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第6話 10式戦車、炎上す

 防衛区の内側は、天城恒一が想像していた“安全地帯”とはほど遠かった。


 新宿外縁線のバリケードを越えた先には、確かに人の営みがあった。

 迷彩服の隊員たちが走り、負傷者を運び、弾薬箱が積まれ、発電機の唸りが絶えず響いている。仮設テント、通信アンテナ、鉄板で補強された通路、地下施設へ降りる巨大なシャッター。そこかしこに人間がいた。


 だが、それは安堵を与える景色ではない。

 “持ちこたえるための町”だった。


 壁の向こうではまだ断続的に銃声が鳴り、遠くで爆発音がくぐもって響いている。資材は足りていないのか、壊れた部品を継ぎ足して無理やり延命したような設備が目立った。食料や水の搬送を待つ人々の列もある。兵士も民間人も、全員の顔に疲労が刻まれていた。


「……思ったより人が多い」

 恒一が呟くと、木村三曹が前を歩きながら振り返りもせず返した。

「少ない方だ」

「これで?」

「他がもっと死んでるって意味だよ」


 案内されるまま、一行は防衛線の内側にある簡易検問所のような場所へ通された。

 鉄板とコンクリートブロックで囲まれた広い空間に、折り畳み机と無線機、仮設の照明が置かれている。ここで出入りする民間人の確認や負傷の応急処置をしているのだろう。


 奈央と悠斗はすぐに医療班へ連れていかれ、藤堂も肩の傷を見せるため別区画へ案内された。雫は離れる前にちらりと恒一を見て、「変なことしないで」とだけ言い残していった。


「俺が変なことする前提なのか」

「前提」

 きっぱり返して、彼女は去っていく。


 残された恒一の前に、真田一佐が立った。


「座れ」

 短い命令に従い、恒一は鉄パイプ椅子へ腰を下ろす。


 机の向こうには真田一佐、その脇に木村三曹、さらに記録係らしき若い隊員が一人。室内の隅には銃を持った警戒要員が二人立っていた。かなり厳重だ。


「形式上の確認をする」

 真田一佐は淡々と言った。

「氏名」

「天城恒一」

「年齢」

「……多分十七」

「“多分”は通らん」

「そう言われても、十年別世界にいたんで」

「ふざけてるのか」

「真面目に言ってます」


 真田一佐は数秒だけ黙り、それから木村三曹へ視線を流した。木村は小さく肩を竦める。藤堂や雫から、事前にだいたいの話は聞いているのだろう。


「では質問を変える。戸籍上の年齢に心当たりは」

「二〇二六年時点で十七」

「……」

「だから今の扱いは任せます」

「任せるな」


 真田一佐は重く息を吐き、机の上の端末らしきものへ目を落とした。

 だが通信状況が悪いのか、あるいは十年前行方不明になった人間を今すぐ照会できるような環境ではないのか、すぐに追及は諦めたらしい。


「次。さっき使った力だが」

「魔法です」

「どういう理屈だ」

「異世界の理屈で成立してたものを、こっちでも無理やり動かしてる感じです」

「説明になっていない」

「俺にも完全な説明はできません」


 それは半分本当だった。

 リュミエルあたりならもっと理論立てて言語化できただろうが、恒一自身は実践と構築を積み重ねて賢者になった口だ。体系化はしていても、現代科学の言葉に置き換えるのは難しい。


