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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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アウレリアの眠り

 混乱に乗じてこっそりと大広間から姿を消そうとしていたシリルの後ろ姿に、アウレリアは声をかけた。


「あら誰かと思ったら…お兄さまじゃないの。随分とお元気そうね。やっぱり西だったのね。こっちは…お兄さまを逃がしたと疑われて神官長の手下に散々拷問されて酷い目に遭ったわよ…」


「…すまぬ、我もまた記憶をなくして気付けばここにいたのじゃ。本当に申し訳ない」


 シリルがアウレリアに向き直って気まずそうに頭を下げた。


「あら…素直に謝るなんて…どうしちゃったの?すっごく気持ち悪いわ!本当にお兄さまなの?」


 笑おうとしたアウレリアだったが、不意に苦しそうに胸を押さえた。


「アウレリア?」


「ごめんなさい…色々と薬を使われて…身体が変なのよ。時々発情したみたいになっちゃうし、魔術はうまく使えなくて…あの子は…どこ?私が噛んで…引っ掻いてしまった子…」


「ヒューバートか?大丈夫だ。私が治癒したから、毒はかなり抜けた」


「…そう…ヒューバートって…いうのね。近くに連れて行って…お願い…」


 ジュディスはアウレリアをヒューバートの隣に連れてゆく。ヒューバートは困惑した表情を浮かべた。


「もう引っ掻いたりしないから…私を…抱きしめて…」


「頼めるか?」


 ジュディスの言葉に恐る恐るヒューバートは頷いた。ジュディスはそっと小さなアウレリアを渡す。ヒューバートは壊れ物を持たされたかのように、ぎこちなくアウレリアをやんわりと受け取った。


「ごめんなさいね…子どもだと…思ったでしょ…騙した訳じゃ…ないのよ。助けてくれてありがとう」


「いえ…今はもう…分かってますから…」


「大丈夫?」


「…なんとか…すごく…驚きましたけど…」


「お願い、このまま少し休ませて。あなたの血…何だかとても懐かしい味がしたのよ…噛んだりして…怖がらせてごめんなさいね…」


 そのままアウレリアは目を閉じると本当に眠ってしまった。


「ヒューバート殿、妹を…頼む。迷惑をかけてすまぬが、回復のために必要なのじゃ」


 シリルが言ってアウレリアの汚れを魔力で綺麗にした。素早い魔力にヒューバートは目を瞬いた。変わった人だなと思う。年齢不詳だ。シリルはどこかで鳴った鐘の音を聞きつけ階段を上り始めた。


「リュイが呼んでいるので行ってくる」


「何だか…今が一体いつの時代なのか分からなくなりそうですよ…こんなに一気に魔族の血を引いてる人たちに会うなんて…」


「だろうな。とりあえずアウレリアが目覚めたら、首の後ろの噛み跡については相談した方がいい。ところで、恋人はいるのか?」


 真面目な顔でジュディスに問われてヒューバートは慌てて首を横に振った。


「なら…まぁ…いいか。アウレリアは、今は縮んでるけど回復したらもう少し大きくなる…って言っても確か今の私程度のサイズだけどな。驚かないように先に言っておく。あのソファーに座った方が楽だな」


 ジュディスは指を鳴らしてソファーを目の前に呼び寄せて静かに下ろす。


「どうぞ」


 小さなソファーから二人以上が座っても楽そうな大きなソファーにヒューバートは移動した。


「ブラッドウッド先生、ジュディス、そろそろ次の講義の時間だから行かないと」


「あぁ…もう、そんな時間か」


「ウォード先生が探してるかも」


「今日は魔術騎士科以外の子たちにも護身術を教えるんだけど、この顔で言うと説得力ないよなぁ。まったく…」


 ジュディスはぼやいた。


「仕掛けた相手が手練れだったからね…。次の講師候補だったのに彼は未来を棒に振ったな」


 レイが言って、ジュディスを見つめた。


「ジュディス、剣を捧げるって言われたことに関しては気に病む必要はないよ。所詮はすぐに短気を起こして君に牙を剥く、そんな者を寝食を共にするような環境に気安くは招けないだろう。君の選択は正しかったんだ」


