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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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無い物ねだり

 同時刻に学院長はシリルと共に神官のガルブレイスの元を訪れていた。ガルブレイスとの接触を避けていたシリルだったが蔦の種を飲んで以降体調が良くなったのか、急に活動的になった。シリルを見た途端にガルブレイスは逃げ出そうとしたが遮断して隠れていたブリジットにあっさりと拘束される羽目になった。


「よくも我を封じ込めてくれたな…しかも悪しき魂まで呼び寄せおって。お主はいったい何をしたかったのじゃ」


 シリルを見たリュイは何故かホッとした表情を浮かべる。が、シリルの口から出た言葉は残酷だった。


「リュイよ、悪しきリシャールの魂によってリュカの身体は砕け散ってしまったぞ。そなたの半身は永遠に失われた。お主が我を裏切った報いじゃ。永遠にその痛みと向き合うがよい」


 リュイは顔を覆ってその場に崩れ落ちる。ブリジットはまじまじとその姿を観察した。一見すると幼い子どものように見えるが恐らくそうではないだろうと、ブリジットなりの勘が働く。


「私は…サフィレット嬢を…第三王子の妃にするのを阻止するように…命じられただけだ…リシャールの印の入った者の血を神聖なる王朝に招き入れることは許さぬと…神官長が…」


「果たして本当にそうかの?神官長はむしろこの結末を望んでいたのではないのか?リュカの身体にリシャールの魂の欠片を仕込み最終的にはサフィレットの身体を乗っ取らせる…リュカの身体のままでは半獣人の雄の誘惑は出来ぬからの。そうしてサフィレットを使って己の意のままに王子たちを操り裏から王朝を牛耳る…神官長の浅はかな考えなど手に取るように分かるわ」


 シリルは鼻で笑う。ガルブレイスは憎悪もあらわにシリルを睨んだ。


「老いとは無縁のお主には分からぬだろう。短い一生の間に束の間でも権力を得たいと願う者の気持ちが」


「あぁ、分からぬな。権力など握っても面倒なだけじゃ。が、王朝の為などと口先では高尚なことをほざきながらその実、私利私欲を満たす為だけに王朝を牛耳るのだとしたらこちらも見過ごすわけにはいかぬからの。いつでもその割を食うのは民草じゃ」


 シリルとガルブレイスは睨み合う。が、負けたのはガルブレイスの方だった。不意にガルブレイスは目を逸らして疲れたようにため息をついた。そうして腹の辺りを押さえて顔をしかめた。


「どうせ私は与えられた役目すらこなせない…もうじきこの身体も朽ちる…副神官長の座にいながら欲に染まらないお主が憎かった。いつも飄々としおって…何も持たず…縛られず…」


 シリルはその言葉に思わず笑い出した。


「縛られず…?何千年と彼の地に縛り付けられ思うままにも動けなかった我に言う言葉がそれか?生まれ戻ってくる度に我が子を贄に捧げて悪鬼を鎮めねばならず、死すら叶わぬこの身の絶望を知らぬから言える言葉じゃ」


 ガルブレイスはシリルの覇気に飲まれて言葉を失う。シリルはガルブレイスを睨んでいたが、ふと肩の力を抜いた。


「…やれやれ、じじいの争いはみっともないの。すまぬ」


 我に返ったシリルは傍らの学院長を見上げて気まずそうに頭を掻いた。


「いや…私も…いよいよ人にとっての永遠に近い時間が見え始めて…空恐ろしく思っていたので…身につまされる」


「ふん、皆揃って悲観的だな。この永遠に等しい生き地獄を楽しまずしてどうする?あぁそうか、私は半分女だから感覚が違うのかもしれないな。男共は女々しいな。女々しいのはいつだって男なのに何故女々しいと言うのかは常々納得いかないが。リュイと言ったか?そなたはどうだ?」


