蔦持ちの集い
「はぁい、お兄さまが来てあげたわよ!」
おどけた調子でモリス教授が部屋に入ってきたので、アストリアとブルーノは驚いてその顔を見つめた。
「まさかブルーノとアストリアの血が繋がっていたなんてね」
明るく告げたが、アストリアはやや気まずそうに兄を見つめて目を逸らす。小さな声で言った。
「私…家族を…お兄さまの人生をめちゃめちゃにしてしまったのね…それなのに…セシルを失って…それを認めたくないからって私はずっと都合のいい夢の中に逃げていたの…ごめんなさい」
俯くアストリアを驚いたようにモリス教授は見つめる。けれども彼は大股に歩み寄ると妹をぎゅっと抱きしめた。
「バラバラになったのは父の心が弱かったせいよ。それに私とあなたはこうして今も繋がっているでしょ?それに、あなたのお世話をしていたのは私の自分勝手な償いよ…あなたがあのとき…第三王子の後を追うのを阻止した私の…せめてもの償い…」
「え…?」
アストリアは驚いて兄を見上げる。
「それほどまでに王子と羽化の守が惹かれ合うものなんだって…あの頃の私はあなたの気持ちをちっとも理解できていなかったのよ。死にかけた第八王子を追いかけてジュディスまで行方不明になったとき、私は一層そのことを思い知らされたわ」
「あの…全ては僕の父の責任でもあるんですよね。父に代わってお詫びします…」
ブルーノが二人を見ておずおずと口を開く。
「それを言うなら予言のせい…なのかしら。お母さまはそれでも納得はしていなかったみたいだけれど…でも…それでも私を生んでくれたのだから、感謝しなくちゃいけないわね」
そこでアストリアはふうっと息を吐いた。
「お兄さま…ごめんなさい。ベッドに連れて行ってくれる?長く起きて喋るには…まだ体力が…足りないわ…」
モリス教授が隣のベッドにアストリアを運ぶとアストリアは掌から再び薄紫の蔦を出した。
「ブルーノも出せる?蔦を繋いだ方が…多分お互いの回復は早いわ」
「あぁ…もしかして…ブルーノも…種を飲んだの?」
モリス教授はブルーノの掌から出たまだ細い蔦を見ながら目を見張った。
「正確には実を食べたんですけど…そうしたら根付いてました…」
蔦どうしが手を繋ぐように絡まる。不思議な光景だった。
「だってあなたにも蔦持ちのお父さまの血が流れているんだもの…そのうち…もっと使いこなせるようになるわ…使い方を…先生に…聞かなくちゃね…」
そう告げてアストリアは目を閉じる。
「えっ、先生って…誰のこと?」
モリス教授が聞き返すも、すでにアストリアはぐっすりと眠っていた。
「あ…なんだか…僕も眠くなってきま…した…え?…ジュディス…じゃない?」
呟いたブルーノも程なくして寝息を立て始める。
「何が…どうなってるの?」
モリス教授は首を傾げながらも、ブルーノの最後のつぶやきが気になっていた。
(ジュディスじゃない…ってじゃあ…もしかして…)
いつだったかレイが魔力ではなく間違って記憶を流したときに見た美青年を思い出す。
(アストリアの蔦が活性化して…女神の領域にまで…干渉できるようになったってことなのかしら)
モリス教授は二人の穏やかな寝顔を見ながら一人考え込んでいた。
***
一方、テラスのソファーを遮断したレイとジュディスもいつの間にか眠り込んでいた。掌から薄紫に光る蔦が出て自然と絡んでいることにも気付かず二人はいつの間にか懐かしい空間にいた。
(あれ…ここって…?)
レイに言われてジュディスが辺りを見回す。二人は手を繋いで薄暗い空間に立っていた。
(この感じは…女神の領域の手前なんだけど…そんな訳ないよな)
(えっ?もしかしてまた僕たち死にかけてるの?)
レイが焦って身体を見下ろす。ジュディスは前方に少し明るい空間があるのに気付いた。誰かの声が聞こえる。
(あ、来たわ!)
