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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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モリス教授との対話

 やがて学生たちは午後の講義があるのか、大広間のテーブルの上を片付け一斉に屋敷から出て行った。屋敷の二階に戻った者もいた。急に辺りが静かになる。だが一人まだ残っている学生がいた。アリシアだった。他に誰もいなくなってからアリシアはやはり彼女を待っていた様子のブラッドウッドの方に近付いた。


「あぁ、気になります?そのうちヒューバートさんも、僕たちや、彼らの数値を扱うことになると思いますけど。ここから先は二次成長期の魔族特有の時間の過ごし方があるので…」


 アリシアとブラッドウッドは二階へと消える。ヒューバートはアドリアーナからアウレリアを渡されてテラスのソファーにいたが、内心はバクバクしていた。いや、そんなまさか。


「レイ、私もそろそろ欲しい」


「え?ここで言うの?」


「ブリジットは食事と大差ないって言ってたぞ?」


「まぁ…別にいいけどね。飲んでいいよ?」


 第八王子がヒューバートの前で髪を避けて首を差し出す。ジュディスは首をペロリと舐めた。何度か舐める。そうして口を開けて噛みついた。ヒューバートは見てはいけないと思いつつも、何故か凍りついたようにそこから目が逸らせなかった。


「ん…」


 レイは閉じていた目を薄く開いてジュディスを抱き寄せる。ジュディスはレイの血を美味しそうに飲んでいた。


「魔族の日課みたいなものです…」


「…レイ、喋るな。飲んでるときは危ないだろ」


 唇を離したジュディスが首を舐めながら言う。


「ごめんって」


 レイは苦笑する。再び首を舐めて唇でジュディスは封印した。傷は目立たなくなる。飲み終わるとジュディスはレイの頬にそっと口付けをした。


「まぁ…後は数値を送るんだけど…新しい試薬、まだモリス教授から貰ってないよね…」


 レイが言う。ジュディスは中空を見つめていたがニコリと笑った。


「今、モリス教授に伝えた。忙しくてすっかり忘れてたみたい」


 程なくして遣い鳥が飛んでくる。ジュディスに試薬を渡すと、後でそっちに行くわ、とモリス教授の声がした。


「今いったい、どうやって連絡したんです?それって…強力な毒に反応する試薬ですよね?」


 ラベルをちらりと見てからヒューバートはジュディスの顔を見た。ジュディスは最初の質問には答えなかった。


「そう…私は有角種だから。もう仮に今後誰かに襲われてもこの血で昏倒させられる自信があるな」  


 ニヤリと笑って物騒なことを言い、ジュディスは細い紙に血を一滴垂らす。試薬も一滴垂らすと色が変わった。この試薬でもすでに五割の毒を検出している、とヒューバートは驚きを隠せなかった。毒に耐性のない者なら一滴で多分昏睡状態にできる。


「はい、レイ」


 ジュディスが血の滲む指を差し出すとレイはそれを平然と舐めた。


「うん、めちゃくちゃ甘くなったね。それに痺れるなぁ。それじゃ、どうせだからこれからモリス教授の仮説も試してみる?」


「え…?本気で言ってるのか?」


 ジュディスがレイの顔を見上げて、それから微妙な表情を浮かべてヒューバートを振り返った。


「じゃ、ちょっと僕たちは二階に行ってくるね。誰かを呼びたかったら鐘を鳴らして。行くよジュディス」


「…なんでそんなにやる気満々かなぁ…じゃ、もしもいない間にモリス先生が来たら少し待ってもらって」


 ジュディスとレイは小声で何か話しながら二階に消える。残されたヒューバートはアウレリアを腕に抱いてぼんやりとテラスのソファーにいたが、ぽかぽか暖かいのでうっかり眠ってしまった。どのくらい経ったのか、不意に肩を叩かれて目覚めるとモリス教授がいた。