 ブリジットの言葉にリュイはゆっくりと顔を上げた。不思議なものを見るような顔付きで美しいブリジットを見つめる。


「僕は…いつから…こうなのかも…もう覚えていない…でもリュカがいなくなってさみしいよ…一人はこわい…」


 リュイは涙をこぼす。


「リュイも蔦持ちじゃが…蔦も出せず…すぐに記憶を失ってしまう。全て記憶するジュディスの逆じゃな。ソロとトリニティの人格が混乱させるのかと我が預かってみたが、変わらなかったようじゃ…」


 シリルは困ったように告げた。


「えっ?人格を預かる?そんなことが可能なのか?」


 ブリジットが途端に興味津々な顔になる。シリルはニヤリと笑った。


「あまり褒められた術ではないがの。蔦は記憶をも司る…そこに記憶を封じ込めて、その蔦ごと引き抜いて飲み込むと…こちらに移せるな」


「シリル殿、そんなことを教えたらブリジットはそのうち実行しかねないから説明はその辺までに。ブリジット何を考えている…?」


 明らかに良からぬことを企む顔つきのブリジットをフレディは横目で睨む。


「いや…そうであるなら、理論的には女神の領域にいるジェイドを引っ張り出すことも可能なのかと思っただけだ。あれはいい男だからな。あちらに留めるのは実に惜しい。ジェイドの力をこちら側に引き出せないかと思っただけだ」


 ブリジットの言葉にフレディは額を押さえて脱力した。やはり嫌な予感は当たる。


「シリル殿、ガルブレイス殿、リュイ殿を少し預かってもいいだろうか。蔦を出して使いこなす特訓を今私の周りで皆が行っているからなのだが…一緒にやってみてはどうかと」


 ブリジットは急に殊勝なことを言ってフレディ以外の二人までもを驚かせた。


「なんだ?フレディ?」


「いや…意外とブリジットは教育者に向いているのかもしれないなと思っただけだ」


「意外とはなんだ。相変わらず失礼だな」


 ブリジットはフレディの言葉にふんと鼻を鳴らした。



***

 


「もうっ、本当に南の方々って無駄に我慢強過ぎるっていうか…どうしてあんなに悪くなるまで放置してるのよ」


 ガルブレイスの薬を調合しながらモリス教授はため息をついた。いつも研究棟にこもりっぱなしのベンジャミンが試験管を振りながら苦笑した。ガルブレイスの魔力中枢を圧迫するようにして育っていた腫瘍をジュディスとレイが取り除いて、彼もまたレイの屋敷で様子をみることになったばかりだった。


「第八王子の屋敷は西と南の合流地点ですね。種族も様々ですから異文化同士が交流して新しい習慣が生まれるかもしれませんよ」


「あなたも今度いらっしゃいよ。研究に没頭するのもいいけれどたまには息抜きも必要よ?」


「今は整った設備の中で研究できるのが嬉しくて。そうですね、でも今度ご一緒してもいいでしょうか」


 ビーカーに入れたハーブティーをベンジャミンが飲むのを見てモリス教授は呆れた。


「あなた、いつかお茶と間違って試薬を飲んでしまいそうで怖いわよ。あとこれは、ジュディスから頼まれたの。これが一番猛毒のアマロックの血だから取り扱いには注意してね。こっちはそこそこ危険なブラッドウッド先生の血、そしてこっちが未知数のジュディスの血」


「魔族の血に対する耐性を高めるなんて、昔は戦うためにやろうとしていたことが、今じゃその逆よ。手を取り合って生きていくために毒を取り込むって素敵だと思わない?それにしてもジュディスの血って何だか綺麗よね…レイも美味しいなんて言ってたし、ちょっと味見したくなっちゃうわよね…って冗談よ。なによ驚いた顔しちゃって」


「いえ…まさかまた血の研究をすることになるとは思っていなかったので…第五王子の時にも師匠と調べていたので」


「ごめんなさい、私ったら」


「いえ、今後の研究に活かせるなら亡くなった師匠も本望だと思いますよ」


 ベンジャミンはラベルに種族名を書き込みながら穏やかな笑みを浮かべた。師匠の研究を引き継ぎ役立てる。それが失った命への弔いだと思った。

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