え込み。この冬一番の強風。
今や侑花の街は、猛吹雪に覆われていた。
「異常気象とか言うけどさ」
窓辺に頬杖を突き、うんざりした顔をした侑花が言った。
「何もこんなに降る事はないんじゃないかと思うのよ」
まぁ……自然がやる事だからねー。
「なーにを他人事みたいに」
自然はあたしじゃないし。
「まぁねぇ」
ふぅとため息をつく侑花。その傍らには、すっかり環境に適応した『蟹』がわさわさ動いていた。雪を見て驚いているのかも知れない。
「問題になるのはこの後よ」
ほえ?
「見た目で、もう十センチは積もってる」
……そだねぇ。
「しかも止む気配すらない」
窓越しに見る空はほぼ真っ白だ。ちらちら見える雲は分厚そうで、しばらくは雪を降らすことを止めそうになかった。
「これ以上積もったら、雪かきしないといけない」
なぜにですか?
「なぜにって……歩きにくいし、長靴履いて学校に行くハメになる」
そんなの、市で対策するものなのでは?
「……妙な所だけ日本人化してるわね……。でもそれは、大通りとかの主要な道路に限られるわね」
なんですかな?
「ここは本来雪国じゃないから、そんな予算ないと思う。除雪設備だってあるかどうか」
融雪剤蒔けば良いのでは?
「あのねー」
侑花はこめかみの辺りを押さえた。
「これから四十センチも五十センチも積もろうとしている雪に、融雪剤がどんだけ効果があるってのよ。ちょっとは溶けるかも知れないけど、その解けた後、凍って滑って転ぶんだわ。考えるだけで痛そう……」
それは……痛いと思うね。
「外歩く時だけ、体貸そうか?」
それは……遠慮するのだよ。
「あーあ。雪かき。面倒だなぁ」
お父さんがやってくれるのでは?
「いーや。絶対やらない。お父さんは肉体労働はしないって日頃から公言してはばからない」
一家の主としてどうかと思う。
「その分お母さんがパワフルだから、その分を補って余りある」
この家の除雪設備は?
「ぐ……竹箒と園芸用スコップくらい……」
侑花?
「何?」
侑花は雪を甘く見すぎなのだよ。あれがどんなに恐ろしいモノか、知らないでしょ?
「は?」
かつて、何人の魔女が雪の犠牲になったか……。アレはあたし達の敵でもあるのだよ。
「何言ってんの?」
侑花は首を傾げた。納得出来ない。そんな表情だった。
「雪は水が凍り付いた結晶だよ?」
そだね。
「そう、例えるなら、しんしんと降り積もる清き心……ってそんな感傷に浸ってる場合じゃなくて」
そだね。
「何が犠牲になったって?」
魔女が。
「何の?」
雪の。
侑花は再び首を傾げた。
「雪下ろしして、埋まったとかじゃなくて?」
侑花は、雪蟲の怖さを知らない。
「む、虫?」
そう。
「雪……虫?」
侑花は窓の下枠に積もった雪を、しげしげと眺めた。どう見ても虫には見えなかった。
「コレが襲いかかってくるの?」
ある程度まで成長した雪蟲は、魔力を求めて力ある者に襲いかかり、そして……
「いやいやいや。コレがそんな動きするわけがないでしょ?」
雪だるま。
「は?」
侑花が小さい時、ちょっとしか積もっていない雪で、掌サイズの雪だるまを作ったことがあったね。
「ああ……そんな事もあったような……」
あたしは、内心ビクビクしていたのだよ。いつ襲いかかって来るとも知れない雪だるま。それを侑花は手に持ってぶん回して、壁にぶつけて破砕した。あれはあたしも吃驚だったよ。
「いや、そんな大げさな」
以来、雪なんて全然降らなかったから、あたしも安心していたのに。今日の雪は、そうはいかないみたいだよ。
「な、ちょっと脅かさないでよ」
雪が止んだ時、全てが分かる。本当の雪の怖さも。いくら侑花のお母さんがパワフルでも、園芸用スコップじゃ太刀打ち出来ない。
「いや、武器ならスコップじゃなくても木刀とか金属バットとかあるし」
ルールがあるのだよ。
「ルール?」
雪を退かせるには、雪をかく道具でなければならない。この家にある唯一の武器は園芸用スコップだけ。
「竹箒は?」
それでもオーケー。
「あんたの魔法の箒は?」
うーん……多分断られる。
「は?」
肉体労働を嫌うのだよ、あたしの箒は。
侑花の中で、魔女のイメージがどんどん崩れていく気がした。
「……とにかく、雪が止んだら大変な事になるのね?」
そう。
「一応、お母さんに言っておこうかな」
大丈夫。お母さんは襲われない。襲われるのは侑花だけ。
「は? 何で私だけ?」
あたしがいるでしょう?
「……あー、そう言う事」
なので、今のうちに装備を整えるのだよ。
「装備って言っても……」
部屋を見回すと、雪にまつわるようなモノはなかった。その中で蟹だけが元気に走り回っていた。
「リシアの魔法で吹き飛ばしちゃえば?」
それが出来れば、魔女が犠牲になることはなかったのだよ……。
「どうすれば良いわけ?」
完膚なきまで雪蟲を叩きつぶす。
「スコップで?」
そう。
侑花はじっと手を見た。か細い、普通の女子高生の腕だった。
「冗談でしょ」
あたしが今まで冗談とか嘘を言ったことがあった?
「山ほど」
……。
「ついでに言えば、私が隠しておいた某有名店のロールケーキ、食べたでしょ?」
は、はて? 何の事やら?
「惚ける気ね? それなら、リシアの某ロボットアニメの秘蔵コレクション、園芸用スコップで叩きつぶしても良いのよ?」
うう……。そ、それだけはー。何でもするからー。
リシアは侑花の中で、侑花に泣きついた。
雪の事はどこへやら。自分の秘蔵コレクションを守ることで精一杯なリシアだった。