「敵に対して有効なのは確かだな」

 真田一佐が続ける。

「確実に効いてた」

「少なくとも、あいつらの“止まり方”が違った」

「止まり方?」

「通常火器で壊した時は、部位破壊か姿勢崩しが多い。完全停止までいかない個体もいる。だが貴様の攻撃を受けた機体は、明らかに中枢ごと死んでいた」

「コアを焼いてます」

「コア?」

「中心核みたいなものです。頭部か胸部か、個体差はありそうですけど」


 木村三曹が眉をひそめた。


「そんなの、見ただけで分かるのか」

「何となく」

「その“何となく”が一番信用できねえ……」

「俺もそう思います」


 記録係の若い隊員が思わず吹き出しかけ、真田一佐に睨まれて背筋を伸ばす。


 その時、検問所の外から忙しない足音が近づいてきた。


「一佐!」

 顔色を変えた隊員が飛び込んでくる。

「南東監視班より報告! 敵反応が増加しています! 今の接触群は先遣に過ぎない可能性あり!」

「規模は」

「まだ確定しませんが、地上機多数、上空反応も増加中! 大型級シグネチャを複数確認!」


 空気が変わった。


 真田一佐は椅子を引く音も乱暴に立ち上がる。


「木村、天城を連れて来い」

「拘束は?」

「今は後回しだ。動くものを全部動かす」

「了解!」


 真田一佐はそのまま外へ出た。

 木村三曹が舌打ち混じりに恒一を見下ろす。


「お前、ついてこい」

「喜んでいいのか?」

「いいわけねえだろ。だが戦えるなら前に出ろってことだ」

「話が早い」

「お前が面倒なだけだ」


 検問所を出ると、防衛区の空気はさっきより一段切迫していた。

 無線が飛び交い、砲弾らしき大型弾薬が搬送され、兵たちが配置へ走っている。地下シャッターからは追加の隊員と補給要員が次々に上がってきた。


 恒一は歩きながら、外縁線の戦場を見た。


 道路の向こう、南東側の遠景に、無数の赤い光が浮かんでいる。

 昨日までの世界なら、ビルの灯りか車のランプに見えたかもしれない。だが今の恒一には、それがすべて敵の単眼にしか見えなかった。


「……多いな」

「今日は嫌な感じだ」

 木村三曹が低く言う。

「波が来る時の集まり方してやがる」


 前線へ着くと、16式機動戦闘車が二両、道路の左右に分かれて陣取っていた。

 八輪の車体は前話で見た時より近く、その大きさと密度がよく分かる。砲身は低く敵側へ向けられ、車体の後ろでは隊員が慌ただしく何かを確認している。


 そのさらに後ろ、バリケード越しのやや高い位置に、10式戦車が一両。

 コンパクトだが異様な圧がある。砲塔は滑らかで、装甲板は朝の鈍い光を弾いていた。左右には補助歩兵が散開し、近寄る敵機への対処に備えている。


「一両で足りるのか」

 恒一が聞くと、木村が苦い顔をする。

「足りる足りないで言えば全然足りねえ。だが動くのが今はこれだけだ」


 真田一佐が櫓の下で指示を飛ばしていた。


「第一線は距離を取れ! 四脚が来るぞ! 16式は先に足を止めろ、10式は大型優先! 対空班、ドローンの群れを分断しろ!」


 兵たちは即座に動く。

 土嚢の間に20式小銃の銃口が並び、89式らしき銃も交じる。ミニミ軽機関銃と思しき火器も設置され、さらに後方では対戦車誘導弾らしき筒状の装備が肩へ担がれていた。


 恒一はその光景を見て、改めて思う。


 自衛隊は弱くない。

 少なくとも、この状況で逃げずに持ち場へ立つ人間が弱いわけがない。


 だが――。


 道路の果てから現れ始めた敵群を見た瞬間、その思いは別の形で裏打ちされた。


 人型殲滅機。

 四つ足制圧機。

 細長い跳躍型。

 肩部に火器を背負った中型。

 さらに後方には、一際大きなシルエットがいくつも見える。二足歩行のようでいて、戦車の砲塔にも似た構造を肩に載せた大型制圧機だ。


