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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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釈明

 翌朝、大広間の掲示板に成績優秀な四人の男女の名前が挙がると、周囲は一気にざわめいた。


「服従の魔術!?信じられない。何かの間違いじゃなくて?」


 普段は品行方正な四人には無期限の謹慎処分が下されていた。退学としなかったのは、その後の行き先を失い更なる悪行に走らないためのギリギリの措置だった。服従の魔術で従わされた者についての言及はなかったが、一人青ざめた少女がいた。


(どうしよう…あいつ…私の名前も出すかもしれない)


 少女は焦りのあまり男子寮へと向かう。男子寮の寮監の中に便宜を図ってくれる者がいる。適当な封筒を手に彼女が面会申込の窓口の鐘を鳴らすと顔を出したのは残念ながら別の寮官だった。何やら室内が慌ただしい。


「セオドア・スペンサーに直接渡したい重要な書類があるのですけど」


 寮官は調べてくれたが顔を上げると言った。


「彼は昨日から外泊許可を取っていて一週間ほど戻らないよ」


「えっ?どういうこと…?」


「さぁ。詳しいことは聞いていないから分からないけれど、貴族寮でもちょっと騒ぎがあったみたいで、これから僕も手伝いに行かなくちゃならないんだ」


「分かりました。ありがとうございます」


 彼女は礼をして足早にそこを去る。いないなら意味がない。それにしても外泊許可?帰る家もないのに?

 セオについては色々と弱味を握っていたので、彼女はそれなりに家庭環境についても詳しかった。ちょっと涙ぐんで同情するフリをしたらべらべら喋ってくれて助かった。


(辺境を訪れた魔術師に口減らしの体で売られてここに来たって言ってたわよね。実家に帰れるはずもないのに、どこに行ったのよ?)


 実にセオらしい惨めったらしい生い立ちだ。金で売り買いされる奴隷と大差ない。どこにいても底辺は底辺。どんなに取り繕っても見抜かれる。


「私はそんなヘマはしない…」


 少女が呟いたときだった。遠くにセオとブリジット、車椅子に乗ったベアトリス、それを押す転入生の青年の姿が見えた。


「なんだ、いるじゃない」


 一瞬安堵しそうになり、少女は全くそんな状況にはないことにはたと気付く。何故底辺の人間が貴族と行動を共にしているのか。時折貴族の中にも身分など気にせず気さくに振る舞う者もいるにはいるが、それでも学院内での生活圏すら分けられているし、個人的な交流にまでは至らないのが通常だった。だからこそ少しでも身分の高い者に顔を覚えてもらおうと躍起になって自ら身の回りの世話を買って出たりする者もいるのだ。自分のように。だがケイトリンには虫けらを見るような目で断られた。セオはもう次の主を見つけたのだろうか。少女は歯噛みする。何故セオばかり。やがて四人は別の講義を取るのか、ベアトリスとブリジットに分かれ、セオと転入生が歩き出した。少女はセオの後をつける。そのまま魔術汎用学の講義室の前まで来てしまった。


「君…尾行する気なら、もう少し静かにやってくれないか?足音も気配もうるさくて向いてないよ」


 セオの隣の青年が振り返る。無表情で冷たい顔立ちだ。栗色の長めの前髪の下で金の瞳が光った。ゾクリとした。綺麗な人だ。振り返ったセオは気付いていなかったのか彼女を見て途端に怯えた表情になった。


「ポピー…」


 セオは掠れた小声で呟く。


「僕は…全ての罪を学院長先生に話したんだ。罰はきちんと受ける。だから君も…」


「嫌よ!!」


 ポピーは叫んでセオに向かって瞬時に攻撃魔術を放った。だがそれはセオの腹の辺りから突如として現れた巨大な魔法陣によって弾かれた。


「…っ!」


 あまりの反動にポピーは吹き飛ばされる。青年がため息をついて壁に激突する寸前でポピーを風の膜で防御した。


「な…なんなのっ…」


 ポピーは呆然としてセオの前に現れた魔法陣を見つめる。こんな変な魔法陣は見たことがない。セオ本人も驚いた顔をしていた。


「ったく…自己流解釈が酷すぎる」


 青年は忌々しそうに舌打ちをした。魔法陣の中から小さな笑い声が聞こえた。


「私の獲物に手を出すな。セオを好き放題できるのは、この学院内で今のところ私だけだぞ?虐めたかったらこの魔法陣を解除してみろ」


 囁き声が遠ざかる。青年は傍らのセオに向かって言った。


「これは…彼女が独自で編み出した魔法陣なんだ。服従した者には他者による介入を一切許さない…むしろ今のような場合には鉄壁の防御として発動する…」


「ポピー?攻撃魔術は厳禁だよ。ちょっと詳しく話を聞かせてもらおうか。セオとクレメンスも」


 瞬間移動で現れた講師のウォードに三人は拘束された。


「え…これから講義が始まるんですけど…」


 巻き込まれたクレメンスはガッカリして肩を落とした。



***


 