「うん…だよな…。じゃあ、ま、私たちは指導に戻るから、アドリアーナ後を頼んでもいいかな?」


「分かったわよ。ここは任せて行ってらっしゃい。みんな何だかんだで忙しいわよね。あら?モリス教授も?」


「そうよ!私、ほんと最近ちょっと色々と頑張り過ぎよね。次は薬草学よ!」


 慌ただしく準備を始めたモリス教授にアドリアーナは苦笑する。


「魔術騎士科の補助講師に薬草学の教授を兼任しちゃうなんて…大忙しね。私も何か手伝おうかしら?」


 四人が瞬間移動で消えるとアドリアーナは冷やしたお茶をヒューバートに手渡した。


「ありがとうございます」


「このお茶は…ここでしか飲めないのよ。成分を聞いても嫌じゃなければ飲んでみて。美味しいから。ジュディスの蔦に咲いた花から抽出した成分が入ってるの。さっき近くで見たでしょ?精霊の蔦の花よ」


「え…?精霊…?」


 薄い黄色のお茶からはほのかに甘い香りがした。ヒューバートは結局恐る恐る一口含む。ここでしか飲めないと言われると好奇心には勝てなかった。


「なんだこれ!すごく美味しい…!」


 ヒューバートは目を見張る。思わず大きな声を出してしまったが、アウレリアは起きなかった。


「でしょ?良かったわ。で、あなた、求愛されたみたいだけど、どうするの?」


「えっ…あの…どうしたらいいのか…分かりません」


「魔族の求愛は発情と結びついた本能的なものだから、振ったからってそれほど傷付いたりするものでもないけれど、あなたが断ったら誰かがその欲求を発散しなきゃいけなくなるのよね。分かるかしら?」


 ヒューバートは考える。なんとなく状況は理解した。


「幸いにも私やブリジットがいるから対応はできるわ。でもブリジットは妊娠中だから、今回もし代わるとしたら私かしらね…」

 

「え…?でも…女性同士で?その…」


 ヒューバートが口ごもるとアドリアーナはクスリと笑って隣で突然姿を変えた。


「エイデンは愛妻家なんだ。ブリジットが少女になったから僕はたまにこの姿で学院内をうろついている」


 アドリアーナの面影はあるのに突然男性的になった相手に、ヒューバートはあんぐりと口を開けた。背も高くなった気がする。美男子だ。出来ることならこんな風に生まれたかったとすら思った。


「その気になれば何にでも変われるよ?君だって、もう少しその頭の硬さをどうにかしたら変身くらいもっと簡単にできるさ。君は人生を楽しむことをまだ知らない。呪いだってうまく飼い慣らせば使いこなせる。真実しか語れない口だったかな?少し言い方を変えたって嘘じゃない。君が真実と頭の中で捉える語彙をもっと増やすんだ。その中から一番相手を不快にしない言葉を選択する。対話を恐れて口を閉ざす必要はない」


 アドリアーナは笑うと立ち上がる。外から声が近付いてくる。ブリジットとセオ以外は誰か分からなかったが楽しそうに話しながら戻ってきた。歩行器に掴まって歩く少女と何やら恐ろしい気配の青年がやってきた。またしても竜だ。なんだってこんなに竜がいるんだ。


