対話
「問題は…アマロックの桁違いな魔力の強さで育った蔦の花が咲くまでに…どのくらい魔力を消費するか…なんだよな。まぁ明日明後日は倒れたところで土日だから、学業に支障は出ないか。ちょっと行ってくる」
決めたら即行動のジュディスがそう言って動き出したので、レイと学院長は慌てた。
「レイ!ウォード先生とブラッドウッド先生に今日の夜を含めて三日間の時間外勤務をお願いしてきてほしい」
レイは瞬間移動で消える。
「シリル殿、体調の方は?」
学院長の問いにシリルは笑った。
「大丈夫じゃ。なるほど、我に足りないものを見せつけられるような気分じゃな…」
それでも億劫そうなシリルに学院長は言った。
「私で良ければ魔力を流すが…それとも妻に頼むか?」
「いや…竜は苦手じゃ。すまぬが…頼む…」
シリルは震える両手を出して学院長の掌に合わせる。炎の魔力が流れ込んで冷え切っていたシリルの身体を温め始めた。
「親子揃って…我慢強いところはよく似ている…魔石との相性は?」
「…緑の石なら…大丈夫なんじゃが…あるのか?」
「昔討伐した魔獣から採取したものを屋敷に保管してある。ああいうのは一気に売り捌くと値崩れを起こすからな」
学院長は中空に文字を書き遣い鳥を飛ばした。
「あれは…ずいぶんと…人らしく変わった…無論いい意味で…じゃぞ?やはりお主の影響かの。我が育てるよりよほどマシに育ったわ…」
「まぁ…少なくとも一個師団を丸々瞬殺するような暴挙には出なくなったな。一生徒として普通とはいかないまでも学院生活を送ることもできている。殺すなと教えるのがなかなかに大変だった…ジェイドのときは、の話だが」
「それはすまなんだ。生き残るためには殺すしか選択肢のなかった時代の繰り返しが長かった故…」
学院長の魔力で冷えていた身体がかなり温かくなった。シリルを支えてベッドに移動する。程なくして遣い鳥が戻る。
「お兄さまったら、いつも突然なんですから!たまには顔を見せに帰ってきて下さいよ!」
腹違いで十七歳も歳若い弟の声が響いて、ドサリと革袋から巨大な緑の魔石が幾つも転がり出た。
「すまないな。いつも助かるよ。ルース」
学院長は手頃な大きさの魔石を選ぶとシリルの魔力中枢の上に慎重に置いて、魔力の流れを調整し術を施した。
「あぁ…楽になる…」
シリルは目を閉じた。
「何かあれば枕元の鐘を鳴らしてくれ」
シリルに布団をかけると学院長は静かに部屋を出た。
***
一方同じ頃料理長は気軽に片手を出してくれとジュディスに頼まれ、特に深くも考えずに右手を差し出した。ジュディスはその手を左手で握る。程なくしてジュディスの掌から光る蔦が何本も出てきて料理長の腕を覆った。
「あの…これは!?」
「いいから、ちょっと待ってろ」
ジュディスは何かを探るような目付きをした。そのままジュディスの蔦は料理長の皮膚の内側に侵食し吸い込まれるように身体の中に消える。と、思ったら料理長の身体の中をその蔦が這い回る気配がした。
「うわっ…!」
ギョッとしてさすがのアマロックも声を上げる。魔力中枢の辺りが急にゾワゾワしてアマロックの中からも未知の何かが這い上がってくる気配がした。
「…!!」
魔力中枢から這い上がったそれは一気にアマロックの腕に集まり掌から黒く光る蔦が現れた。光沢を失ったシリルの瘴気まみれの蔦とは違う。アマロックの中から戻ったジュディスの蔦が力強い黒い蔦と絡まり合いそのまま呆気に取られるアマロックの目の前で蕾が二個三個と膨らんで毒々しい巨大な赤い花が咲き乱れた。花びらには紫の斑点が模様を作っている。
「うっわ…すご…っ!」
感嘆の声を上げたジュディスだったが急に視界が揺れてアマロックの慌てる顔が見えた。
「ジュディス!!」
