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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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清めの炎

 その後国王陛下と共に一同は元第七王子の屋敷へと向かった。図らずもアリシアと契約を結んだリュカが爆死してしまった為、契約そのものは解除されていたが、屋敷周辺の空気は相変わらず澱んでいた。セシリアと共に生徒会の仕事を片付けていたセオも合流する。不安そうなアリシアの隣にはブラッドウッドが付き添っていた。ブリジットとクレメンス、それにベアトリスもついてきた。


「ダリルが最期を迎えた場所だから…」


 呼ばれたダリルの弟のリアムもやってくる。ダリルの隣にはウォードがいた。ウォードもダリルと戦ったのだと、リアムに小声で話しているのが聞こえた。皆追悼の意を表す黒い衣装を着ている。フロレンティーナと手を繋いだ妹のアドリアーナが数歩前に出る。その後ろからシリルが南の正式な副神官長のなりで現れた。


「本当にわしで良いのか?」


 傍らの国王を見上げてシリルは気まずそうな表情を浮かべる。隣の国王もまったく同様の表情で相手を見下ろしていた。数十年振りにうっかり屋敷で鉢合わせしてしまった二人は言うまでもなく明らかに不機嫌になっていた。


「曲がりなりにも副神官長の役職を担う者がいるなら、祈りを捧げてもらうのが筋というものだろう…遺憾ながらこの国の清めの魔術師では払い切れなかったようだからな」


「とことん呪われておるのぅ…お主は、もうちっと我の子に感謝してくれても良いのだぞ?お主が生き残ったのはあれが羽化の守を務めたからじゃ。血が混じったお陰で生き永らえた。この意味が分かるか?」


 足元の地面に魔法陣を描きながらシリルは笑う。


「どういう…ことだ?」


「西の精霊の血は年々弱っておって、お主の選んだ最初の伴侶の呪いに食い尽くされ、とうとう禍々しく変わってしまった…。これでも精霊の嘆きの声は聞こえるからの。第八王子が我の子と再び出会わなければお主も第八王子も…今頃は墓の下じゃ。蔦の眷属の血は呪いと祝福をあざなう血…互いを飲み込み我が身に取り込んで別のものへと昇華させる…ま、毛嫌いしておる我の血をお主が飲んだも同然と思うと、片腹痛いわ」


 嫌味を言っている間にシリルは古代術式の美しい魔法陣を描き終わっていた。


「我が子は第八王子との結びつきが強くなってしまったからの、今ここで血を流すと別の精霊が湧いて出て収拾がつかなくなる。ここは我とお主の血で清めるのがせいぜいじゃ」


 シリルは鋭く伸ばした人差し指の爪で掌を切る。


「左手を貸せ」


 そう言って爪で同じように国王の掌を切った。シリルはそのまま国王の手を握る。互いの血が魔法陣の中心に肘を伝って流れ落ちるのが分かった。


「シリル殿…感謝を申し上げる」


 苦々しい顔つきのまま国王が告げるとシリルは笑った。


「今更…それか。なんとも拍子抜けするのぅ…。蔦の眷属には祝詞など要らぬのじゃ。ただただ頭を垂れて大地に許しを請うのみ…囚われた魂の解放を願うのみじゃ…」


 魔法陣が光だす。シリルが地にひれ伏す。隣の国王もそれに倣う。前で待ち構えていたフロレンティーナとアドリアーナにシリルは声を掛けた。


「炎を放ってくれ」


 繋いだ手を二人が屋敷に向かって上げると、炎が燃え広がった。どんどん勢いを増して炎は屋敷を飲み込んでゆく。


「兄さん姉さん…さようなら」


 ジュディスと手を繋いだレイが小声でつぶやくのが聞こえた。


「ダリル…さようなら」


 それぞれが思いを馳せる者の名を口にする。その後は皆、激しく燃える屋敷を見ながら一言も声を発しなかった。不意にジュディスがレイを抱きしめる。レイもジュディスを抱きしめた。


(大丈夫か?レイ)


 言われて初めて、レイは自分が泣いているのに気付いた。流れ落ちる涙をジュディスの指先が拭う。


(…うん、ジュディスは?)


