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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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精霊の目覚め

 フロレンティーナとレイが屋敷から出たところで、前を歩くブリジットとセオの姿が見えた。追いつくと、ブリジットが振り返った。


「セオが小遣い稼ぎの報酬を受け取りに行くというから一応な。私の魔法陣は強すぎて相手が怪我をする可能性もあるし」


「一人で行けると言ったんですけど…」


 気まずそうにセオが顔を赤くする。


「うん…でも自分で護身術とかも出来ないと、そういうお金の絡むのは危ないと思うよ?」


 セオのひょろひょろな体付きを見てレイがもっともなことを言う。


「昔ジュディスも変装して危ない橋をわざと渡ろうとして殴られてたし…」


「あのジュディスが殴られる?そんな猛者がいるのか?」


 ブリジットが声を上げたのでレイは笑ってしまった。


「まさか。わざと弱いフリをするのにやられてただけだよ。頭の中で一瞬皆殺しの想像をしていたのが面白くて、ちょっかいをかけたら僕の羽化の守だった」


「なんだ、結局はのろけ話か」


 皆殺しと聞こえた気がするが、それをのろけ話の一言でまとめるブリジットにセオは半ば呆れる。常人の感覚とはおよそ程遠い。


「まぁね。でも皆が皆、善人な訳じゃない。セオも精霊と契約できたらいいのかもね…見たところ素質はありそうだけど?」


 レイの視線にセオは驚いて、ためらった末に口を開いた。


「亡くなった祖父が…精霊遣いだったんです。でも誰もその力を受け継がなくて、そのうち精霊たちも姿を消してしまって…」


「でもセオの目にはこれが見えるよね?」


 レイは肩の上の仔猫を指差した。何の変哲もない灰色の仔猫と思って見ていたものが、黄昏時の夕日にキラリと光って羽のある小さな人の形が見えた。


「えっ?」


 瞬きの間にそれは仔猫の姿に戻っていたが、集中して見続けると次第に違う形が見えてくる。


「猫じゃない…まさか…精霊?」


「当たり!やっぱり君は目を持ってるんだね」


 精霊が喋った。セオは驚きのあまり腰を抜かしそうになった。


「ほ、ホンモノ…?」


 セオは目に浮かんだ涙を拭う。それでも溢れてきて眼鏡を外した。


「あらあら」


 ハンカチを取り出して渡したフロレンティーナがセオの顔を覗き込んで僅かに驚きの表情に変わる。


「あなた綺麗な目をしてるのね…」


 ペリドットのような瞳だとフロレンティーナは微笑む。セオはハンカチで涙を拭うと慌てて眼鏡をかけた。セオよりも赤い燃えるような赤毛が夕日に煌めいている。第八王子の屋敷は美しいもので溢れていると思った。その現実感から切り離された感じがセオには好ましかった。その時だった。不意にブリジットが困惑したような顔で向かいから歩いてきた人物に声を掛けた。


「…セシリア…?」


 セシリアは金縁の眼鏡の瞳で首を傾げる。そうして僅かに困ったように微笑んだ。


「え…?あぁ…私はアリシアよ。セシリアは私の双子の姉なの。似ているからよく間違われるのよ」


「これは失礼した」


 ブリジットは頭を下げる。


「あなたね?臨時の副会長は。姉のこと、よろしくお願いしますね」


 上品に笑ってアリシアは友人らしき少女と共に去ってゆく。俯いたセオの額から汗が滴り落ちた。セオは決してアリシアとは目を合わせようとしなかった。俯いたまま、きつく手を握り締める。レイは何かに気付いたようだったが、何も言わなかった。


「じゃあ僕たちは中庭に行くから」


 レイはフロレンティーナと共に歩き出す。しばらく歩いてからレイは少女姿のフロレンティーナに向かって言った。


「女の子って面倒だって言うジュディスの言葉がちょっと分かったかもしれないよ…」


「あら、そう?」


 フロレンティーナは悪戯な目をしてレイに微笑む。


「私も一応は女なんだけど」


「フロレンティーナは竜でしょ?僕が言うのは人間の女の子の話」


「…あれだけ似せても自分は選ばれないと思ったら、少し意地悪をしたくなる気持ちも分からなくはないわよ?」


「外面だけ取り繕っても中身が違えば別物だと思うけどなぁ…」


 レイの言葉に肩の上でファラーシャがクスクス笑う。


「自分の番の中身にはおっかなびっくりなのに何を言ってるのやら」


 レイはムッとして指先から細い糸のような蔦を出してファラーシャの身体に巻いた。


「ファラーシャ?」


「やめてやめて!ちょっと気持ちいいけど…その蔦は気配が濃いから…あ!」


 仔猫が親猫ほどの大きさに変わる。レイは慌てて離した。気付けばもう中庭に着いていた。


「血って…どのくらい?」


「一滴か二滴でいいと思うよ。大物を呼び出しても面倒だし」


 レイは中庭に射し込む西日を見て不意にあの日のことを思い出した。ジュディスと正式に血を交わし合った、レイにとっては特別な日でありその場所だった。


 指先を少し切って地面に血を垂らす。一滴二滴。三滴目が溢れる前に小さな精霊の姿になったファラーシャが指先の血に唇を付けた。傷が消える。ファラーシャはペロリと唇を舐めた。


「やっぱりおいしい」


「地面を見て!」


 フロレンティーナに言われて見ると血を垂らした場所から何かが姿を現していた。地面から顔だけ出したのはファラーシャと同じくらいの大きさの精霊の頭だった。髪の部分に葉が生えている。


「主さま…呼びましたか?」


「え?浄化…まだなのにどうして?」


「あぁ…」


 精霊は小さく笑う。


「連日この場所で、主さまと奥方が仲睦まじくされていたではありませぬか。あの熱が大地にも届かぬ訳はありません。お陰で穢れは消えました…」


「あ…あれは竜の火種のせいで…不可抗力…それにジュディスはまだ奥方じゃない」


 そういえば魔力切れ前のジュディスにベンチで魔力と血を同時に吸われたのを思い出す。人通りがあまりないのをいいことに何度か利用した。恨めしげにフロレンティーナを見ると、彼女は明後日の方向を向いて知らないフリをしていた。


「君はここから移動できるの?」


「名前を与えて下されば…」


 また名前!とレイは頭を押さえる。 

 

「汝に名前を与える。汝の名は…エルデ」


 顔だけだった精霊が地面から姿を現す。ずるずると姿を現したそれは見上げるほどに巨大だった。二階の窓に届きそうな高さになる。身体は樹木の幹と岩とが混ざり合ったような姿をしていた。


「エルデ…もう少し小さくなれない?」


 レイの声にエルデは首を傾げる。それから急にしゅるしゅると縮んで指一本ほどの大きさになった。小さ過ぎるとも思ったがレイは片手を出して掌に乗せる。


「これでとりあえずはいいのかな?」


「そうだね。この大きさのが中庭にずっといるのも具合が悪いだろうし…連れて帰って森に住んでもらった方がいいかもね」


 ファラーシャが伸びをする。


「じゃ、戻りましょうか」


 フロレンティーナが意味深な笑みを浮かべてレイを振り返る。


「私の火種も役に立ったでしょ?他の場所でも試してみたら?」


 クスクス笑うフロレンティーナを見てレイは反撃するのも馬鹿らしくなって脱力した。


「簡単に言わないでよね…」

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