 三人は学院長室に連行された。だが、学院長の前でもポピーは己の罪を認めなかった。それどころか自分も被害者だと泣いてみせた。


「お金を用意しないと…私も服従させると言われて…怖くて従うしかなかったんです。」


 遮断の中で話を聞いていたセオは絶句した。


「え…?あの四人にお金を借りたけど返せないから助けてほしいと言われて…必ず借りた分は返すからと言ったのにポピーはその後も返してくれなかったんだ…服従の話なんて一言も…」


「なるほど、その点については四人に確認するとしよう。では故意にセオを脅したりしていた訳ではないということかな?」


「そんな訳ありません。同じ生徒会の仲間ですし、そんな酷いこと…する訳が…」


 ポピーは涙を拭いながら鼻をすする。


「では、これはどう説明する?」


 学院長はパチリと指を鳴らす。


「…たったこれしか持ち出せないの?何のためにあんたを会計にしたのよ」


 中空にポピーの声が響いた。


「もう…無理ですよ。こんなこと…会長にだって疑われる…」


 セオの声もする。


「へぇ。じゃあまた底辺に戻りたいの?服従させられるより酷い扱いを受けて犬としての無様な姿を晒す?」


 ポピーは目を見開いて青ざめた。これは昨日の遮断の中でのやり取りだ。何故聞かれているのか。


「これは明らかに脅しているようにしか聞こえないのだが、どういうことかな?」


 クレメンスは、学院長の後ろで控えていた講師のウォードが何故か犬のところで意味深な笑みを浮かべたのは見なかったことにした。


「君の発言には嘘が含まれている。私は君に真実のみを語る魔術を使うこともできる。頭の中を覗かれるのは大層屈辱的で不快だと思うが、君の口が嘘を語るなら行使もやむを得ない」


 立ち上がった学院長の金の瞳が不穏な光を帯びた。ポピーはガタガタと震え出す。額に学院長の指先が届く前にポピーは叫んだ。


「そうよ!私はセオを騙してお金を奪ったわ!四人に脅されてなんかいない。セオが服従させられているのを見てお金を奪うことを思いついたのよ!お金は全部遊んで使ったわ。私はセオが羨ましかった。服従でも何でも貴族に相手をして貰えるなら、私は何だってしたのに!私だったら…!」


 ポピーの言葉にセオは絶望的な表情になった。全て嘘だった?彼女を助けようと思ったが、それすら踊られているだけだった?何よりも。あれが…あんな仕打ちが羨ましい?


「ぜんぶ…見られていた…?」


 セオの脳裏に数々の屈辱的な記憶が過って彼は震えながらついに嘔吐してしまった。クレメンスは黙ってその背中を撫でて吐瀉物を処理する。口をすすぎ汚れた服を綺麗にする。あまりにも手際が良過ぎてセオは涙を流しながらクレメンスを仰ぎ見た。


「す…みません…汚くて…」


「喋らなくていい。僕はこういう光景を見慣れているから平気だ。ロウの家では珍しくもなんともない。それに君は汚くなんかない」


 仰ぎ見た顔がブリジットに似ている、と思ったらクレメンスは僅かに嫌そうな顔をした。


「今何を考えた?君には隠していても面倒だから言うが、ブリジットは僕の父親だ。似ていて当然だろう」


「え…?」


 セオは目を瞬いた。


「君は自分の父親が少女の格好で学院内をうろうろしているところを想像できるか?おまけにブリジットは男女両方の性を持っているから、今は妊婦で母親でもある。どうだ滅茶苦茶だろう?」


「想像が…追いつかないです…」


 セオの言葉にクレメンスは僅かに笑ったように見えた。先ほどまでの消えてしまいたいほどの絶望的な気分が驚きのあまりどこかに吹き飛んでしまったことを後になってセオは思い出すのだった。

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