(もう見えない…多分みんな解放されたと思う…)


(うん…)


 レイの頭をジュディスが優しく撫でる。ジュディスの胸に顔を埋めてレイは涙を隠すように泣いた。


「大丈夫か…?」


 フレディが歩み寄ってきて二人に気遣わしげな声を掛ける。


「うん…」


 二人の座っていた岩の上にフレディも腰掛ける。ジュディスはレイを抱きしめたまま、そっとフレディに寄りかかった。


「生き残った私たちには…命を繋ぐ…責任があるんだと思う…私は今までずっとそれを恐れていたけど…」


 不意にジュディスがつぶやいてレイのお腹にそっと掌を当てた。レイはようやく顔を上げる。


「卵があると不安定になるのかなぁ…涙腺がゆるゆるだよ」


「レイはたまには泣いてもいいんだよ。滅多に泣かないんだから」


 ジュディスが言うと、横から手を伸ばしたフレディがレイの頭を撫でた。


「フロレンティーナも妊娠中は感情の起伏が激しいよ。そういうものなんだろう…レイのように私は代わってやることは出来ないが、こうやって父親になってゆくんだなと、最近になってようやく実感しているところだ。これから双子を育てるにはやはり片腕では足りないなとも思っていてな…」


「あぁ、前に使い切ってしまった古代術式の魔法薬の話だよね」


 ジュディスが笑ってフレディを仰ぎ見る。


「物分かりが早いな」


「うん…?何年の付き合いだと思ってるんだ?ええとね…うん。大丈夫だ。ここにちゃんと製法の書いてある本が丸々一冊入ってる。時間があれば写本を作りたいな。これは後世に残すべきものだ」


 ジュディスは頭を指差す。


「手元にないのは…紫の魔石だけど…昔、ついでに討伐したよな?あのときのって…まだ残ってるのか?」


「あぁ…まだ幾つかあるぞ」


 ジュディスの言葉にフレディは笑った。ついでに、などと軽く言っているが、追ってきた南の軍隊を丸々一掃してしまった巨大な蛇の魔獣の群れだ。ジュディスの脳裏に過った光景を読んだレイが、何とも言えない表情をした。


「えっ…しかも食べたの?」


「当たり前だ。毒抜きして乾燥させておけば非常食にもなる。って、西の軍隊を説得するのは大変だったけど、背に腹は代えられないって、空腹だったから結局みんな食べたよな」


「ジュディス…いくら毒に耐性があるからって生で食いついてたら、そりゃ周りからドン引きされるよね…」


 レイが笑い出す。青褪めた顔のまだ若いフレディの姿が見えた。必死に止めようとしていた。


「…あの頃よりはかなり人らしく成長しただろ?」


 ジュディスが胸を張る。


「そこはもっと学院長に感謝しなよ…」


「あぁ…だから父親…なのか。私を人らしく導いてくれたって意味では…」


 わざとフレディに体重を預けてジュディスは見上げる。


「本当に手の掛かる…だが、ジュディスのお陰で何度も窮地を救われたのも事実だからな。毎回オーブリーとケンカばかりして、それはもう大変だったが」


「私がどうかしたか?」


 儀式を終えた国王がやってきて眉をピクリと動かした。


「昔の話だよ。オーブリーと私がケンカばかりしてたって話」


「いったいいつの話をしてるんだ?それは相当昔の話だろう…」


 オーブリーは眉間にしわを寄せる。


「ほら、その顔は老けて見えるから止めろってば」


 ジュディスがオーブリーの眉間に指を当ててしわを伸ばそうとする。


「今はむしろ仲良しに見えないこともないけどね」


 レイはジュディスと父親のやり取りを見て笑う。やがてジュディスの本物の父親が遠慮がちに近付いてきた。


「あぁ…そういえば、うっかり孫が生まれることになったぞ。レイの腹の中に卵がある。私とレイの子だ」


 世間話のようにジュディスがシリルに告げたので、さすがのシリルも言葉を失った。


「な…」


「ま、そういう訳だからあまり早く南に戻ると孫の顔が拝めないぞ?サフィレットを取り戻しに行くのに一度南には行かねばならないが…見たいなら今後の身の振り方も考えておくことだな」


「それは…どういう…」


 シリルは気まずそうに頭を掻く。


「ここには揃いも揃って他人や妻に子育てを丸投げしてきた父親が揃っているからな。孫くらい愛でる気はないのかと言っている」


 シリルとオーブリーは思わず顔を見合わせた。フレディは苦笑する。


「あなたも他人事ではいられないわよ。生まれたらきっと大変なんだから。その前に自分の力の制御の仕方も覚えないといけないわよ」


 フレディの後ろからフロレンティーナが顔を出して、笑っていたフレディは真顔に戻った。


「力の制御…?」


 国王が訝しむ。


「この人、いずれは竜になるのよ。私を伴侶にしたせいね。こればかりは仕方ないわ。王立学院を破壊する予定はないけれど、万が一どこかが壊れる事態になっても笑って許してくれると助かるわ」


「負傷者が出ないことを祈る…」


 国王は再び眉間にしわを寄せてジュディスに伸ばされる羽目になった。

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