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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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蔦を呼ぶ

 ブリジットが不意に背後に気配を感じて振り返るとアストリアに支えられたブルーノがゆっくりと階段を降りてくるところだった。


「ブルーノ、寝ていなくて大丈夫なのか?」


 ブリジットの声にブルーノは頷く。


「寝ていられないです…サフィレットがいないのに」


「まだ傷も塞いだばかりだから無理は禁物よ?」


 アストリアが困ったように言って、近くのソファーにブルーノを座らせた。


「僕も早く蔦を使いこなせるようになりたいんです。夢の中だとうまくいくのに、こちらだと勝手が違って…だから、他の蔦持ちの方々にも出し方を聞こうかと思って」


「…うん?どうした?アストリア」


 物言いたげに顔を見つめるアストリアに、ブリジットは怪訝そうな顔をした。


「あの…お腹を触っても…いいですか?」


「あぁ、なるほど。セシルに会いに来たのか?もちろんだとも」


 笑ってブリジットは手招く。ブリジットのお腹を撫でながらアストリアは目を閉じた。


「私とセシルも、この屋敷を使っていたんです。この大広間でセシルと私は羽化の守の絆を結びました。またここでこうして出会えるなんて思ってもみなかったけれど…」


 ブリジットのお腹の中でセシルが動くのが分かった。小さな足で蹴る。振動が伝わってアストリアは笑った。


「喜んでいるみたいだな。きっと君が近くにいるのが分かるんだ」


 ブリジットは言いながら掌から蔦を出す。薄紫に光る綺麗な蔦だった。


「君とジュディスの実から生まれた蔦は美しいな。ブルーノ、魔力中枢にある蔦の根幹部分を意識するんだ。ま、これはジュディスの受け売りだがな。腹の中にある蔦の根を探れと言っていた」


「…なるほど…蔦の根…」


 ブルーノは目を閉じる。


「あとは魔力を流すのと同じ要領だ。腹から指先に向けてその蔦を呼び出す」


 不意にお腹の辺りにブリジットは不思議な温かさを感じた。アストリアの掌から出た蔦がブリジットに触れている。


「あ…ごめんなさい」


 慌てて離そうとした掌をブリジットは押さえた。


「いや、大丈夫だ。セシルが交流したがっている」


 蔦はそのままブリジットの中に浸食してゆく。少しくすぐったい。ブリジットの脳裏に小さな笑い声が響いた。


(他の蔦とたくさん交流したら成長がもっと早くなるよ。僕は女神の領域と行き来しやすいから分からないことは教えてあげられる。自分から出しにくいなら他の蔦で引っ張り出してあげて。そのうちその感覚を身体が覚えるから)


「なるほど。どうやら腹の赤子の方が我々よりも蔦に関しては詳しそうだな。ブルーノ手を出せ」


 ブルーノは言われた通りに掌をブリジットに向ける。その掌に合わせてブリジットは蔦を出した。


「あ…!」


 ブルーノは掌の中にブリジットの蔦が入ってくるのを感じた。それが腕の中を進んでゆく。少しくすぐったいと思った次の瞬間に魔力中枢の一部分がゾワッとして何かが一気に身体を這い上がるのを感じた。


「つかまえた」


 ニヤリと笑ってブリジットがゆっくりと掌を離す。ブルーノの掌からもブリジットの蔦と絡まった幾分か細い蔦が出てくるのが分かった。


「…今ので…根幹の位置が…なんとなく分かりました」


 ブルーノは掌から出た蔦を眺めながら言う。不思議な感覚だった。


「お?何だ?みんな蔦だらけになってるけど」


 テラスから室内に入ってきたジュディスが額の汗を拭いながら笑う。後ろから滝のように汗を流したセオがふらふらしながら現れた。


「少し休憩しよう」


 ジュディスは厨房に入って冷えた水の瓶を持ってくるとセオに一本渡した。自分も開けて半分ほど飲んでレイに渡す。レイの姿がかなり変わっていることにその時になって初めて気付いたブルーノは驚きのあまり蔦が引っ込んでしまった。