瞬間移動で現れたレイが後ろからジュディスを支え、呼び出されて来たブラッドウッドがブレスレットを外して即座に両手を握った。すでに蔦は離れてアマロックの方の蔦は腕に吸い込まれる。ジュディスの蔦は腕に絡まったまま毒々しい色の花で埋め尽くされていた。
「な…何が起こったんです?」
アマロックは信じられない様子で己の掌を見ている。
「え?説明…なかったんですか?料理長の蔦とジュディスの蔦がたった今交配したんですよ。種を作るために…」
レイが呆れたように言って、意を決して服の上から魔力中枢の辺りに触れて魔力を流し込んだ。嫌な気配は薄目で極力注視しないよう心掛ける。時折ゾッとして冷や汗が出たがレイは構わず魔力を流し続けた。
「…レイ…」
小さく唇が動いてジュディスが目を開ける。
「もう!最低限の説明は必要だよ?」
「すまない…アマロック…大丈夫か?」
「私は平気ですが…こ、交配ってあの…」
「すまない…力が…入らないんだ。寝室に運んでくれないか?」
大柄なアマロックがジュディスを抱き上げたので、レイは蔦を出して魔力中枢付近に入り込んだ。翡翠色に輝くレイの蔦を初めて見たアマロックは驚いたように赤い隻眼を見開いたが何も言わなかった。両手を握ったブラッドウッドも慎重についてきて階段を上る。シリルの寝室から出てきた学院長が階段を見上げてジュディスの様子に顔色を変えた。
寝室に慎重にジュディスを運んで寝かせると、学院長も入ってきた。
「女神の領域で…蔦を半分奪われてるのに…アマロックの蔦の威力を甘く見てたよ…」
ジュディスは赤い花まみれの毒々しい左腕に目をやる。意識があるのはレイとブラッドウッドのお陰かもしれないと思いつつも、学院長は胸を撫で下ろす。
「ジュディス、緑の魔石は平気だったよな?」
ジェイドのときに使ったのを思い出して学院長が言うとジュディスは頷いた。
「緑は好きだ…あるのか?レイ…無理するな…もう離して大丈夫だ」
ジュディスに言われてレイはそろそろと蔦を離した。魔力中枢の上に学院長が緑の魔石を置いて術を施すとジュディスはホッと息を吐いた。
「レイ…大丈夫か?」
「うん、なんとかね…」
レイは枕元の椅子に座ってジュディスの頭を撫でる。ブラッドウッドがジュディスの両手を握ったまま左腕を覆う花を見つめて言った。
「ずいぶんと…咲く花も…違うんですね…」
「もうそろそろ…誰かに交替した方がいいんじゃないか?」
ジュディスが尋ねるとブラッドウッドは首を横に振った。
「ウォード先生や料理長と…鍛錬をしているから、まだ平気です…」
けれどもレイが枕元の鐘を鳴らす前にフロレンティーナが部屋に入ってきた。
「何だかすごい気配がすると思ったら…ジュディス?随分と毒々しいのが咲いたわね。アマロックの?これ…一気に種になるかしら?ちょっと難しそうね。魔石が切れる頃に私を呼んでちょうだい」
フロレンティーナはジュディスの額に口付けをした。
「焦る気持ちも分かるけど…あまり頑張り過ぎないで。あなただけの責任じゃないわよ」
「うん…でも…後悔したくないんだ…あと少し早く行動していたら結果は違ったかもって…思いたくない…」
レイの肩の上にファラーシャが現れた。ジュディスの顔をじっと見る。
「分かったよ。中庭に行けばいいんだね。レイの血で起こして温室に連れて行くよ」
レイにもジュディスの考えが通じた。ジュディスの動けない間に今は自分しかできないことがあると。
「精霊を起こしたらまた戻ってくる」
レイはファラーシャと共に部屋を出てゆく。
「私の血じゃ起こせないものね…アマロックのじゃ…ちょっと違うものまで起こしそうで危ないし。レイ待って!一応私も行くわ」
学院長に向かって小さく頷いてフロレンティーナは後を追う。
「ありがとう…」
ジュディスはホッとして目を閉じた。




