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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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再びの開花

 モリス教授からブリジットに交代してジュディスが抱き抱えられて屋敷に戻ると、フレディは焦った顔をして立ち上がった。


「治癒院で何かあったのか?」


「経緯を説明するわね…」


 ジュディスに魔力を吸い取られてかなり疲労したモリス教授が大広間の椅子に座る。他の面々は食後のお茶を楽しんでいる時間帯だった。

 ブリジットはジュディスを抱いたまま手近なソファーに腰を下ろす。ジュディスはそのままブリジットの肩に両腕を回して無心に魔力を吸い取っていた。ブリジットは眠りにつく前の夢見心地で、ジュディスの髪に指を絡ませ、細い腰に手を回している。傍目には美しい二人が抱擁しているようにしか見えないのが厄介だった。


「父さん…何をしているんだ…」


 近くにいたクレメンスが仏頂面のまま呆れたように呟く。隣のベアトリスもノアも思わず揃って見惚れ、ブルーノは途中で我に返ってそっとノアを目隠しした。魔力が復活しきってないレイは、やんわりと雑にソファー周辺を遮断した。


「ごめん…僕も魔力の残りが少なくて。ジュディスが魔力不足で大変なんだ…他に有り余ってる人いない?」


 ちょうど食後の鍛錬を始めようかと集まっていたウォードを始めとする三人がレイの声に気付いて振り返った。


「お嬢がどうかしましたか?魔力なら我々、有り余ってますよ?」


「ジュディスさまの危機ならそちらが優先だな」


 程なくしてフラつきながらブリジットが遮断から出てくるとウォードが代わりに入った。


「…あぁ…まるで底なし沼だな。あれは嵌ると抜け出せない」


 ブリジットはいつもの定位置に座るとグラスに水を注いでがぶ飲みした。


「母さんの方なら僕が対応しておいたよ」


 ぶっきらぼうにクレメンスが言う。ブリジットは笑った。


「気の利く息子で本当に助かるよ。ちょっと治癒院で想定外のことが起こってね、あぁエステルありがとう。遅いときは先に帰っていいんだよ?」


 料理を運んできたエステルに笑いかけるとエステルは、はにかんだ。


「いえ…好きでやっているので…それに一人で帰ると危ないからと、いつも料理長が送って下さるんです」


 ブリジットは思わずアマロックの方を見る。ひょっとして、そういうことなのか?


「エステルは料理長と付き合ってるのか?」


 小声で聞くとエステルは途端に真っ赤になった。なるほど、これは実に面白い。


「料理長もなかなかに見る目があるじゃないか」


 耳元で囁くとエステルは更に顔を赤くして光った。感情が揺らぐとエステルは時折光ってしまう。


「だから…父さん…何をしているんだ…」


 本日二度目の台詞を繰り返してクレメンスは深いため息をついた。



***



 レイの花のときよりもアストリアの蔦でできた蕾は魔力の消費量が半端なかった。万が一のためにウォードとブラッドウッドも屋敷に泊まり込むことにした。


「第三王子って…生きていたら今幾つなんだ?」


 ウォードとアマロックの魔力を分けてもらって、少し落ち着いたジュディスがベッドでゴロゴロしながら、近くに座ったレイを見上げた。


「うーんと…セシル兄さんは…五歳歳上だったから二十一だね。どうして?」


「いや、確かアストリアは第三王子と同級生だったと聞いたから。そうすると…あの蔦も…その年数分育ってるはずだから…本数は少なくても強いんだよ…だから魔力も消費する…」


 余計な魔力を使わないようにジュディスは目を閉じる。


「少し…寝る…」


「うん、近くにいるからね」


 ジュディスの手をそっと握ってレイは頭を撫でた。



***



 ジュディスは夢を見た。暗くて温かいところから外に押し出される。ジュディスが先に出て双子の兄は後から出た。眩しい。目を開くとまだ若い父が見えた。


「生まれたぞ!双子だ!よくやった!」


 父は喜んで二人を抱き上げる。蔦まみれで毛玉のような見た目の兄と目が合った。


「ほら、母さんだぞ」


 父は嬉々として二人を母親に見せる。


「かあ…さん…?」


 兄が呟くと、母と呼ばれた女性は悲鳴を上げた。


「いやぁぁぁ!化け物!!」


 ジュディスは訳が分からず混乱する。


「私は兄に命令されて仕方なく腹を貸しただけよ!でもこんな気持ちの悪いモノが出てくるなんて聞いてない!二度と私の前に姿を見せないで!!化け物の母になんかなりたくないわよ!」


 狂ったように母はまくし立てる。ジュディスは何故か悲しくなった。


「ごめんなさい…」


 小さく呟いた。

 生まれてきてごめんなさい。



***



「ジュディス!!」


 呼ばれて目を開けるとレイがボロボロ泣いていた。


「レイにも…見えたのか?なんでレイが泣くんだ?」


 うまく笑えただろうか。自信がなかった。レイの指が頬に触れる。流れた涙を拭われたのだと、ようやく気付いた。花の蕾を潰さないようにレイがそっと抱きしめてくれる。何か言わなくてはと思ったが言葉が見つからなかった。ジュディスはレイの背中に手を回してその温もりを感じた。かき乱された感情が少し落ち着く。


