↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

読切短編 また明日

作者: 黛 文彦
掲載日:2026/08/07

 病室のテレビは、今日も配信アイドルの「るなちゃん」を映していた。


 祖母は末期の肺がんだった。


 医者から「もう長くありません」と告げられてからも、毎日欠かさず配信を見て、歌に合わせて小さく手を叩いている。


「また見てるの?」私が呆れたように言うと、祖母は子どものように笑った。


「今日は新しい歌なの」


 その笑顔を見るたび、胸の奥が少しだけ痛んだ。


 私が来ても、祖母の視線は画面の中の少女に向いたままだった。


(私より、その子の方が大事なんだ。)


 そんな考えが浮かぶたび、自分でも嫌になる。


 昔の祖母は違った。


 運動会では誰より大きな声で応援してくれた。


 誕生日には手作りのケーキを焼いてくれた。


 でも、その写真に写っているのは、いつも私と姉の二人だった。


 姉が事故で亡くなってから、祖母は少しずつ笑わなくなった。


 病気になってからはなおさらだった。


 だから、るなちゃんを見て笑う祖母を見ると、安心する気持ちと、置いていかれたような寂しさが入り混じった。


 祖母はスマホで配信を開き、慣れた指つきでコメントを書き込む。


「今日も来てくれてありがとう」


 アイドルへの応援にしては、どこか不思議な言葉だった。


「おばあちゃん、ファン歴長いんですか?」


 巡回に来た看護師さんが笑って聞く。


 祖母は少しだけ黙ってから、


「うん。ずっと推してる」と答えた。


 その沈黙が、なぜだか胸に引っかかった。


 最期の夜。


 祖母はもう目を開けるのも苦しそうだった。


 それでも配信だけは流してほしいと言った。


 画面の中で、るなちゃんが笑顔で手を振る。


 祖母は震える手をゆっくり持ち上げた。


「……また明日も、来てくれる?」


 私は祖母の手を握る。


「うん。来るよ」


 そう答えたのに、祖母は私を見ていなかった。


 画面の中を見つめたまま、小さくつぶやく。


「ゆづき……」


 その名前に、息が止まった。


 五年前、事故で亡くなった姉。


 るなちゃんは姉と同じ年頃で、肩まで伸びた髪も、笑うと少し目尻が下がる癖も、驚くほどよく似ていた。


 祖母はずっと、画面の向こうの少女に姉の面影を重ねていたのだ。


 応援していたのは、人気アイドルじゃない。


 もう二度と会えない、大切な孫だった。


 祖母は画面へ向かって小さく手を振る。


 その手は、途中で静かに止まった。


 病室には配信のエンディングだけが流れている。


 私はリモコンを手に取った。


 けれど、電源を切ることはできなかった。


 画面の中で、るなちゃんは変わらない笑顔で、


「また明日ね」と手を振り続けていた。


 私はその言葉を聞きながら、祖母の手をそっと握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。