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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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服従

 翌日、講義の合間に犯人探しを兼ねて金髪の少女姿でフラフラと歩いていたブリジットは今は使われていない閉鎖された古塔に向かうセオの姿を見た。セオには少し気になる点もあったので気配を消して尾行する。古塔の中に消えたセオに続いて中に入ろうとしたとき、背後に突然気配を感じた。


(何してるの?ブリジット)


 即座に攻撃できるように上げた手を慌てて下げる。そこにはレイとジュディスが仲良く並んで立っていた。


(ちょっと気になってな)


 三人は気配を消して念の為に更に遮断する。苔むした古塔の割にはしっかりした造りで朽ちた場所も少ない。足音を忍ばせて階段を上る。奥の部屋に数人の気配を感じた。


「掲示を見て来ました…」


 セオの声が聞こえる。レイが目を見開いてジュディスと意識を共有する。壁が透けて中の様子が見えた。


(便利な目だな)


 ジュディスはブリジットの手を握り意識を共有した。

 部屋の中にはセオの他に二人の姿があった。


「すまないが人助けと思って協力願いたい」


 そこにいるのは神官のガルブレイスだった。奥のベッドに力なく横たわるのは巫女のうちの一人だった。


「…先に報酬の方を。信用ならないので」


 セオが手を出すとガルブレイスは封筒を手渡す。セオは中を確認しローブにそれをねじ込んだ。ガルブレイスはベッドから巫女を抱き起こす。ようやく起き上がった巫女はセオに向かって微笑んだ。


「おいで…」


 セオはゆっくりと近付きベッドに腰を下ろす。巫女はセオの首筋を探り、顔を近付けた。赤い口が開いて牙が突き刺さる。巫女はセオの血を飲み始めた。


(魔力不足のときのジュディスも血を欲しがるよね…)


 レイの声が心に響く。


(仕方ないだろ。足りないと魔族の血が疼くんだ)


(えっ?)


 ブリジットが驚いて振り返りジュディスの顔を見た。


(あぁ…私は色々混ざってるんだ。そういう風に作られたから…)


 レイはその言葉に滲む感情を読み取り思わずジュディスを後ろから抱きしめた。ジュディスはちらりとレイを見たが何も言わず手を握り返した。


(そう…なのか)


 ブリジットはジュディスの頭を静かに撫でる。壁の向こうでセオがゆっくりと倒れるのが見えた。


(魔力も吸われて気絶したな)


 ジュディスが心の中で呟く。倒れたセオのローブを探ってガルブレイスが別の封筒と差し替えるのも見えた。


(…よくできた偽物とすり替えた!)


(対価を支払わない気か)


(どうする?ブリジット)


(…セオにはまだ聞きたいこともあるからな…今回は少し痛い目でも見てもらうか)


(えぇ?助けないの?)


 ガルブレイスと巫女の動く気配がしたので、三人は足音を忍ばせて移動した。


(もう一人の巫女を探してるんだけど、見当たらないんだよなぁ…)