(ほんとだ…信じられない)
近付くと見知った顔だった。ブルーノとアストリアが座っている。そうして久々に会うジェイドがいた。
(元気そうで何よりだな)
ジェイドはニヤリと笑う。
(これが…元気そうに見える?)
ジュディスが重い左腕を持ち上げる。ジェイドはプッと噴き出した。
(お前が重いと思うから夢の中でも重いんだ)
(あぁ…夢…なのか)
妙に納得してジュディスは辺りを見回す。不意にアストリアの隣に透けて見える姿があるのに気付く。
(誰?)
(あぁ…見えるのね。私も驚いたわ。私の蔦の中に…セシルの記憶が残っていたのよ)
透けた人物が微笑む。
(セシル兄さん!?)
レイが目を見張る。確かに第三王子のセシルだ。セシルはレイを見ると僅かに微笑みを浮かべた。数多い王子たちの中では一番気弱で大人しかった兄だ。
(元も含めて第三王子がたくさんいてややこしいな…)
ジュディスが苦笑する。
(ここでちょっと問題が発生したので皆を招集した。セシルはアストリアの蔦の中に記憶を残してしまったことにより、次の転生に支障が出る…)
(どういうことだ?)
ジュディスが首を傾げる。
(アストリアは蔦持ちの子だから通常であればその蔦は自分やましては他の誰かの記憶までは受け継がないはずだった。が、アストリアの思いが強く蔦には記憶が残っている。さて、ここでアストリアの実を食った者が子を産んだらどうなると思う?)
(たとえば私とか…?)
(まぁ、その可能性もあったがお前の腹に子はまだいないだろう?近くに妊婦で実を食った者はいなかったか?)
(ブリジット!!)
レイとジュディスが同時に叫ぶ。ジェイドは笑った。
(そうだ…その子はセシルの記憶を残したまま転生してくる。すでにブリジットの中にも蔦は根付いている。当然へその緒を通じて子にも記憶と共に根付く)
(あぁ…だから、妊婦は何が起こるか分からないから止めた方がいいと言ったんだ…)
ジュディスが額を押さえる。だが、すでに遅い。
(でも種も見えなかったのにどうして?)
レイは首を捻る。レイの目にもそれらしきものは見えなかった。
(それは恐らく半獣人に根付いたことで蔦が進化したんだろうな。まだまだ予測不能なことが起こるものだ…)
ジェイドは感心したように言う。
(でも、そうなると…ブリジットの子どもは…両方の性を持ち、竜の呪いも引き継ぎ、おまけにセシルの記憶も持つのか…?呪いか祝福かもう分からないが、私よりも大変なものを背負うことになりそうだな)
ジュディスが透けて見えるセシルの方を見る。セシルの口が動いてかすかな声が聞こえた。
(…それを全て引き受けてでも…僕は…少しでも早く転生してもう一度アストリアに会いたいんです。だから母となる人に許しをいただくつもりです。夢の中で…ですけど…)
(えぇ!?セシル、でも私今二十歳なのよ?今年…来年?生まれたとしても二十歳以上も離れてしまうのよ?)
隣のアストリアが焦り出すと、ブルーノがその肩を叩いた。
(姉さん、僕たちは半獣人だよ?しかも蔦持ち…そうなったら多分他の人よりも寿命は引き延ばされる…そうじゃない?)
(まぁ…確かにその可能性は高いな。元々大人の半獣人ってけっこう年齢不詳だし、人よりも長生きなんだよな?)
ジュディスが妙に納得したように言う。
(あれ…?誰か来るよ)
辺りを不思議そうに見回しながらもしっかりした足取りで歩いてくるのはブリジットだった。
(あぁ…ブリジット、ようこそ蔦持ちの集いに)
ジェイドが言うとジュディスが眉を寄せた。
(そんな名前の集まりだったのか?)
(いや今思いついた)
(これは…夢なのか?)
