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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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レティシアの訪問

 辺りが暗くなった頃にようやく王宮から戻ってきたフレディは、どういう訳か妹のレティシアを連れていた。すたすたと入ってきた第五王妃の姿にレイの屋敷にいた面々は驚いた顔をした。特に魔術で気絶させられていたケイトリンとジュリアンとライリーは目覚めてからまだ間もなく、モリス教授が後遺症などがないかを確認をした後に、ぼんやりとアマロックの料理を食べ始めたところだったので、一気に覚醒して三人揃って固まってしまった。


「こんばんは。お食事中のところを失礼するわ。私はお忍びでジュディスに会いに来ただけなので見なかったことにして、どうぞごゆっくり」


 にこやかに挨拶をしたレティシアとは対照的に学院長は疲労しきっていた。


「君たちを襲った三名の補助講師は王宮の警備隊に引き渡した。よって処罰も国王が下す。学院には二度と戻らない」


 即、三人の首を刎ねろと、まるで荒れ狂っていた王子時代を彷彿とさせる国王オーブリーの怒りをなだめるのがとにかく大変だった。フレディが止めなければ今回の事件に関わった伯爵家と男爵家は危うく男子の後継者を尽く失うところだった。とはいえ国王の不興を買った時点で、すでにその家名は地に落ちたにも等しかったがフレディも同情はできなかった。

 王宮の警備隊が来た際に三人は吐いたり失禁していたりで見るに堪えない有様だったので、引き渡す前に急いで魔術で清潔な状態に戻さねばならなかった。中の一人はごめんなさいごめんなさいとひたすら繰り返しながら震えていた。ミシェルに確認したが、さぁと私は何も、と実に白々しい返事が返ってきたのみだった。嫌な予感がして不在の間に出入りした者の名前を確認する。なるほど、とフレディは思ったが、言及するのは諦めた。モリス教授に言われた言葉が耳に残っていたからだった。


(いや…だが、そうなると、私だって…知らなかったとはいえ…触ってしまったじゃないか…)


 まだ柔らかい軟骨のような頼りない角の感触を思い出してしまいフレディは片手で顔を覆った。傍らで夫の様子を伺っていたフロレンティーナが密かに笑ったのにもフレディは気付いていなかった。

 一方でレティシアはレイとジュディスの寝室の扉を叩いていた。そもそも結婚前の男女を同室で自由にさせている兄に対しては色々と意見したいところだったが、ジュディスが魔力切れを起こして倒れかけたり、出血多量で危なかったりと色々と話だけは聞いていたので、大目に見るしかないと半ば諦めてもいたのだが。


「はい…?」


 扉を開けたレイは裸にローブを羽織っただけで出てきた。透ける天蓋の向こうでは慌ただしくジュディスが服を着ているのが見える。レティシアは急に大きくなった息子を見上げて目を見張った。


「本当にレイ…なの?」


「えっ…お母さま、こんな時間に…急にどうしたんですか?」


 レイはやや眉をひそめて伸ばした銀の髪を掻き上げた。若い頃の夫によく似ていると思ってレティシアはその思いを誤魔化すかのように咳払いをした。


「ジュディスは…大丈夫なのかしら?お見舞いの品を持ってきたのよ。竜の卵よ。好きだと思って」


 バスケットの中には王宮の温室で採れた珍しい南の果物が入っていた。竜の卵と呼ばれるその実は、外側はその名の通り竜の卵の殻のような見た目をしているが、中は白く濃厚な甘味のある果物だった。その昔、幼い頃にジェイドと一緒に隠れ食いして温室で種を行儀悪く飛ばして遊んだのだった。芽が出てたくさん実がなったらいいなと言った幼いレティシアの頭を撫でた少年はどこか淋しげな目付きで微笑んだ。


「何十年後かな…そのとき私はここにいるのだろうか…」


 あの時ジェイドはすでに自分の運命を予感していたのだろうかと、後にレティシアは思ったが、まさか本当にあの種が根付いて実がなる日が来るとは思っていなかった。


「入るわよ」


 レティシアが大きく扉を開けるとレイは慌てて空気を掻き集めるような動きをして大急ぎで扉を閉めた。部屋の中には濃密な甘い香りが漂っていた。


「何?この部屋すごくいい香りがするわ…何だか美味しそう…というか…」


「こんばんは、レティシア」


 ジュディスの顔の腫れは、かなり治っていたが、すでに変色し始めており唇の横には僅かに切れた傷が残っていた。それを見たレティシアは胸が痛んだ。


「王宮の温室に生えた竜卵木に実がなったのよ。みんなで食べようと思って採ってもらったの」


「わぁ!ほんとだ!これ、旨いんだよ。えっ?本当に実がなるまで種から育ったのか?すごいな」


 ジュディスは悪戯な目をしてレティシアを見る。覚えているのだと思った。ジュディスは手慣れた様子で皮を剥きとると自分では食べずに最初にレイの口に入れた。


「種は噛むなよ。どうせならフレディの温室にも植えてやろう。どうだ?」


「わ!なにこれ!すごく濃厚な甘さだね。美味しいよ」


 そう言いながらレイはジュディスの指先に滴る果汁をペロリと舐める。ごく自然な動作だったのでレティシアは見逃すところだった。


「ちょっと、レイ!はしたないわよ」


「…あぁ…お母さま、この状況で、はしたないと言われましても…」


「仕方ないだろ。出産経験のある女性にはこの匂いは何の効果もないからな。二次成長期の衝動に振り回されてるんだから、仕方ないと思って諦めてくれ」


 ジュディスが苦笑する。レティシアもそこでようやく状況が飲み込めてきた。


「あら…この香りってそういうことなの?ひょっとして、私…とんでもないところにお邪魔しちゃったのかしら?それにしても、結婚の準備を進めている間にもうそんな関係になっちゃうなんてね」


