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『異世界で最強賢者になった俺、帰還した日本がAIロボットに滅ぼされかけていたので最強ハーレムを召喚して反撃します』  作者: 常陸之介寛浩 


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第1話 帰還先は地獄だった

光は、あまりにも冷たかった。


 異世界で見てきたどんな転移魔法とも違う。

 暖炉の火のような揺らぎも、聖堂の祈りのような優しさもない。ただ白く、鋭く、容赦なく、天城恒一という一人の人間をどこかへ押し流していく。


 落ちているのか、浮いているのかも分からない。

 上も下もない奔流の中で、恒一は歯を食いしばった。


 胸の奥には、まだ別れの熱が残っている。


 セレフィアの凛とした声。

 リュミエルの理屈っぽくて、でも最後だけ弱かった声。

 カレンが首筋に残していった温もり。

 ミレーネの祈りのような涙。

 ノクスの、最後まで意地を張った微笑み。


 耳の奥で何度も反響する。


『また会いましょう!』

『忘れたら斬ります』

『主さま、一人じゃない』

『格好悪いあなたも、嫌いじゃないわ』


「……っ」


 喉が焼けるように熱かった。

 帰りたかったはずだ。ずっと。異世界に放り込まれたあの日から、一度たりともその願いを忘れたことはない。

 家に帰りたかった。日本に帰りたかった。親父と母さんのいる、退屈で、平和で、何の魔物も出ない世界へ。


 それなのに、いざ帰れるとなった今、胸の中にあるのは歓喜だけじゃない。

 置いてきてしまったものの重さが、今さらになって肺を押し潰してくる。


「……会いてえな」


 誰にともなく零れた言葉は、白い光の中に吸い込まれた。


 その瞬間だった。


 視界が裏返るように反転し、白が消え、重力が戻ってくる。

 恒一はとっさに身を丸めようとしたが、間に合わなかった。


「ぐっ――!」


 次の瞬間、全身に凄まじい衝撃が走った。

 背中から硬い地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出される。喉からひゅっと情けない音が漏れ、視界が一瞬だけ暗転した。


 異世界で何度も死線を越えてきた肉体でさえ、この落下はきつい。

 まして魔王との決戦直後だ。右肩はまだ痺れ、脇腹の傷は完全には塞がっていない。全身の骨がきしみ、魔力の流れも乱れていた。


「……っ、は……」


 恒一は荒い呼吸を整えながら、片膝をついてゆっくり顔を上げた。


 そこで、息を呑んだ。


 目の前に広がっていたのは、確かに日本だった。


 見覚えのある都市の輪郭。

 高層ビル群。複雑に絡む道路。見上げるほど巨大な看板の骨組み。

 だが、それらは恒一の記憶にある日本の姿から、あまりにもかけ離れていた。


 ビルの窓はことごとく割れ、壁面は黒く煤け、ところどころが大きく崩落している。

 道路はひび割れ、アスファルトの裂け目から何かの配管が飛び出し、そこかしこに瓦礫が散乱していた。

 信号は死んだ魚の目のように沈黙し、ガードレールはひしゃげ、横転した乗用車のボディは焼け爛れている。


 夜だった。

 だが、夜の街にあるはずのネオンや街灯の賑やかな光はどこにもない。代わりにあるのは、遠くで上がる炎と、空の低い場所で点滅する赤い警告灯のような光だけだ。


 焦げ臭い。


 金属が焼けた臭い、コンクリートの粉塵、燃料、古い煙。

 それらが湿った風に混じって鼻を刺す。異世界の戦場では嗅いだことのない、工業文明の死臭だった。


「……なんだよ、これ」


 思わず口をついて出た声は、自分でも驚くほどかすれていた。


 日本、だ。

 道路脇に半ば折れたまま残っている案内板には、確かに日本語が書かれている。ひしゃげたコンビニの看板にも、見慣れた文字列の残骸がある。

 だが、それ以外のすべてが狂っていた。


 夢かと思った。

 魔王が最期に仕込んだ悪意ある幻術かとも疑った。

 だが足元の冷たい感触も、鼻を刺す臭いも、遠くから断続的に響いてくる鈍い爆発音も、あまりに現実的すぎた。


 恒一はゆっくり立ち上がった。

 魔王城の玉座の間で戦っていた時の黒いローブはところどころ裂け、裾は焼けている。手に握ったままだった賢杖アストラル・レギスは決戦で砕け、今は短い杖身だけが残っていた。武器としては頼りない。だが、魔力の伝導核はまだ生きている。