ブリジットは首をひねる。
(夢と蔦で繋がる女神の領域の一歩手前ってとこかな)
ジュディスが言うとブリジットは納得したかどうかは分からないが、顎に指を添えて頷いた。
(ジュディス…彼は誰だ?)
ブリジットがジェイドを見る。
(元々は双子の片割れ…だったが…蔦の眷属である私たちは互いの記憶を共有するから、どちらもジェイドであってジュディスとも言えるな。今はこっちに留守番してる方が比較的ジェイドの本性に近いって感じかな…前回暴れ過ぎたせいで私は女神に力を減らされて形も変わってしまったから)
(呼び掛けに応じた者を呼んだが…他の者は眠らなかった…なかなか頑固だな。フレディにも会ってみたかったのに。だが、まぁ元々用のあったのはブリジット、君だよ)
(私に?何の用だ?)
アストリアの隣から薄く透けたセシルが一礼する。ブリジットは首を傾げた。
(元は第三王子のセシルです…アストリアは僕の羽化の守でした。今…僕はあなたのお腹の中にいます)
(は?)
さすがのブリジットでもそれは予想外の言葉だったようで、ブリジットはそれきり絶句する。
(あの…あなたがジュディスとアストリアの実を食べたことで、僕は両方の性を有し、かつ竜の呪いも引き継いで、セシルだった頃の記憶も失わずに生まれてくることになりそうなのですが…許していただけますか?)
(あ…あぁ…。もしかして、私があのとき好奇心に負けて実を食べなければ…ここまでややこしい生まれにはならなかった…そういうことなのか?)
ブリジットはセシルを見て困ったように呟いた。
(そうだな。多分転生してもセシルの記憶までは残らなかった)
ジェイドが告げる。
(それは…君には申し訳ないことをしてしまったな。今更戻すこともできない。こんな不甲斐ない母ですまないな)
(え…?あの、むしろ…僕はセシルの記憶を失わないことに感謝しているんです。もう一度、アストリアに会えるんですから)
(そうなのか?なら良かったと言ってもいいのか?私は君が生まれてくるのを楽しみに待っているぞ?)
お腹を撫でてブリジットはセシルの隣のまだ若い女性を見つめた。
(アストリア…君はこの子の成長を待っていてくれるのか?)
(はい…セシルがそう望むなら…私も…再会を楽しみに待ちます)
(じゃあセシルとブリジットは向かい合って手を繋いで)
ジェイドの言う通りに二人は手を繋いだ。ジェイドはセシルの頭に手を触れる。
(君のこれからの人生に祝福を授けるよ)
ジェイドが笑うとセシルの姿はブリジットに吸い込まれるようにして消えた。
(これから度々ブリジットの夢にもセシルが遊びに行くことがあると思うけど、少し早い親子の交流とでも思って相手してほしい)
ジェイドが言うとブリジットは笑って頷いた。
(生まれる前から存在感の大きな子だな。おまけに将来の相手も決めていると見える…)
(ブリジットは何でも受け入れる懐の広さがあるな)
ジェイドがニヤリと笑う。
(…それにしても、緑の魔術師は美しいな。こうして会うことができて嬉しいぞ。君はこちらには来ないのか?)
(そうだなぁ…片割れと同時にそちらに行く日があるとしたら…それはこの世界の終焉の危機ぐらいかな)
(そうか…君はここにいて…さみしくはないのか?)
ブリジットの言葉にジェイドは面食らった表情になった。
(考えたこともなかったな…でもこれからはこうして蔦持ちが訪ねてくる機会も増えそうだから、忙しくなりそうだ。これからもジュディスを頼む)
(なんで師匠に言うかなぁ…僕の面目が丸潰れ)
レイががっくりと肩を落とす。フッと低く笑ってジェイドは告げた。
(ジュディスとレイ以外はこれにて解散だ。まもなく女神が訪れる)
その言葉でその場にいたジュディスとレイ以外の姿はこつ然と消え失せてしまった。レイの隣でジュディスが身構えるのが分かった。