 レティシアは急に逞しくなった息子をちら見する。


「すみません…待てませんでした」


 レイが渋々ながら白状するとジュディスが言った。


「いや、私が角で誘惑したんだ。ずっとレイは我慢してた…だから、レイを叱らないでやってほしい…」 


 見ればいつの間にかジュディスも随分と少女らしい身体つきと表情に変わっている。ジェイドだった頃の鋭さはすっかり影を潜めていた。


「レイはあなたにちゃんと優しくできたのかしら?心配だわ。痛いところはなかった?」


 レティシアに訊かれてジュディスは目を伏せると小さく頷いた。


「レイはいつだって紳士だよ…だから、大丈夫」


 ジュディスは微笑む。レティシアがその額の少し上に目を凝らす。よく見ると確かに僅かな突起があった。こんな小さな角が男に及ぼす計り知れない影響力にレティシアは思いを馳せた。夫を置いてきたのは正解だったかもしれないと密かに思う。それにこのジュディスの顔を見たらまた激怒して斬首だと言い出しかねない。


「夜も一緒にいるのは…レイと離れてると…更に香りを撒き散らして…他の部屋にまで影響が出そうになったからなんだ…鼻の利くブルーノが発狂しそうになってしまって。だから一緒にいるのは、この部屋だけに香りを閉じ込めるためでもある…」


 ジュディスはそこまで言うと再び恥ずかしそうに目を伏せた。その隣にレイが立ってさらりと腰に手を回す。


「ジュディスは角が生えてから独占欲が強くなったよね?前は一方的に僕だけが好き好き言ってるみたいだったから、そうなってくれて嬉しいけどね」


 レイはレティシアの前にも関わらず顔を寄せて囁いた。この香りのせいなのかもしれない、とレティシアは思った。いつにも増してくっついている。以前のジュディスならそうされても自分から離れているところだ。密着したままレイはふと首を傾げて近くに立つレティシアを見た。


「あれ?うーん…これ、言っていいのかなぁ?でも、見えちゃったから言うね。気を悪くしないでね。お母さま、また月のものがいつもより遅れてるだけだと思ってない?」


「な…突然何言い出すのよレイ…!?まぁ…元々そういう体質だけど。こう見えて私、繊細なのよ?」


 レティシアは慌てた。確かにそうだ。今月はまだ来ていない。けれども、息子に指摘されるとは。


「レイには見える…というか聞こえるんだ。私にはさっぱりだけど」


 ジュディスが真顔で言う。何の話だろうとレティシアは思いつつ一つの可能性に思い至る。


「お母さまのお腹の中に僕の弟でもあり妹でもある子がいるんだよね…僕たちの子と同い年になりそうだよね、時期的に」


 そう言ってレイは卵のあるお腹を撫でた。レティシアはその仕草を不思議に思って、重大なことを言われたのに聞き返すのを後回しにしてしまった。


「なぜそれでレイが自分のお腹を撫でるのよ?」


 途端に二人はしまった、という表情になる。


「あ…いや、実は…今、精霊の卵があるのはレイのお腹の中なんだ。オーブリーは…なんて?」


「…そんなこと、一言も…。精霊の営みによって二人の間に卵が出来たとだけ…レイの、お腹の中だったのね…そうだったの。私てっきり…ジュディスかと…だから、そんな状態で襲われたのだと思ってとても心配だったのよ」


「ごめん…僕のお腹にあるって知ったら驚くかと思って報告の匙加減はお父さまに一任したんだよ…余計に心配させちゃったんだね」


 レイが謝る。


「驚いたわよ。あら?さっき私のお腹にも子どもがいるって言ってたわよね?それって…本当なの?」


「助産院で確認できるのはまだ二週間くらいは後かもしれないけど、間違いないよ。フロレンティーナの双子も見つけたのは僕だからね」


「あなた…王子なのに随分と不思議な身体になっちゃったのね。でもこれで…あなたたち以外にもこの王国を継げる可能性を持つ者が現れた…そういうことになるわね?」


 レティシアはホッとしたような、それでもレイとジュディスに王国を守って欲しかったような複雑な気分になった。まだ先のことは分からない、とレティシアは自分自身に言い聞かせる。


「僕は卵の状態で二ヶ月もしたら産めるらしいからね。そう考えると精霊の方が出産は楽なのかもしれない」


「…めちゃくちゃでかい卵かもしれないじゃないか。まだ分からないぞ?」


 ジュディスがレイを見上げる。


「不安になるようなこと言わないでよ。もう、僕だって産卵は初めてなんだから怖いんだからね」


「ごめんごめん、そうだよな。初めては何だって怖いしやっぱり緊張するよな」


 ジュディスが返す。レティシアはとりあえず妊娠を国王陛下に伝えるべきか考えたが、もう二週間くらいは黙っておこうと思った。王宮に出入りしている中で口の固い治癒師や助産師は誰だったかしらと考える。


「二人とも元気そうだし、今日はそろそろ帰るわ。レイもお腹に卵があるなら、恋人同士の楽しみも程々にね」


 レティシアはそう言って微笑むと二人の寝室を後にした。

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