 腰のポーチを確かめる。

 中にはわずかな魔晶石、応急用の治癒薬、そしてリュミエルから渡された青い共鳴結晶と、ミレーネの聖印。

 それらがまだここにあることに、妙な安堵が生まれた。


「……少なくとも、夢じゃない」


 呟いた直後。


 ギ、……ギ、……ギ、……。


 金属が擦れるような、不規則でいて妙に正確な音がした。


 恒一の背筋が、反射的に強張る。


 この十年、異世界で戦い続けてきた経験は、音の違和感に対して極めて敏感になっていた。

 人の足音じゃない。動物でもない。もっと硬質で、冷たく、生命感のない何か。


 恒一は静かに息を止め、首だけを動かして音のした方向を見る。


 黒煙のたなびく交差点の向こう。

 崩れたビルの影から、それは現れた。


 最初に見えたのは、赤い光だった。


 暗闇をくり抜いたような二つの点――いや、一つの単眼。

 次いで、銀灰色の輪郭がゆっくりと姿を現す。


 人型、だった。

 だが人間ではないと、一目で分かった。


 頭部は骸骨じみた無機質なフォルムで、むき出しの金属フレームの隙間から内部機構が覗いている。

 首、肩、肘、膝に当たる部分には人工筋肉めいた黒い束が走り、全身を覆う装甲は最小限。必要な強度だけを残して徹底的に削ぎ落としたような、機能一点張りの造形だった。

 右腕には銃身のようなものが一体化され、左腕の甲には刃のようなパーツが折り畳まれている。


 顔に表情はない。

 あるのは赤く光る光学センサーと、無音のままこちらを測る視線だけだ。


「……何だ、あれ」


 そう口にした瞬間、単眼の赤がわずかに明滅した。


 無機質な電子音が響く。


《未登録生体反応ヲ確認》

《外見情報照合……失敗》

《武装判定……不明》

《脅威判定……暫定C》

《排除行動ヲ開始》


 日本語だった。

 だが、人が喋る日本語ではない。音声合成の平坦な響きが、夜気の中でぞっとするほど鮮明に広がる。


 恒一が身構えるより早く、敵は動いた。


 機械の脚がコンクリートを砕いて前へ跳ぶ。

 あり得ない初速。異世界の敏捷型魔物にも匹敵する踏み込みだった。


「っ!」


 恒一は反射的に左手をかざす。


「防壁術式、展開!」


 半透明の魔法障壁が目前に張られた、その瞬間。


 ダダダダダダッ!


 ロボットの右腕から火花が弾け、連続した閃光が夜を引き裂いた。

 銃撃。しかも単なる火器じゃない。音は乾いているが、着弾の衝撃は明らかに拳銃や小銃より重い。異世界で言うなら、連射型の魔導投槍が真正面から叩き込まれてくるようなものだ。


