第1話 処刑
東の裂け目が、わずかに開いた。
夜明け前の光は、刃物みたいに細い。
それでも吸血鬼には十分すぎるほどの“死”だった。
「――裁定を開始する」
クロエの声は低く、揺れなかった。
地下の処刑場に反響し、石壁に吸い込まれていく。
拘束されている男は、まだ若い。
血の匂いが薄い。世代の浅さが、それだけでわかる。
詠唱官はいない。
この場で血律を読むのは、裁定官であるクロエだけだ。
彼女は紙片も端末も見ない。
条文は、すべて頭に入っている。
「血律、第七条」
男が身じろぎした。
「血は、貸与されたものである。
増やす権利は、いかなる個体にも認められない」
男が声を上げる。
「違う……!
俺は、救っただけだ!
あの女は死にかけてて、血を分けなきゃ――」
「発言は不要」
クロエは遮った。
感情ではなく、手順として。
男の視線が、縋るように動く。
クロエの横に立つ影――レオンを見る。
レオンは、見返さない。
執行官は、裁定官を見ない。
命令だけを見る。
「違反は確認された」
クロエは続ける。
「刑は、太陽刑」
その言葉で、すべてが終わる。
レオンが一歩前に出る。
動きに無駄はない。
男の拘束具を調整し、裂け目の位置を微修正する。
東の光が、わずかに広がった。
「待て……!
始祖だって血を――」
男の言葉は、最後まで続かなかった。
クロエの手が上がる。
それだけで、執行は開始される。
光が差し込む。
皮膚が、音もなく崩れ始めた。
悲鳴は短い。
夜に生きる者は、太陽に長く抗えない。
数秒後、そこに残ったのは
灰と、焦げた金属の匂いだけだった。
裂け目が閉じる。
「――秩序、維持」
クロエが告げる。
レオンは一礼する。
報告はそれで終わりだ。
二人は並ばない。
クロエが歩き出し、
レオンは半歩後ろにつく。
それが、彼の立ち位置。
エレベーターが地上へ向かって動き出す。
沈黙の中で、クロエは一瞬だけ思う。
――あの男の言葉を、
消す必要はなかったのではないか、と。
だが表情は変えない。
裁定官に、迷いは記録されない。
夜明けは、まだ遠い。




