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言の葉考  作者: 想 詩拓
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2012年02月21日 保安と更正を天秤に掛けて

 更正の余地があるかどうか、それが死刑判決の一番目立つラインの一つであることは確かだ。何を指しているかはお分かりであろう、光市母子殺害事件の結末である。死刑が確定したことで被告の更正の機会が失われたと見られ、今まで「元少年」で通していたメディアも氏名明記で報道を始めた。


 筆者は死刑賛成論者である。刑罰というものは本人を罰する意味だけではない、犯罪に走りかけている人物を戒めることにもなるからだ。人を殺しても十年や二十年で出てきてしまえるようでは「ムショに入る覚悟さえあれば殺人はできる」と思われかねない。

 また「人を殺せる人物」を世の中に放っておく、という行為がどれだけ危険であるかは論じるまでもないだろう。安全を保つと書いて保安という。保安上、刑罰の厳化は非常に有効である。


 だが更正の余地という判断基準も分からなくもない。人間は誤るものである。罪を犯した者もやり直せるなら真人間になりたいと思う者はいるだろう。本当の意味で深く悔いた人間は、世に埋もれさせるには惜しい。

 それは分るが、どうしても筆者には現在の日本の刑法は更正と保安で比較すると、更正を重要視しすぎているのではないかと思ってしまうのである。

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