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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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アマロックの血

 同じ頃、人買い商人にぴったりな人相のその男はジュディス相手に左腕を差し出し渋い顔のまま押し黙っていた。言わずもがな眼帯をつけたアマロックである。


「一口飲ませてくれ」


 そう言ってアマロックはジュディスに唐突に血を要求されたばかりだった。だが血を飲むのは言った本人ではなく、彼女の婚約者である第八王子の方だった。


「な、なんで王子に血を飲ませる必要があるんです?」


 アマロックが尋ねるとジュディスは器用に血管の近くを切って小さなグラスに注ぎながら何でもないことのように告げた。


「私に魔族の有角種の角が出たからだ。まだ小さいけどな。魔族の二次性徴期というやつだ。どの程度まで増えるのかは未知数だが…そろそろ体内で毒が作られ始めるだろ…」


 グラスにはよく見ると目盛りが刻んである。きっちり計ってジュディスはアマロックの傷を塞ぐ。


「うっかり口付け以上の行為に至ってレイが女神の領域に落っこちたら困るからな。アマロックの血で早めに耐性を作るしかない」


 ジュディスが言ったことはすぐに理解できたが、理解できたからと言って冷静でいられるかと言ったらそれはまた別の話だった。二次性徴期?しかもよりによって有角種の?結果としてアマロックは内心の戸惑いを抱えながら沈黙してしまった。その間にジュディスはレイにアマロックの血を飲ませる。卵に影響がないのはファラーシャに確認済みだった。精霊の繋がりで起こった事象は肉体の変化とは別の次元に存在しているとファラーシャは言った。とはいえ様々な毒に耐性のある王家の第八王子をもってしてもアマロックの血の毒性は強かった。結果としてレイは青ざめてしばらく手の震えと冷や汗が止まらなくなってしまった。その程度で済んだのはさすがと言うべきではあったがレイ自身は驚いていた。


「アマロック、エステルにも滲んだ血を舐めさせたことはあるか?」


 震えるレイの手を握るジュディスの何気ない言葉にアマロックは隻眼を見開いて振り返った。


「な…っ…何で急にそんな話をするんですか?そんな危険な真似する訳が…」


 けれどもジュディスは静かに続けた。


「アマロックだって、誰かとの未来を願ったっていいと思うぞ?エステルだって望んでる。そうじゃないのか?だったらエステルの身体にも毒の耐性を作ってゆく…近くには幸いなことに何人か魔族の血の入った者もいるんだ。薄いのから順番に取り込んで耐性を上げる、みんなで協力できる環境があるんだ、そうだろ?ブラッドウッド」


 不意に今の今まで気配を消していたブラッドウッドとアリシア、それにエステルが遮断された空間から姿を現した。アマロックは息を飲む。気付かなかった自分に歯噛みした。エステルは俯いていたが意を決したように顔を上げると言った。


「私は…ずっと逃げてました。だから最初あなたの言った申し出にもむしろ都合がいいと思って返事をしてしまったんです。魔族の血は毒だから深い関係にはなれない、それでもいいならって…でも最近になって…もう少し近づきたいと思ってしまいました。だから毒の耐性を上げたいって思ったんです」


 必死で言葉を繋ぐエステルの手をアリシアが勇気付けるように握っていた。


「使えるなら私の血もあげます。ブラッドウッド先生に貰ってばかりの私でも役に立てるなら喜んで協力します」


 周囲の言葉に圧倒されてアマロックは困ったように眉を下げた。それだけで怖い印象がガラッと変わる。急に情けない表情になったアマロックは体格に似つかわしくない小声で言った。


「エステルは…本当に…そんな危険を冒してまで、俺と一緒にいたいと望んでくれているのか?」


 アマロックの言葉にエステルは力強く頷いた。それを確認してもなおアマロックは迷っているようだったが、横からジュディスが鋭く言い放つ。


「アマロック、返事は?」


「分かりました。みなさんに…協力してもらいます」


 強面の料理長の顔が赤くなるのを見たアリシアはひっそりとエステルに囁いた。


「料理長って一見すると怖そうだけれど、案外かわいいところもあるのね」


 エステルは思わず赤くなり光を放った。



***



 エステルから事の顛末を聞いたフロレンティーナは、友人を優しく抱きしめて祝福した。


「今日アリシアの血を…舐めさせてもらったの。私、光るだけしか魔力がなかったのに、アリシアの血はとりあえず平気だったわ。これから少しずつ試していくつもりよ」


「どうしてよりによってアマロックなのって思ったけれど…あなた本当に好きなのね。血の耐性が上がったら、あの眼帯に隠された目もいつか見れる日が来ると思うわ」


「えっ?私てっきり隻眼なのだとばかり…」


 エステルは驚きの声を上げる。


「ちゃんとあるわよ。魔族の力が強過ぎるから普段は隠してるの。良かったわ。あのとき抉り出さなくて」


 フロレンティーナの言葉にエステルは何とも言えない表情になった。抉り出す?


「アマロックも自暴自棄になってた時期があったのよ。魔族の力を捨てたがってた。あの人、自分の出自は話してくれた?」


 エステルは頷く。想像を絶する話だった。


「ソロ…じゃなかった、シリルさんによって生み出された殺人兵器だって。シリルさんもまた狂王に捕まっていてそうするしかなかった時代の話だって聞いたけど…」


「アマロックとシリルとジュディスは…だからみんな色んな血が混じってるのよ。南で生き残るためには強くなるしかなかったのね。身体を変えてでも」


 不意にエステルの浮かべた不安の表情にフロレンティーナは気付いた。


「彼も…南に行くんですよね。恐らく決定は覆らないって…」


「そうね。もう人選は始まっているわ。この屋敷からも何人か…。陛下はジュディスとレイを足留めするつもりはなさそうね。意外だったわ。止めても無駄って分かってるからなのかしら。でもサフィレットが絡むとフレディまで飛び出しそうな勢いだから困ってるのよ。あの人そろそろ竜になりそうだし。私もブリジットも妊婦だし、タイミングが悪いわよね」


「私は…自分で出来る範囲の努力をして…彼の帰りを信じて待とうと…思ってるの。彼にも帰る場所があるって、待ってる人がいるって、そう思ってもらえたなら戻ってくる理由になるかなって」


 言いながら顔を赤らめて少し光ったエステルをフロレンティーナは再び抱きしめた。長い間エステルが縛られていた己の呪縛から抜け出そうとしている、そのことがフロレンティーナは嬉しくもあり、それでも試練を乗り越える道を選んだことがほんの少しだけ切なかった。

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