 物陰に隠れて遮断したままレイが言うと、ジュディスが目で合図をした。

 ガルブレイスと共に出てきた巫女が立ち止まる。


「…まだ魔力が足りないよ。腹が減って仕方ない。あれは痩せ過ぎで血も不味かったし」


「…ですが、どうかここで狩りは控えて下さい」


「リュカは勝手に狩りをしているのに?」


「あれは…手に負えません。リュイさまはどうか軽はずみな行動は慎んでくださいませ。食料は私が必ず調達しますゆえ」


 ガルブレイスの声が遠ざかってゆく。三人は十分に離れてから遮断を解いた。


「リュカは勝手に狩りをしている…って言ってたね。じゃあ吸血騒ぎはリュカの仕業?」


 レイが首を傾げる。


「可能性は高いな。リュカを探して犯行現場を押さえるしかないが…吸血された少女の記憶に残っているのは亡霊の姿のみだったんだよな…」


「亡霊?」


 ブリジットの呟きにジュディスが反応する。


「とある少女の記憶には第七王子の亡霊が見えたぞ?だが、それを操る本人の姿は見えなかった」


「第七王子なら…私もあの屋敷で見えたんだ…レイも知り合いの亡霊を見た…でも本人の記憶にはない奇形化した後の姿だった…」


 ジュディスはしばらく考えていたが、不意に顔を上げてブリジットを見た。


「ブリジットは感情から気配を探るのか?」


「…何故そう思う?」


 ブリジットが不意にジュディスの顎に触れる。すぐに閉じられた。読めない。


「…こうやって触れ合いながらも感情を読む…一番研ぎ澄ませた能力を検知にも使うのは定石だろう?違うのか?」


 ジュディスの言う通りだが、言い当てられたブリジットは唇を歪めて笑った。


「ま、その通りだな。フロレンティーナの検知も感情の揺らぎを読み取って発動する」


「では…もしも…相手にその感情がなかった場合はどうなる?」


「感情が…ない?」


「あぁ…南には…ここをいじられて…特定の機能のみに特化させられた者もいたから…そういうのだと感情の動きを検知しにくくなる可能性がある…例えば恐怖は一切感じない…とか、そういうのだな」


 ジュディスが頭を指差す。レイは何とも言えない表情を浮かべて押し黙った。しばらくしてレイは口を開く。


「あとは、元第七王子の屋敷が何だか怪しいんだけど、僕やジュディスはうかつに近寄れないんだよね。ブリジットなら平気だと思うけど」


 レイの言葉にブリジットは頷いた。


「そこは入念に監視している最中だ。また誰か来ないかアドリアーナが見張っている。何か見つけたら知らせが入る」


「それは頼もしいね」


 レイが言いながら突然遮断する。古塔からふらふらしながらセオが出てくるのが見えた。レイがセオをじっと見て怪訝そうな顔をする。


「…そういう趣味…な訳はないよね?彼…四人くらいから、服従の魔力で縛られてるみたいだよ。嫌だな。魔力中枢の真上に魔法陣が刻まれてるよ」


「な…」


 ブリジットはセオの後ろ姿を二度見する。


「…レイって、色々見えるようになっちゃったな。服従ねぇ…しかも四人?もう十分に痛い目見てるんじゃない?稼いだはずのお金も偽物だし…このまま泳がせておくとむしろまずいんじゃないか?」


 ジュディスがブリジットの顔をちらりと見た。


「あぁ…そうかもしれないな」


 ブリジットは少女姿に似合わない低い声でつぶやいて頷いた。



***

 


 その後もさりげなくブリジットはセオの行動を監視していたが、誰かが接触してくることもなく、何の成果も得られぬまま一日が終わろうとしていた。

 今セオはかつて研究棟だった建物の壊れた窓から出てくるところだった。


(またあいつは何をやってるんだ?)


 セオはキョロキョロしながら外に放置された木箱を覗き込んだり、草をかき分けたり何かを探すような動きを繰り返している。と、そのとき藪の中から白っぽい何かがぴょんと跳ねてブリジットの方目掛けて走ってきた。足元を駆け抜けようとしたそれをブリジットは反射的に掴まえてしまった。


「あ…!それっ!」


 セオは声を上げてそれを掴まえた相手がブリジットなのに気付くと途端に怯えた表情になった。つかつかと歩み寄りブリジットは仔猫姿の幼獣をセオの目の前に突き付けた。


「…探し物はこれか?」


「は、はいっ…」


「学内には幼獣であっても魔物を持ち込むのは禁止だろう。君のか?」


 セオは慌てて首を横に振る。そうして不審そうにブリジットを見た。


「その話し方…」


「うん?あぁ…だって君は本当は女らしい女が嫌いだろ?なのに何だって女ばかりの生徒会にいるんだ?金をくすねるためか?それとも硬派な会長狙いか?」


 セオは一気に青ざめ動揺を見せた。そうして今度は僅かに赤くなり額に浮いた汗を拭った。


「君は何でもお見通しなのか?生徒会のお金にまで…手を付けたことを激しく後悔してるから…こうやって…大っぴらにできない失せ物を探したりして小銭稼ぎをして補填してるんだ。頼む…会長には言わないでほしい」


