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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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有角種の本能

「何だか今日はあちこちで幸せな空気が漂っているのよね…そのうちあなたにも分かるようになるのかしら?」


 屋敷の寝室でフロレンティーナが呟いた。ブルーノの傷が癒えるまでの束の間の平穏をフロレンティーナは享受していた。傍らのフレディがフロレンティーナのお腹をゆっくりと撫でながら不思議そうな顔をする。


「幸せな空気?」


「…新たな恋人たちが…お互いの気持ちを伝え合って未来に向かって歩もうとしているわ」


「君には見えるのか?その未来が?」


「そうね…今は感じているのよ。だから、この先あなたもそうなるのか…興味はあるわ」


 フロレンティーナはフレディの頭の僅かな角に優しく触れて慈母のように微笑んだ。



***



 厨房の手伝いを終えたエステル親子をいつものように送りながらアマロックは暗くなった道を歩いていた。アマロックがエリアルを肩車して歩く様子は傍目には仲の良い家族のように見えていることをエステルはまだ知らない。学院内にある職員寮に到着する。エステルの他にも戦災孤児の職員は複数名いた。中にはエステルのように学院長が司令官だった頃に進軍先で拾ってロウの屋敷で学ばせ、再びここへ戻ってきた者もいる。王都の物価はそれなりに高いので格安で提供される住居は有り難かった。エリアルは外で光の魔術を練習していた別の職員の子どもらに誘われてそちらに走って行った。


「すぐに戻ってくるのよ!」


 エステルがエリアルの背中に声を掛ける。


「分かってるってば!少しだけだよ」


「じゃ、また明日な」


 アマロックは片手を上げ、いつものように去るかと思った。が、不意に屈んでエステルの額に口付けをして抱きしめてきた。


「おやすみ、エステル。いい夢を」


「お、おやすみなさい」


 エステルは額を押さえて僅かに発光する。アマロックの背中が消えてもエステルはしばらく発光したまま、ぼんやりとそこに立ち尽くしていた。



***



 アリシアへの血の提供場所は夕方以降はレイの屋敷で行うのが暗黙の了解になっていた。ジュディスの体感からいっても夜間に血を欲する回数が多いし、アリシアも同じだと言っていた。だからといって貴族の女子寮を毎回こっそり抜け出す訳にはいかない。寮監にのみ事情を告げて、しばらく夜間はレイの屋敷で過ごすことにした。そんな夕飯後にアリシアは突然ジュディスに声を掛けられた。


「アリシア、ちょっといいか…」


 僅かに眉をしかめたジュディスが同じく固い表情のアリシアを呼び出して二階へと消える。呼ばれたレイとブラッドウッドもついて行くと、アリシアが使用許可を得た部屋にジュディスは入って扉を閉めた。


「アリシア、ここに寝て」


「えっ?」


 アリシアは僅かに怯えた表情を浮かべる。レイがジュディスを止めようとしたが、ブラッドウッドに静止された。


「いいんです。早めに行わないと…アリシアの命が危ないので。アリシア横になるんだ」


 ブラッドウッドのいつになく強い口調にアリシアは不安げな表情を浮かべながらもゆっくりとベッドに横たわった。


「二人とも…見てるな?見ていても気持ちのいい光景じゃないが…耐えてくれ」


 ジュディスは素早くアリシアの上に飛び乗ると、首筋に指先を這わせた。屈んだジュディスはアリシアに口付けをする。一瞬抵抗する素振りを見せたアリシアだったが、両手にジュディスの指が絡んで動きを巧みに封じられた。ひとしきり口付けした後にジュディスはアリシアの首に小さな牙を立てて血を飲み始めた。すでにアリシアは抵抗を止めていた。むしろうっとりとした表情でジュディスに全てを任せているようにも見えた。


「…終わったぞ。これで大丈夫なはずだ…」


 唇の端についた血を舐め取ってジュディスはアリシアから離れる。ジュディスは呆気に取られているレイの顔を見つめて、ため息をついた。


「私が…有角種じゃなかったら、こんなことをする必要はなかったんだけどな」


 ジュディスはまだぼんやりとしているアリシアの手を引いて優しく起こした。


「ジュディス…」


 アリシアは起き上がるとジュディスに近付いて急に匂いを嗅ぎ始めた。


「うん…もう大丈夫になった。すごく…いい匂い…」


 アリシアからは先ほどまでの怯えた様子はもう感じられなかった。ジュディスも普段通りに戻っている。


「どういうこと…?」


 腑に落ちない様子のレイにブラッドウッドが説明を始めた。聞き終えたレイは頭を抱えた。


「…なるほど、全ては有角種だからなのか…それにしたって、一妻多夫婚はともかく、二次成長期の他の魔族の雌が近くにいたら殺しちゃうとか…どんだけ血気盛んなの。知らないことばかりだよ」