「レイ…?急に…戻ったのか?」


「ブルーノ、もう起きて大丈夫なの?元に戻った以上のことが色々と起こったけど、まぁなんとかなってるよ」


「レイ…ひょっとして僕より背が高くなってない?」


 ブルーノは不服そうな声を出したが隣のジュディスを見てゾッとしたように口と鼻を覆った。


「ジュディス…何?この匂い…」


「匂い?」


 不意に立ち上がったアストリアが慌ててジュディスの方に歩み寄る。


「な、なに?アストリア」


「ごめんなさい、テラスの方まで下がってもらえる?ブルーノが反応しちゃう。あなた、まさか魔族の血も入ってるの?」


 アストリアの真剣な眼差しに慌ててジュディスはテラスに逃れた。遠目にブリジットがブルーノの周囲を遮断したのが分かった。


「あ…うん…。私たちの間にできた実を食べたら…急に角が出たんだ」


 ジュディスはヘッドドレスで覆った頭を指差す。


「あぁ、それで…。あのね、魔族の雌の有角種の角は、半獣人の嗅覚なら触っても触らなくても匂いが分かってしまうのよ」


「えっ、そうなのか?」


 ジュディスが思わず額を押さえる。


「どうしたらいいんだ?」


「とりあえず…第八王子を呼ぶわね」


「なに?どうしたの?」


 レイが後ろから突然声を掛けてきたので、アストリアは仰天した。


「急いでジュディスの角にあなたの匂いをつけて中和するの。じゃないと半獣人の雄の嗅覚は布で覆ったくらいじゃ回避できないから」


「えっ…そうなの?触られたらダメってのは知ってたけど…匂いって…どうやるの?」


 傍らのレイを見上げたアストリアはふと複雑な表情を浮かべた。


「当たり前だけど…あなたもセシルに似たところがあるのね…いい?今すぐジュディスの角を舐めて牽制して」


「えっ?な、舐める?」


 レイは面食らった顔をしたが、アストリアの圧力に負けた。


「あなたの鼻でもジュディスの香りが感じられるくらいに舐めてから、可能なら婚姻の魔法陣で封印して。学院中の半獣人の雄に追いかけ回されるジュディスなんか見たくないでしょ?」


「わ、分かったよ」


 レイは周囲を遮断するとジュディスのヘッドドレスに手をかけた。


「ち、ちょっと待って。心の準備が…」


 ジュディスは途端に気弱な表情を浮かべる。


「…いい?」


 ジュディスは渋々ながら頷いてギュッと目を閉じた。ヘッドドレスを外されて無防備になった角にレイの唇を感じる。が、その後の感覚がまずかった。角を舐められるとジュディスは次第に冷静さを失った。必死で耐えようとしたが無理だった。鼓動が跳ね上がり身体が勝手に熱くなる。


「レイ…まだ?もう…無理…」


 呼吸が乱れてジュディスは口を押さえる。熱心に舐めていたレイもまたその香りに理性を失いそうになっていた。


「ジュディス…婚姻の魔法陣を…刻むよ…」


 レイはギリギリのところでなんとか耐えて角の上に右手をかざす。香りに酔っているのが自分でも分かった。


「ジュディスへの愛を…永遠に誓う…」


 レイの呼吸も荒くなっている。魔法陣を刻み終えて二人は思わず口付けを交わす。止められなかった。


「僕たち…どうか…してるよ」


 合間にレイがつぶやく。


「う…ん」


 自分の中に己のものとは思えないほどの欲望が渦巻いていることにジュディスは気付いてしまった。やっとのことで唇を離してレイの肩に顔を埋める。


「これ以上…は…ダメだ…」


 レイも同じことを考えていたようでジュディスの背中をなだめるように撫でながら頷いた。落ち着くために二人は何度も深呼吸を繰り返す。ようやく二人が遮断の中から出てくると、ブリジットが何やら物言いたげに二人の顔をニヤニヤしながら見てきた。この状況を完全に面白がっている。師匠の悪い癖だとレイは思った。


「…いったい、いつの間に恐れを乗り越えたんだ?それどころか、むしろくっつきたくて仕方ないように見えるぞ?」


「どうせお見通しなんでしょうから否定はしませんよ…角を…封印するにも一苦労だ…」


 レイは一気に疲れ切った顔をしていた。ジュディスも幾分かまだ顔が赤かった。


「…ジュディスって…魔族の血も引いてたんだね…あ、さっき念の為に抑制剤を飲んだから、今はもう平気だよ」


 ブルーノはやや困惑したように言う。


「こっちこそ、悪かったな。少し考えれば分かりそうなことだったのに。今後は特に気をつけるよ」


「個人的にはブラッドウッド先生とアリシアにも…言っておいた方がいいと思うよ。だって有角種って魔族の中でも上級でしょ?いきなりジュディスの血が欲しくなっちゃう場合もあるかもしれない。せっかくアリシアも落ち着きそうなのに、学院内でジュディスを襲うようなことになったら、また吸血事件だって大騒ぎになっちゃうよ」


「あぁ…そうだな。あとは…アマロックにもか…参ったな」


 ジュディスは角を封じたレイの魔法陣を意識しながら頭にそっと手を触れた。


「大丈夫?違和感ある?」


 レイが不安そうにジュディスの頭を見下ろす。


「いや、そうじゃないんだ。レイの魔力が…随分と強くなったなと思って…」


「僕は言われた通りに出来る限りのことを全力でやっただけだよ」


「うん…じゃあ多分…これが始祖の血…なんだろうな…。十二人の妻の仲が良かったって話もあながち嘘じゃないのかもなと思ってきただけだよ」


 ジュディスはそれきり口をつぐむ。レイは何故急に十二人の妻の話が出てきたのかも分からなかったが、ジュディスに聞き返すのもためらわれて結局押し黙るしかなかった。

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