 障壁に無数の火花が散る。

 青白い面にひびが走り、恒一の腕に衝撃が返ってきた。


「ちっ……!」


 重い。

 連戦と帰還直後の消耗があるとはいえ、一重目の障壁がここまで削られるのは予想外だった。


 敵は人型のくせに、容赦なく距離を詰めてくる。

 銃撃で足を止め、左腕の刃で仕留める――分かりやすい近接制圧パターンだが、初見での完成度が高すぎる。


 恒一は一歩横へ跳んだ。

 次の瞬間、さっきまでいた場所を銀色の刃が薙いでいく。コンクリートが紙のように裂け、破片が宙を舞った。


「日本に帰ってきたと思ったら、いきなりこんな出迎えかよ!」


 誰にともなく吐き捨てながら、恒一は残った杖を振るう。


 詠唱は短く、魔力は絞る。

 大技はまだ使えない。状況も分からない。なら、まずは確実に潰す。


「雷槍――」


 杖の先端に蒼白い雷が収束する。

 圧縮された稲妻が槍の形を取り、夜闇を青く染めた。


「《ボルト・ランサ》!」


 放たれた雷槍は一直線に敵の胸部へ突き刺さった。


 轟音。

 金属装甲が内側から膨れ、胸部が大きく弾け飛ぶ。敵は一瞬だけ仰け反り、その赤い単眼を激しく明滅させた。


《損傷率三一……行動継続》

《戦闘継続》

《対象ノ攻撃ハ未知エネルギー》


「は?」


 恒一の目が見開かれる。


 今の雷槍は、異世界の重装魔兵なら胴体ごと焼き切る威力だ。

 胸を吹き飛ばしてなお動くのか。


 機械兵は煙を上げながら再度踏み込み、今度は左腕の刃を横薙ぎではなく刺突に変えてくる。

 動きに無駄がない。まるで一合ごとに戦術を更新しているようだった。


「くそっ!」


 恒一は杖で受け流すが、砕けた賢杖の短い残骸では衝撃を殺しきれない。腕が痺れ、体勢が崩れる。そこへ追い打ちの銃口が向けられた。


 近すぎる。


 だが、恒一は異世界で最強賢者と呼ばれた男だ。

 とっさの判断では、まだ負けない。


「重圧!」


 足元の石片がふっと浮き、次の瞬間、見えない圧力が敵の全身を押し潰した。


 ギギギギギッ――!


 機械兵のフレームが悲鳴を上げる。

 膝関節が沈み、銃口が逸れ、肩部の装甲がきしむ。完全な拘束ではない。だが一瞬でいい。その一瞬あれば十分だった。


 恒一は敵の懐へ踏み込む。


「中枢は、そこか!」


 異世界の魔物も、魔導兵も、呪われた鎧も、見た目がどうあれ“核”はある。

 目の前の機械も同じだ。胸を吹き飛ばされてまだ動いたなら、別に本命がある。


 単眼の赤。

 あの光はただの視界装置じゃない。もっと深部の制御と直結している。


 恒一は右手を敵の頭部へ叩きつけた。


「雷穿!」


 掌から直接流し込まれた高密度の電撃が、機械兵の頭部を内側から灼いた。


 赤い光がぶつりと途切れる。


《エラー》

《エラ――》

《――》


 そのまま頭部が破裂し、敵の巨体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 金属片が路上に散り、火花を散らしながら痙攣したのち、完全に沈黙する。