 先ほどの行為は、アリシアを自身の支配下に置いて見逃すためのものだとようやくレイは理解した。支配下になる前まではお互いから不快な匂いを感じて敵意を覚えるが、血を交わすと明確な上下関係が成立する。口付けしていたのはどうやら血を飲ませていたようだった。現にアリシアはもうジュディスに懐いているようにすら見える。


「ねぇジュディス…いや、やっぱりなんでもない…」


 レイは何かを言いかけたが苦笑して首を横に振る。


「じゃあ、アリシアとブラッドウッド先生は、どうぞごゆっくり」


 レイはそう言ってジュディスの手を引いて部屋を出ると、そのまま二人の寝室に入った。レイは膝の上にジュディスを乗せると後ろから抱きしめた。


「ねぇジュディスは…夫が僕一人だけで…大丈夫なの?正直に言って?」


 レイの言葉にジュディスは僅かに考える素振りをした。


「うーん、正直に言うとまだ分からないよ。でも今はレイだけで大丈夫。この先毒が増えたら…どうなるのか分からないけど」


 レイの手が顎に触れてジュディスは上を向く。優しく唇が重なった。


「…血の味がする…ちょっと刺激的…」


「アリシアの血を飲んだからね。アリシアの血にはすでに毒が含まれてる…微量だからレイにはあまり影響ないと思うけど…私にはちょっと…別の影響が出るんだ…」


 そのままレイはベッドにゆっくりと押し倒された。この小さな身体でよく簡単に自分を倒せるなと妙に感心している間にもジュディスの口付けは止まない。やがて首筋を舐められてジュディスの求めているものが分かった。


「何…?別の影響って…血が欲しくなったの?」


「うん…」


 レイはジュディスの頭を撫でながら牙の刺さる僅かな痛みを感じた。繰り返すうちに痛みよりも心地良さが上回るようになってきてレイは自身の変化に少し呆れた。僅かに痺れてぼんやりする。水の上に浮かんでいるような感覚だった。しばらく経ってジュディスはようやく唇で封印し飲むのを止めた。


「レイ…大丈夫?」


 不安そうな顔にレイは微笑んで頷いた。


「始祖の血が覚醒したせいなのかな?このくらいなら平気だよ」


「そう…良かった。やっぱり…レイの血が一番美味しい。始祖の血って、何だかすごく惹かれるんだ…多分精霊も魔族も虜にする…」


 ジュディスはそう言ってレイの胸に身体を預ける。レイはジュディスを抱きしめて身体を横に向けた。


「そろそろ…また封印しなきゃいけないよね。今やってもいい?」


「…うん」


 言いながらも僅かに眉を下げる。不安なのだろう。ヘッドドレスのリボンに指をかけると、ジュディスが僅かに身体を強張らせるのが分かった。そっと外してレイはジュディスの角に唇を寄せる。優しく舌先で舐めると甘い香りが立ち上った。


(大丈夫…)


 初めて封印した時よりはまだ落ち着いていられるとレイは思った。魔法陣が発動している。一週間に二回くらいはそうした方がいいとアストリアからは教えられていた。


「レイ、早く…」


 ジュディスの声が僅かに震える。レイは念入りに舐め続けて再び封印を施した。


「…終わったよ」


 レイの声にジュディスは顔を上げて不満そうな声で言った。


「なんで…レイだけ…そんなに余裕なんだ…?」


 ジュディスは顔を赤らめ、少し息が荒くなっている。


「余裕な訳じゃないよ…」


 レイは微笑んでジュディスを抱き寄せた。そっと落ち着かせるように背中を撫でると、強張った身体から徐々に緊張が抜けていくのが分かった。


「少しの間息を止めてたからね。今はお腹に卵もあるし…我を忘れたらちょっとまずいかなと思って」


 ジュディスの手がレイの腹部にそっと触れる。卵のある位置を把握している優しい触れ方だった。


「うん…そうだな…大事に育てないと…」


「まだジュディスは怖い?」


「…うん…でも前にレイと話したときほど、怖くはないよ…どんな子でも…二人の子どもだから…」


 生まれてきてごめんなさいと悲しんでいた赤子の頃のジュディスの記憶を思い出して切なくなり、レイは優しくその背中を撫で続けた。


「大丈夫だよ。僕が今度こそ二人とも守るから」


 レイの言葉に腕の中のジュディスが小さく頷いた。

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