 セオは諦めたようにため息をついた。


「私は学内で起きている吸血騒ぎの方を調べているんだ。君が何で小銭稼ぎをしようが別に構わないが、よく知らない相手に血を売るのはあまり感心しないな…」


 魔獣を簡易的な魔術の檻で覆ってブリジットは怯えた顔のひょろひょろした長身の相手を見上げる。背は高いが肉付きが悪い。それに。


「…あちこち怪我だらけじゃないか。そうやって見えないところを執拗に狙うのはロクな奴じゃない」


 長袖を素早くめくると広範囲にわたって青痣やミミズ腫れが出来ていた。


「やめろっ!見るな…」


 セオは自分よりも小柄な少女なのに相手の力に逆らえず焦り出した。ブリジットはセオの瞳を覗き込みミミズ腫れに触れる。セオを嘲笑う男女が二人ずつ。四人の力を合わせて服従の魔力で彼を従わせ、暴力と時に気紛れな愛情に見せかけた手でセオを弄ぶ。なるほど、飴と鞭か。

 気付けば何が起こったのか、セオはシャツのボタンを外されブリジットの指で魔力中枢の真上の素肌を触られていた。

 四人の魔力を編み込んだ入念な服従の魔法陣が浮かび上がる。厄介なことに魔力そのものもかなり強い。緻密で悪質。頭の切れる連中だ。


「解除してやろうか?跳ね返った相手が苦しんだところで、君の受けた屈辱の四分の一か…あまり面白くないな。呪いも上乗せしてみようか?」


 セオはやっとのことで気力を振り絞り首を横に振った。首以外は全く動かせない。


「そんなこと…出来るわけが…仮にできたとしても…報復の方が恐ろしいから…止めてくれ…今度こそ殺される」


 ふん、とブリジットは鼻を鳴らす。だったら。


「面倒な奴だな。相手が報復出来なければいいんだな?じゃあこれしかないじゃないか。いいか、私から目を逸らすなよ。悪いようにはしない」


 ブリジットはセオの目を再び覗き込む。ブリジットの濃い青い瞳に金の虹彩が現れた。目の前にいるのは本当に魔術師なのか?セオは恐れ慄く。強い風が吹き抜けてセオを長年押さえつけていた重苦しい枷が外れる気配がした。


「我に服従せよ」


 セオは歌うように囁いたブリジットに解除と同時に再びやんわりと絡め取られた。魔力中枢に呆気なくブリジットの魔法陣が吸い込まれる。


「一時的な救済措置だ」


 ブリジットは遠くに視線を彷徨わせてクスクスと笑い出した。


「私の呪いはじわじわ効いてくるからな…という訳で学院長、今回は大目に見てくれませんか?もちろん罰は受けますが情状酌量ということで」


 振り返ると学院長が呆れたような表情を浮かべて立っていた。学院長はブリジットの真上で鳴り始めた警報を止め光の明滅も消し去る。


「流石にこれは検知に引っかかるのか…でも、網を張る前の服従の魔力は相手が合意していると見做されて対象外になるのはまずいですよね?」


「…そうだな。セオ。長年気付かず、すまなかった」


 学院長に謝罪されてセオは目を瞬いた。それに確かにたった今ブリジットに服従させられたはずなのに、屈辱感はなく、むしろ安堵している自分に驚いていた。とうとう慣れ過ぎて感覚まで麻痺してしまったのだろうか。


「とりあえず、君の言うところの、一時的な救済措置としての服従なら仕方ないな…だが呪いは感心しないぞ。何をかけた?」


 ブリジットはニコリと上品に笑う。


「だんだん身体が腫れ上がって耐え難いほど痒くなる呪い…それは心の底から改心しない限り続く…ちなみにこれも自己流なのでいくら頭脳明晰でも解くのは困難でしょうね。セオの三年間に比べたら可愛らしいものでしょう?」


 学院長は眉間に皺を寄せる。実にブリジットらしい思い付きだ。


「校内の晒し者だな。果たして改心できるかな?しかし魔術師としては優秀な者たちがセオにこのような仕打ちを…実に残念だよ」


 学院長はブリジットが読んだ思考を共有して浮かび上がった顔ぶれに深いため息をついた。

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