 静寂。


 燃える音だけが、遠くでぱちぱちと続いていた。


 恒一はしばらくその場に立ち尽くした。

 荒い呼吸を整えつつ、足元の残骸を見下ろす。


「……なんなんだよ、ほんとに」


 恐る恐るしゃがみ込み、破壊した頭部を確認する。

 内部には魔石も、生体核も、呪術紋もない。あるのは細かな金属配線、黒い基板めいた層、ガラス質のレンズ、そして脈打つような淡赤色の小さな結晶体。


「結晶……?」


 それは異世界の魔力結晶にも似ていたが、もっと人工的で、冷たい。

 魔力を感じるかと思って意識を向けてみると、微かに、ほんの微かに違和感があった。完全な無ではない。だが異世界の魔力とは別種の何かがある。


 その時だった。


「い、今の……」


 女の声がした。


 恒一が顔を上げると、少し離れた瓦礫の陰から数人の人影がこちらを窺っていた。

 暗がりの中で見えたのは、三人。いや、四人か。大人の男が一人、女性が一人、その後ろに子供、そしてもう一人、背の高い少女。


 全員ひどく痩せ、服は汚れ、顔には疲労と怯えが張り付いている。

 だが彼らが本物の人間であることは、一瞬で分かった。


「人……?」


 あまりに普通の反応だったのだろう。

 背の高い少女が、呆れたように、しかし警戒を解かぬまま言った。


「こっちの台詞だよ。あんた……何者?」


 年の頃は十七、八か。

 ぼさついた黒髪を後ろで雑に縛り、ジャケットの裾を裂いて即席の止血帯にしている。細身だが眼だけは妙に強い。怯えているくせに、一番前に立っていた。


 その隣の男は、制服の残骸のようなものを着ていた。警察か警備員か、そんな雰囲気だ。左肩から血が滲んでいる。

 女性は幼い子供を抱え、今にも倒れそうな顔で恒一を見ていた。


 恒一はとっさに答えに詰まった。


 自分は何者か。

 十年前までなら、ただの高校生だった。

 異世界では賢者だの英雄だのと呼ばれた。

 だがここは日本だ。日本で「異世界帰りの最強賢者です」と名乗っても頭がおかしい人間にしか見えない。


 数瞬の沈黙の末、恒一は慎重に言葉を選ぶ。


「……俺にも、今はよく分からない。ただ、敵じゃない」


「敵じゃない人間が、あれを一人でぶっ壊す?」


 少女の声には明らかな動揺があった。

 当然だ。あの機械兵がどれほど恐ろしい相手か、彼らは身をもって知っているのだろう。


 男が痛みを堪えながら一歩前へ出る。


「あんた、自衛隊か? 新型装備の実験部隊とか……そういう――」


「違う」


 恒一は即答した。

 自衛隊という言葉には反応したが、その疑問に答える材料はない。


 少女がますます怪訝そうに眉を寄せる。


「じゃあ何。民間軍事会社? 海外の……いや、でも日本語だし……」


「だから俺も状況が分からないって言ってる」


「こっちはもっと分かんないんだけど!」


 張り詰めていたのだろう。

 少女は半ば叫ぶように言ったあと、はっとして口をつぐんだ。


 その瞬間。


 遠くの闇の中で、赤い光がまた一つ灯った。


 次いで二つ、三つ、四つ。


 ビルの割れた窓の奥。

 道路の曲がり角。

 横転車両の陰。

 まるで夜そのものに眼が開いたように、無数の赤点がこちらを捉える。


 少女の顔色が変わった。


「……最悪」


 男が呻く。


「音で寄ってきたのか……!」


 子供を抱えた女性が息を呑み、震える声で言った。


「また……来るの……?」


 ギ、……ギ、……ギ、……。


 金属の足音が、今度は複数重なって響き始める。

 空からは羽音にも似た高周波音が近づいてきた。見上げれば、黒い夜空を横切る小さな光点がいくつも飛んでいる。鳥じゃない。ドローンだ。


 恒一は残骸から立ち上がり、杖を構え直した。


 帰ってきたばかりだというのに、歓迎会にしては手荒すぎる。

 だが少なくとも一つ、はっきりしたことがある。


 この日本は、恒一の知る平和な故郷ではない。


 そして、目の前の人間たちはこの地獄の中で怯えながら生き残ってきた、本物の生存者だ。


 見捨てる理由はなかった。

 むしろ、そんな選択は異世界で仲間たちと旅をした十年が許さない。


「質問は後だ」


 恒一は一歩前へ出る。


 闇の中で揺れる赤い光の群れを見据え、魔力を指先へ集めながら言った。


「生きたいなら、俺の後ろにいろ」


 少女が目を見開く。


「……は?」


「来るぞ」


 言葉と同時に、最初の一体が瓦礫を蹴って飛び出してきた。

 その背後から、赤い単眼の群れが一斉に動き出す。


 帰還の喜びに浸る暇は、もうなかった。


 天城恒一の、十年遅れの日本帰還は。

 血と炎と鉄の匂いのする、この地獄の夜から始まった。

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