 上空にも群れ。

 ドローンの数が前回とは桁違いだった。鳥の群れのように広がりながら、明らかにこちらの防衛線配置を観測している。


「うわ……」

 いつの間にか戻ってきていた雫が、近くの鉄板陰で顔を青くしている。

「これ、今日ちょっとおかしくない?」

「ちょっとで済めばいいがな」

 藤堂が肩を固定したまま苦く言う。

「先遣じゃなく、本隊だろ」


 奈央と悠斗はすでに地下へ下ろされたらしい。

 雫だけが補給の手伝いか何かで地上に残ったのだろう。文句を言おうとしたが、彼女の目の色を見てやめた。逃げたくても逃げられない生き方を、もう十年もしてきた目だ。


 その時、真田一佐が振り向き、恒一を見た。


「天城」

「はい」

「貴様は中央に残れ。独断では動くな」

「敵を見てから決めます」

「決めるな。命令を聞け」

「聞く努力はします」

「努力で済ませるな……!」


 だが怒鳴り切る前に、敵が射程へ入った。


「撃て!」


 防衛線が吠えた。


 20式小銃の連射。

 89式の重めの発砲音。

 機関銃の低い咆哮。

 16式機動戦闘車の砲撃。

 対戦車誘導弾の白い噴煙。


 道路の上で敵機がいくつも吹き飛ぶ。四脚機の一体は前脚を失い、跳躍型は胴から真っ二つになった。ドローンも数機が火を噴きながら墜ちる。


 それでも、止まらない。


 後続がすぐに穴を埋める。

 四脚機は残骸を盾にして進み、人型は破片の隙間を抜け、中型は肩部兵装を展開した。上空ドローンは散開して対空火器の集中を避ける。


「頭を下げろ!」

「右来るぞ!」

「対空二番、もっと上だ!」


 前線は忙しなく、だが崩れずに動いていた。

 それだけに、敵の異常さも際立つ。


 10式戦車が撃った。

 轟音。道路が揺れる。前進していた大型制圧機の一体が真正面から砲弾を受け、胸部から肩にかけて装甲を大きく吹き飛ばされた。


 普通ならそれで終わりだ。

 だが大型機はよろめきながらも、まだ立っていた。


「……まだ動くのかよ」

 木村三曹が呻く。


 その大型機は片腕を失いながらも、肩部に残った砲塔めいた部分を防衛線へ向ける。

 次の瞬間、圧縮されたような炸裂音とともに、道路の手前が抉れた。土砂と破片が舞い、鉄板バリケードの一部が吹き飛ぶ。


「穴が開くぞ!」

 誰かが叫ぶ。


 そこへ四脚機が殺到する。

 前脚で瓦礫を跳ね飛ばし、人型殲滅機がその後ろから雪崩れ込む。補助歩兵の射撃が関節を狙うが、止めきれない。


 16式機動戦闘車が近距離砲撃を加え、二体、三体をまとめて吹き飛ばす。

 だがその直後、中型機の肩部兵装から細長い弾体が発射された。


「16式、下がれ!」

 真田一佐の叫び。


 遅かった。


 弾体は16式の側面装甲へ直撃し、爆炎が車体を包む。

 完全破壊ではない。だが車体は大きく揺れ、砲塔の動きが一瞬止まる。続けざまにドローン群がその上へ降り、機銃と小爆弾をばら撒いた。


「くそっ!」


 車両脇の隊員が散り、歩兵が必死にドローンを撃ち落とす。

 それでも敵の密度が高すぎる。


「10式、二射目急げ!」

「装填中!」

「間に合うか!?」

「急いでる!」


 前線はまだ保っている。

 だが、保っているだけだ。押し返せていない。


 恒一は状況を見ながら、歯を食いしばった。

 自衛隊は全力で戦っている。連携もいい。判断も速い。だが、相手の数と再編能力が異常すぎる。しかも敵は人間側の重火力を優先して潰そうとしている。


 そして、その瞬間は来た。


 大型制圧機の残る一体が、10式戦車の位置を正確に捉えたのだ。


「まずい!」

 恒一が叫ぶ。


