読切短編 また明日
病室のテレビは、今日も配信アイドルの「るなちゃん」を映していた。
祖母は末期の肺がんだった。
医者から「もう長くありません」と告げられてからも、毎日欠かさず配信を見て、歌に合わせて小さく手を叩いている。
「また見てるの?」私が呆れたように言うと、祖母は子どものように笑った。
「今日は新しい歌なの」
その笑顔を見るたび、胸の奥が少しだけ痛んだ。
私が来ても、祖母の視線は画面の中の少女に向いたままだった。
(私より、その子の方が大事なんだ。)
そんな考えが浮かぶたび、自分でも嫌になる。
昔の祖母は違った。
運動会では誰より大きな声で応援してくれた。
誕生日には手作りのケーキを焼いてくれた。
でも、その写真に写っているのは、いつも私と姉の二人だった。
姉が事故で亡くなってから、祖母は少しずつ笑わなくなった。
病気になってからはなおさらだった。
だから、るなちゃんを見て笑う祖母を見ると、安心する気持ちと、置いていかれたような寂しさが入り混じった。
祖母はスマホで配信を開き、慣れた指つきでコメントを書き込む。
「今日も来てくれてありがとう」
アイドルへの応援にしては、どこか不思議な言葉だった。
「おばあちゃん、ファン歴長いんですか?」
巡回に来た看護師さんが笑って聞く。
祖母は少しだけ黙ってから、
「うん。ずっと推してる」と答えた。
その沈黙が、なぜだか胸に引っかかった。
最期の夜。
祖母はもう目を開けるのも苦しそうだった。
それでも配信だけは流してほしいと言った。
画面の中で、るなちゃんが笑顔で手を振る。
祖母は震える手をゆっくり持ち上げた。
「……また明日も、来てくれる?」
私は祖母の手を握る。
「うん。来るよ」
そう答えたのに、祖母は私を見ていなかった。
画面の中を見つめたまま、小さくつぶやく。
「ゆづき……」
その名前に、息が止まった。
五年前、事故で亡くなった姉。
るなちゃんは姉と同じ年頃で、肩まで伸びた髪も、笑うと少し目尻が下がる癖も、驚くほどよく似ていた。
祖母はずっと、画面の向こうの少女に姉の面影を重ねていたのだ。
応援していたのは、人気アイドルじゃない。
もう二度と会えない、大切な孫だった。
祖母は画面へ向かって小さく手を振る。
その手は、途中で静かに止まった。
病室には配信のエンディングだけが流れている。
私はリモコンを手に取った。
けれど、電源を切ることはできなかった。
画面の中で、るなちゃんは変わらない笑顔で、
「また明日ね」と手を振り続けていた。
私はその言葉を聞きながら、祖母の手をそっと握り返した。