「僕は、ジュディスとお兄さんが生まれてきてくれたことを祝福する…だから謝らなくていいんだ」


 レイはジュディスの髪を撫でた。ジュディスは目を閉じる。蕾の膨らむ気配がして魔力が吸い取られた。


「レイ…人を呼んで…たくさん魔力が…いる」


 レイは枕元の鐘を鳴らす。そのとき一番魔力量のある相手に繋がるようになっていた。程なくして扉の叩く音がした。


「入るぞ?」


 学院長が入ってきて、涙でぐちゃぐちゃになった二人の顔を見比べ心配そうな表情になった。


「二人とも大丈夫か?」


「共鳴しただけなので…大丈夫です」


 レイが言って顔をこする。学院長はベッドに座るとジュディスの差し出した両手を握った。


「フレディ…」


 ジュディスはホッとしたように目を閉じる。慣れ親しんだ空気感だ。近くにいるレイも学院長の安定した炎を感じて安堵する。


「火種は…大丈夫なのか?レイも大変だったな」


 魔力を流しながら学院長が言う。レイは苦笑した。


「どうやったら…流されずに済みますか?」


 レイが問うと学院長は口許だけで笑った。


「あれには抗う方が困難だな。時には流れに乗る方が楽なこともある…」


 真面目な学院長にしては珍しい回答だ。ジュディスの肩の蕾はみるみるうちに膨らんで薄紫の花びらが現れた。


「ジュディス…咲きそうだよ」


 学院長とレイの見守る中、ふわりと花が開く。花びらは五枚で今まで嗅いだこともない芳香が漂った。昨日はあっという間に萎んだのに今日は萎まない。視線が集まってジュディスは落ち着かない気持ちになる。


「今日の花も…綺麗だね」


「これ…いつ萎むのかな…咲いてる間も…消耗する…」


「…レイ、鐘を鳴らせ」


 ジュディスの掌を握った学院長が告げる。レイは慌てて鐘を鳴らす。程なくして扉が叩かれた。


「入っていいぞ」


 恐る恐る顔を出したのはブラッドウッドだった。


「今日は君の制限を解除する。ジュディスになら流しても問題はない」


 ブラッドウッドは僅かに焦りを見せたが頷いた。慎重に両手首のブレスレットを外す。レイはそのとき初めて気付いた。魔力の種類が違う。


「両手から君の保有する魔力の半分程度を流したらレイに知らせてくれ。どのくらいの時間、花が咲いているのか分からないからな。くれぐれも無理のないよう」


 去ろうとする学院長に向かってジュディスは小さな声で告げた。


「フレディ…フロレンティーナは大丈夫か?あの屋敷に…近付いた影響なのか…嫌な夢を見た…から」


「分かった、ありがとう。気を付ける」


 学院長はジュディスの頭を撫でると部屋から出て行った。ジュディスはブラッドウッドの大きな手に両手を包まれて魔力を受け取り始める。が、戸惑いを感じてジュディスは閉じていた目を開けた。


「解除したのか?もう流して大丈夫だ。気休めにはならないかもしれないが…私を生んだのも半魔の女だ…だから同じ…」


 レイもジュディスの夢でその顔を見た。女の額には角が二本生えていた。その額の中央に描かれた南方王朝の王族の印も。恐らくは狂王の妹。

 ブラッドウッドは急に腑に落ちた表情になった。自分が何故、急にジュディスに親和力を感じて普段は話さないようなことも話してしまったのか。この身に流れる血だ。魔物は魔力量の多い強い魔物に従い群れをなす種族が多い。以前自分の血を舐めたジュディスは、恐らくすでに気付いていたのだろう。


「そうですか…」


 急に肩の力が抜けてブラッドウッドは思わずありのままの魔力をジュディスに流してしまった。


「あ!急にすみません」


「大丈夫…」


 魔族の魔力でもジュディスは難なく吸収できる。魔力中枢に溜めても人間のように害になることもない。むしろすぐに満たされて心地良かった。


「レイなら触れても大丈夫だぞ?」


 ブラッドウッドから片手を離してジュディスがレイの手を握る。レイが感じたのはフロレンティーナの炎よりも更に熱い業火のような感覚だった。


「わ…!」


 レイは目を見張る。以前なら炎だけで尻込みしそうだったのに、ジュディスと混ざって自分もすっかり変わった。


「その血のせいか?ブラッドウッドが…相手に今一歩踏み込めないのは。ま、私も偉そうにそうやって口出しする割には自分のこととなると途端に尻込みするんだけどな…」


 ジュディスは小さく笑って困ったような顔で見下ろすレイに視線を移した。


「まずは僕がジュディスに頼ってもらえるくらい強くならないとね…あ…!」


 ジュディスの肩の紫の花びらがハラハラと散り始めた。


「ようやく…散ったな」


 ジュディスがホッとした声を出してブラッドウッドの手を離した。


「もう…大丈夫そうだ…」


 ブラッドウッドは再び慎重にブレスレットを手首に戻した。魔力の気配が普段通りに戻る。


「綺麗な花でしたね…」


「魔力を食わなきゃもっといいんだけどね…咲く度に毎回すごく疲れるんだ…」


 ジュディスは力なく笑った。

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