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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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紫の果実

「しかしみんなすごい色になったな…」


 戻ってきた面々にアリシアとセオは苦笑する。ジュディスがペロリと紫に染まった舌を出して見せた。


「クレメンス…大丈夫か?」


 平然と座っているクレメンスにジュディスが不安そうな声を掛ける。


「今のところは特に変わりはないよ。魔力で満たされている感覚があるだけで。それに君に実ったものだから大丈夫だと思ってる」


 クレメンスの言葉にジュディスの方が驚いてしまった。


「それって気持ち悪くないのか?そもそも私はそこまで自分を信用してないぞ…もっと疑ってかかってほしいところだよ…」


 学院長が咳払いをする。確かに自分もジュディスを信用した。クレメンスと考え方は大差ない。


「午後から元第七王子の屋敷に掛かった魔術を解除する予定だから、それまでは各自魔力は極力使わずに過ごしていてほしい…そろそろ君の姉も来る頃だな」


 学院長がアリシアの方を見て告げる。アリシアは急に緊張した。セオが苦笑する。


「大丈夫だよ、アリシア」


 だが、程なくして学院長の言葉通りに到着した姉のセシリアの顔を見てその場にいた全員が凍りついた。セシリアは明らかに静かに激怒していた。



***




 つかつかと屋敷に足早にやって来たセシリアは出迎えたレイに冷たい視線を送って一礼し、妹の方にやってきた。そうして有無を言わさず平手で頬を叩いた。ものすごい音が響き渡る。ジュディスまで感心してしまうほどの無駄のない動きと素早さだった。床に倒れたアリシアに向かってセシリアは再度手を振り上げる。が、近くにいたレイがその手を押さえ首を振った。


「止めないでっ!これは私たち姉妹の問題なのっ!どうして…私の血で我慢できなかったのよっ!いくらでもあげるって言ったじゃないっ!いくらでも…」


 セシリアは倒れたアリシアに縋って泣き出してしまった。やってきたブラッドウッドが静かに口を開いた。


「人の血だけじゃ…この衝動は抑えきれないんだ。少しでも魔族の血が混ざっていないと…渇きはずっと癒えない。そういうものだ。自分にも覚えがあるから分かる」


 セシリアは顔を上げる。アリシアが力なく頷いた。


「え…?そう…なの?じゃあ私はむしろ余計なことを…していたの?」


 ブラッドウッドは首を横に振った。


「…渇きを潤すためでも誰彼構わず襲わずに人を選んだのは…君が血を与えていたからだと思うよ。だから決して余計なことではない」


 レイはそっとアリシアの上からセシリアを抱き起こした。自然とアリシアの手はブラッドウッドの手に引かれる。


「今後は私が定期的に血の提供者になる。だからアリシアはもう誰も襲わないよ」


 ブラッドウッドは腕につけた無骨なブレスレットを見せた。セシリアはそれが何だか知っているので驚いたように目を見張った。


「先生は…アリシアと同じ…なんですか?」


 ブラッドウッドは頷く。セシリアは小さなため息をついて脱力した。


「私…解決策を間違えたんだわ…自分の血でなんとかなるって思い込んでいて…学院長にちゃんと相談すれば良かったのに…あちこちで吸血騒ぎも起こって…怖くなってしまったのよ…ごめんなさい」


「そうだな。しかし君も生徒会で忙しかったし、その上別の問題も起きていた。ブリジットに調べて貰ったが、お陰で生徒会の印象は明日以降も更に落ちるぞ」


 学院長の言葉にセシリアは力なく笑う。セオとブリジットがやってきて少々気まずそうな顔をした。


「セオとブリジットも罰則の対象になる。二人とも情状酌量にはなるから、ポピーのように解任にはしないがな」


「ブリジット…あなたとんでもない呪いを掛けたわよね。あれ一体どういう仕組みなの?」


 早朝に貴族寮から聞こえた凄まじい悲鳴を思い出し、セシリアは小さく笑った。ずっと胡散臭いと思っていたのだ。品行方正な顔の裏側でよりによって服従の魔術を使うなど反吐が出る。セシリアの問いかけにブリジットは困ったように学院長を盗み見る。一通り報告はされているらしい。


「あれは…独自解釈で編み出した呪いだから…解くには良心が必要なんだ。だから彼らが改心しない限りは解けない」


 新たな呪いを編み出すには自身も呪いを受ける危険性を伴う。通常はそんな危険を冒したくはないのでよく知られた既存の呪いを選ぶ。いくら頭脳明晰なセシリアでもそこまでリスクを伴う選択はしない。そんなことをするのは、よほどの自信家か馬鹿のどちらかだ。


「ブリジットは好奇心の塊なんだ。片っ端から試して痛い目を見てそれでも実験の手を止めない…その点は私の手にも負えないな」


 学院長の言葉にブリジットは胸を張った。


「それは私にとってはむしろ褒め言葉かな。私が好奇心をなくしたら…そのときは死ぬときだろうから」


 クレメンスがぴくりと眉を動かすのを見てブリジットは笑った。


「あぁでもまだ子どもがいるから当分は死ねないな…セシリアたちには今後も迷惑をかけるかもしれないから正体を明かしておく。私は二十年以上前に悪評と共にこの学院を去った高等部元生徒会会長のブリジット・ロウ本人だ」


 その言葉と共にブリジットは変身を解いた。解くタイミングは自由にできるようフロレンティーナが設定している。突然目の前に現れた長身の美人にセシリアもアリシアも呆然とした。


「あ…昨晩いたのはあなただったのね…」


 アリシアが声を上げる。ブリジットは膨らみのあるお腹に手を当てた。


「もうじき六ヶ月に入る…出産の際は少し生徒会を留守にするが、ひょっとすると引き継ぎのタイミングに被るかもしれないから、そうなった場合は勘弁してほしい」


 セシリアは呆然としていたが、我に返って声を張り上げた。


「私、会長になってから歴代の生徒会会長の記録は一通り目を通したのよ。だから…あなたの退学は不当だと思って腹が立っていたの。ベアトリスのお父さまとお祖父さまがそれに関わっていたと知って…ベアトリスに罪はないのに憤ってしまったのよ」


「あぁ…その件ならベアトリスとは和解済みだからもう終わったよ。ベアトリスを殴ろうとしていた父親は息子がうまいことをやって当分出禁に持っていけたし」


「…息子?」


「僕だよ…あぁ、ここにまでバラしちゃって、僕は明日からどんな顔をして講義を受けたらいいんだ?」


 クレメンスが恨めしげな声を出す。レイがその肩を叩いて諦めろと言った。


「親戚じゃなくて親子だから似ていたのね…」


 セシリアが妙に感心したような声を出し、再びブリジットに握手を求めてきた。


「ようこそ、ブリジット。あなたを生徒会に歓迎します」


 ブリジットはセシリアの手を握る。


「セオを…助けてくれてありがとう」


 セシリアはブリジットを見て初めて微笑んだ。


「仏頂面よりその方がいい」


 ブリジットがニヤリと笑うとセシリアは慌てて真顔に戻った。


「もうっ!やっぱり思った通りあなたって危険な人だわ」


 セシリアは言ってから笑い出した。アリシアは姉がこんな風に屈託なく笑うのはいつぶりだろうと思った。自然とアリシアの頬にも微笑みが浮かぶ。隠し事がなくなって自分も姉もホッとしたのだと分かった。

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