 大型機の肩部砲塔が向きを変える。

 10式戦車も同時に砲を向ける。まさに、撃ち合いの一瞬。


 先に火を噴いたのは――敵だった。


 凄まじい閃光。

 衝撃。

 大型機の砲撃が10式戦車の前方を直撃し、土砂と炎が巻き上がる。直撃ではない。だが視界を奪われたその一瞬に、別方向から回り込んでいた四脚機が飛びかかった。


「右だ! 右!」

 木村三曹の絶叫。


 四脚機の前肢に展開した高周波刃めいたものが、10式の側面履帯付近へ突き刺さる。

 火花が散り、金属が悲鳴を上げた。


 次の瞬間、別の人型殲滅機が装甲の継ぎ目へ何かを貼り付ける。

 小型の爆薬か、侵食装置か。


「離れろ!」


 叫びとほぼ同時に、10式戦車の側面で爆発が起きた。


 轟音。

 炎。

 黒煙。


 10式の車体が大きく傾ぎ、履帯の一部を吹き飛ばされる。

 砲塔は動いている。だが完全に機動を失ったのは明らかだった。そこへ上空ドローンが群がる。


「援護しろ! 戦車を守れ!」

 真田一佐の声が裂ける。


 歩兵が一斉に前へ出る。

 だが敵も待っていない。四脚機がその進路を塞ぎ、人型が横から撃ち込み、大型機はなおも砲塔をこちらへ向けている。


 そして、10式戦車の上面に一機のドローンが突っ込んだ。


 爆発は、今度こそ致命的だった。


 炎が砲塔の基部から噴き上がる。

 黒煙が空へ立ち上り、車体内部から嫌な音が響いた。弾薬の誘爆か、機関の損傷か。どちらにせよ、あれはもうただの損傷ではない。


「っ……!」

 雫が息を呑む。

「戦車が……」


 10式戦車が、炎上していた。


 この防衛線の“重さ”の象徴みたいな存在が、あまりにも生々しく焼かれている。

 その光景は、兵たちの士気を直接削った。前線に走る動揺が、恒一にも分かった。


「下がるな! まだ終わってない!」

 真田一佐が怒鳴る。

「救助班は遮蔽つけて前へ! 16式二番、左を抑えろ! 対空全力!」


 だが、戦況は明らかに悪い。


 10式を失えば、あの大型制圧機を止める火力が足りなくなる。

 16式も一両が損傷。歩兵は善戦しているが、押し込まれれば近接戦で削られる。今ここで一線が破れれば、地下の防衛区そのものへ敵が流れ込む。


 恒一は目を閉じ、短く息を吐いた。


 見ているだけでは駄目だ。

 今だ。今この一手を入れなければ、防衛線は割れる。


 背後で木村三曹が叫ぶ。

「天城! まだ動くな、射線――」


「もう遅い」


 恒一は一歩前へ出た。


 焦げた道路。

 炎上する10式戦車。

 前進してくる大型機。

 その向こうに続く赤い単眼の群れ。


 異世界で幾度も見た光景に似ていた。

 仲間が崩れ、前線が裂け、英雄が一歩遅れれば大勢が死ぬ瞬間。


 だからこそ、迷いはなかった。


「下がれ」


 恒一は低く言い放つ。


 当然、誰もすぐには従わない。

 だが、その声には妙な重みがあったのだろう。近くの隊員たちが一瞬だけ動きを止めた。


 恒一はさらに前へ。


「……あれは俺がやる」


 その言葉は、炎と銃声と爆音の中でも、なぜかはっきり響いた。


 真田一佐が振り向く。

 木村三曹が絶句する。

 雫は信じられないものを見る顔で恒一を見た。


 だが恒一はもう前しか見ていなかった。


 炎上する10式戦車の向こう。

 巨大な制圧機が、次の砲撃のために肩部兵装を持ち上げている。

 あれを止める。あれを落とす。そうしなければ、防衛線は持たない。


 十年遅れで帰ってきた日本で。

 最強賢者・天城恒一の本当の反撃が、今まさに始まろうとしていた。

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