「あ…こんにちは…お邪魔してます…」


 ヒューバートは傷は癒したもののまだ跡が残っている少女を抱いてソファーに座っている状況を説明出来ずに、中途半端に会釈した。アドリアーナが立ち上がる。


「今、眠ってるお客さんがいるから静かに」


「なんでエイデンの姿なんだ?」


 呆れたように金髪の美少女は言ったが、結局男性姿のアドリアーナと仲睦まじく長々と口付けを交わしていた。誰がいようと遠慮がない。竜だからだろうか。


「あぁ、ヒューバートか。少しジュディスから聞いたよ」


 ブリジットは何事もなかったかのような顔付きで近付いてくると小声で言って、使っていないティーカップを取りお茶を注いで一口飲んだ。


「これを商品化できないのが実に残念だな…」


 歩行器で歩いていた少女が傍らの青年に支えられながらソファーに座って大きく息をつく。ルビーのような瞳が印象的だとヒューバートは思った。


「ベアトリスもお茶を飲む?」


「ありがとう。いただくわ」


「あぁ、そこにいるのは息子のクレメンスだ。最近竜になった…ん?それほど驚いてもいないな。私たちに慣れたか?」


 ブリジットはそっと隣に座ってアウレリアの傷跡に指先で触れた。


「可哀想に。南ではまだこんな非人道的な拷問を行うのか…」


 ブリジットが癒しの魔力を流しているのか、アウレリアの傷跡が少し薄くなる。


「今日はこのまま宿泊すべきだと私は思うよ。ヒューバートだって夜間に熱が上がるかもしれないし、このお嬢さんを連れて寮に帰る訳にもいかないだろう?」


「でも…ここは第八王子のお屋敷で、平民の僕がいていい場所じゃない…」


「レイは気にしないよ。セオも宿泊している。日々の鍛錬と夜行カタツムリの世話も兼ねてね。セオは天蓋付きのベッドを辞退して使用人の部屋を使っているが、二人で眠るなら広いベッドの方がいい。その首…求愛の印じゃないか。夜は一人で寝るなどと野暮なことは言うなよ?」


 ブリジットはニヤッと笑った。


「えっ…いや、僕は…そんな…」


 ヒューバートは言葉を選ぼうとしたが気持ちを表現するのに相応しい言葉が出てこなかった。


「求愛されたからと言ってそう身構えることはない。弱っているときはこうやって寄り掛かる腕があるだけでも違うんだ。だってこんなに安心してるじゃないか。君が誠実な人だと分かっているからだ」


 ブリジットはお茶を飲む。


「おや?セシル、蹴ったな?そろそろアストリアが戻ってくるのかな?近付くと分かるらしい。恋人の絆には敵わないな」


 やがて本当にアストリアが入ってくる。ヒューバートはアストリアと同級生だった。最近復学したと噂には聞いていた。が、自分のことなど覚えていないだろうと思ったので、小さく会釈した。


「あら?もしかしてヒューバート!?久し振りね。元気そうで良かったわ」


 小声でアストリアは言って嬉しそうに笑う。いつまでも少女のようだとヒューバートは思った。アストリアはヒューバートの腕の中で眠る少女を見下ろした。


「安心して眠ってるのね。有翼種の血を引くのにここまで心を許すって、ヒューバートはきっと気に入られたのよ」


 ヒューバートはアストリアと腕の中のアウレリアを改めて見比べて、少しクセのある黒髪と瞳の色が似ていることに気付いてハッとした。過去に一度だけアストリアが獣の姿になったのを見たことがある。納屋で苦しそうに暴れていたアウレリアもどこか似ていた。だから不思議とそれを見ても怖くなかったのだと今更ながらヒューバートはその事実に気付いて、そんな自分自身に驚いた。


(僕は…アウレリアにアストリアの面影を投影していたのか…?)


 その先のある種の感情にヒューバートは慌てて蓋をした。自分は一瞬何を考えた?そんな訳はない。仮にも第三王子の婚約者だ。そしてその王子は隣に座るブリジットのお腹の中にいる。アストリアはブリジットのお腹に手を当てて愛おしそうに撫でていた。心を閉ざしていたアストリアが元気になってこうしてセシルとの再会の日を心待ちにしている。呪われている自分はそれだけでも十分だと思った。

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