「あら?レイとジュディスは?」


「あ…遣い鳥が来た後に…先生の仮説を試すとか言って二階に行きましたけど…」


 まだぼんやりとしたヒューバートの言葉にモリス教授は、まあっと言って眉を上げた。


「ちなみにさっきの試薬でも五割は検出してましたよ…」


「あらあら…とりあえずは終わるまで待つしかないわね」


「終わるって、仮説の検証が?」


「まぁ…そんなところかしらね…それ以上は聞かないで」


 モリス教授は苦笑してバスケットの中からお茶を取り出した。


「あなたも飲む?」


「はい、いただきます。そういえば、ここのお茶もとても美味しかったですよ。蔦の花が入ってるっていう…」


「えっ?あら、あなたあのお茶を飲んだの?」


「飲みましたけど…何か?」


「いいえ…もしかしたら、夜に効果が出るかもしれないけど…ちなみに何色のお茶かしら?」


「え…?黄色っぽい色合いでしたけど…」


「なら大丈夫かしらね。良かったわ。赤いお茶じゃなくて」


 フフッとモリス教授は笑う。悪戯好きな誰かが飲ませないとも限らないが、さすがに杞憂だったかと安堵する。


「で、どうだった?レイと話してみた感想は?」


「少し…第三王子と似てました…第四王女とは全く合いませんでしたけど…第八王子が周りに好かれる理由が分かった気がしました。あの方が他の王子や王女を殺害したりする訳がないと…僕は思いました」


 第七王子の屋敷で謎の奇病が伝染し王子や王女が皆亡くなった際に第八王子のみ生き残ったことで他の後継者を消し去る為の虚言といった噂もまことしやかに出回っていた。


「知らない者は好き勝手なこと言うのよね。腹立たしいわ。レイのあの傷を見たら分かるわよ。本当にあの子は巻き込まれて死にかけたんだから。あの二人、きれいな顔をしてるけど身体の方は傷だらけなのよ。痛々しいくらい…」


「昨日も襲撃されたんですよね…」


 ぽつりとヒューバートが言う。ジュディスの顔半分の色を思い出す。あれは相当痛い。失言して殴られたことが度々あるのでよく分かる。


「そうよ。腹立たしいったらなかったわよ。女の子にあんなこと…」


「珍しいですね。先生が誰かに対してそんな風に言うなんて」


 ヒューバートに指摘されてモリス教授は、ふと小さなため息をついた。


「そうね。私は今まで、あなたに対しても他の生徒と同じように平等に接してきたわ。それが正しい在り方だと思っていたから。でも今は少し違うのよ…正しくないかもしれないけれど、少し自分の気持ちに正直になったのよ。二人が行方不明になったとき…心に穴が開いたみたいになった。きっと第三王子を失ったあなたもそんな空洞を抱えて生きていたのね…あのときは優しくなくてごめんなさいね」


 モリス教授は不意にヒューバートの頭を撫でようとして、慌てて手を引っ込めた。仮にも大学生にすることではない。


「…どうして止めたんですか?」


 ヒューバートは苦笑した。


「あなたはもう大きくなってしまったから嫌かと思って」


「そんなことも…ないです。それに先生はずっと優しかったですよ?僕と第三王子を結びつけてくれたのだって…先生だったじゃないですか。それで僕がどれだけ救われたか…だから出来ることなら第三王子の代わりに僕が死んでしまいたいくらいだった。一人遺されるのは辛いって、あの頃は思っていたから…」


「あの頃はってことは今は違うのね?」


「そうですね。先生の助手になりますし。少し僕も前向きに生きようって思ったんです…」


「あら、いい傾向ね」


 そのとき階段の方から足音が聞こえてジュディスとレイが降りてきた。モリス教授はおもむろに近付くとレイの脇腹を小突いた。


「痛っ!先生…なんですか?」


「なんですかじゃないわよ。涼しい顔しちゃって、あなた元気過ぎなのよ!それなのに昼まで!?ジュディスにかなり負担をかけてない?大丈夫なの?」


「せっかくだし…これを機に、先生の研究にも協力してみようって思っただけですよ」


 レイが言うとジュディスも案外真面目な顔をして頷いた。


「心配しなくて大丈夫です…むしろ私の血は一妻多夫制の種族だから…レイの始祖の血でちょうどいいくらい…っていうか…」


 言葉を濁したジュディスにモリス教授は少し困ったように眉を下げた。ジュディスは焦げた紙を取り出した。


「でも…先生の仮説が的中したのか、送ってもらった試薬の検出許容量を越えちゃったみたいで…血液ごと渡したいんですけど…」


「もう…私の仮説が当たっちゃったってこと?爆上がりにも程があるわよ。魔術騎士科の防具…今のままで大丈夫か不安になってきたわ」


 モリス教授は肩を竦める。ヒューバートは口を挟むこともできず、三人を見ていることしか出来なかったが、会話の内容は概ね理解した。そうして恋人すらいない自分は会話に入る資格すらない、そう思って腕の中で眠るアウレリアを少し困ったように見下ろした。

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