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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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幻影

 食後、次の講義にはまだ早かったが散歩がてら六人は移動を始めた。ベアトリスは今日の講義はもう終わりで少し休憩が必要だと二階へ移動した。クレメンスは母にベアトリスのことを頼んで出掛ける。いつの間にか二人が仲良く話しているのをクレメンスは不思議な気持ちで見ていた。


「今日少しの間しか見ていないけれど、ベアトリス嬢は噂と違って気遣いのできる人だったな…」


 リアムが正直な感想を口にした。


「居丈高で傲慢で他人に容赦ない…むしろ、私に当てはまるだろ?」


 ジュディスがふんと笑う。口調は乱暴だが今日の服装はいつもと違って襟や袖がふわふわしていて少女らしかった。魔術騎士科の講義でも体調がまだ万全ではないということで制服ではなくその姿で採点していたので、動揺して集中できなかった生徒も実はいた。


「あーそういえば今朝、バタバタしててフロレンティーナに返しそびれたんだよ。どこ行ったんだろ」


 ジュディスの呟きにレイは途端に挙動不審になる。


「えっ?あれ、まだ返してなかったの?夜までには必ず返してよね。じゃないと…」


 言いかけてレイは顔を赤らめた。それを見たジュディスまで微妙な表情で押し黙る。何となく察したクレメンスがレイの肩を叩いて囁いた。


「…そんなに効果があったのか?例のあれは」


「クレメンスまでからかわないでよ」


「いや、個人的に興味があるだけだ。火種で何が起こったのか」


 ノアと笑いながらジュディスが何か話している。ブルーノはリアムと既知の間柄だったので二人も話し込んでいる最中だった。


「ジュディスが…いつになく…積極的で…って今、何を想像した?クレメンス?魔力交換をしていたはずが魔力を吸い付くされそうになったんだよ…」


 レイが小声で呟くと、クレメンスは再びレイの肩を叩いて口許だけで僅かに笑った。


「それは…生きてて何より…だな。で、花は無事に咲いたのか?」


「咲いたよ。青い綺麗な花だった」


「そうか…レイ、もしも僕が…その花の種を飲みたいと言ったらどうする?」


 突然の友の言葉にレイはギクリとして顔を上げた。仰ぎ見るクレメンスの顔は真面目そのものだった。


「その話をどこで…?」


 話したのは学院長室のみだ。一時的に蔦持ちを作る物騒な話は。だがロウは諜報機関を持っている。誰かが忍んでいたのだろうか。


「悪い…でも興味があった。僕は平凡な魔力とちょっと特殊な教育によって手に入れた力しか持っていないから…今のままではロウの家で生き残るのも、なかなか難しいんだよ。それに…すでに僕が追いつけないような魔力量と力を得ている君が、強い男になるには道のりが遠いと言ったじゃないか。あれは殴られたような気分だったぞ」


 クレメンスはちらりとレイを見た。


「…そうか。ごめん、でも今すぐは答えられない。誰が飲むのか飲まないのかも…種が本当にできるかどうかも未知数だから」


「いや…僕こそ急にすまなかった。でももし可能性があるのなら、僕がそれを望んでいることを…覚えていてほしいんだ」


「分かったよ」



***



「…レイ…フロレンティーナが変な場所にいるんだが…」


 不意に歩いていたジュディスが足を止めて呟く。レイの足元の陰から仔猫が顔を出した。


(第七王子だっけ?の元屋敷の近くだよ)


 仔猫の言葉にレイは眉をひそめる。クレメンスに仔猫の言葉は聞こえなかったが、レイの表情から嫌な予感がした。


「あそこは出来れば近付きたくないなぁ…」


 間もなく講義の始まるノアとブルーノを見送る。ブルーノがノアを守るために受講する講義をノアにほぼ合わせているのを知ったのもつい最近のことだった。資格取得済みの講義まで再受講して徹底している。


「近付きたくないってもしや…」


 クレメンスは理解した。おそらくレイが惨劇に巻き込まれた場所だろう。それに今はリアムもいる。


「…ちょっと行ってくるかなぁ…」


 ジュディスの呟きにファラーシャがにゃあと鳴いて、突然景色が変わった。慌てるクレメンスとリアムはすでに視界に薄暗い屋敷を捉えていた。


「ファラーシャ、みんなまとめて移動しちゃったな」


 レイが呆れ気味にため息をつく。地面から現れた灰色の仔猫にリアムは目を瞬いた。


「猫…じゃないんだよね?」


「いやこれは猫だ。そういうことにしておけ」


 ジュディスの強引な言葉にリアムは、えぇ?と言いながらも頷いた。


「フロレンティーナ、どこだ?」


 ジュディスは見るからに陰鬱な屋敷を目指してすたすたと歩き出す。レイはごくりとつばを飲み込んだ。


「…ジュディスは…あんな目に遭ったのに…強いよなぁ…」


 レイの小さな呟きに動揺を感じ取り、クレメンスは少し屈んでその顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」


「あ…あぁ…」


 言いながらもレイは顔をしかめて魔力中枢の辺りを撫で、耐えきれなくなった様子で前屈みになった。先を進むジュディスが不意に振り返り戻ってきた。ジュディスはレイの手の上に掌を重ねた。


「痛むのか?レイ…ここで待ってろ。侵入した罰を受けるのは私とフロレンティーナで十分だ」


 けれどもレイは頑なに首を横に振った。


「嫌だよ。僕はもう…危険な場所で君とは離れないと決めたんだ」


「人を探しに来ただけですって言い訳したら…少しは罰も軽くならないかな?」


 リアムが小声で言って屋敷の方に目を向ける。が、突然その表情は凍りついた。


「…な…んで?」


 レイも顔を上げ同じ方向を見て途端に動きを止める。


「えっ…うそだろ…ダリル…?」


 ジュディスとクレメンスには見えない何かを見て二人は固まっていた。


「どうした?何が見えてる?」


 ジュディスは屋敷と二人を交互に見る。だが何も見えない。ジュディスはレイの手を握り意識を共有した。

 赤黒い触手を生やして奇形化した生き物がそこにいた。それなのに顔だけが人間のそれでリアムと同じ金髪碧眼をしていた。その目にもはや知性はない。獣のように凶暴な殺意がみなぎっているだけだった。ジュディスは手を離してレイの両目を塞いだ。クレメンスもそれに倣って瞬時にリアムの目を塞ぐ。


「フロレンティーナが見つかったよ!ちょっとまずいかも…」


 ファラーシャの声が呼ぶ。だがジュディスにしては珍しく困惑したような表情を浮かべてクレメンスの顔を見た。


「私はダリルは知らないが…今この中に入ったら…おそらく影響を受ける。私には二階に…いないはずの人が見えた…。あの日あの場にいなかったのはクレメンスとファラーシャだけなんだ」


「分かった。なら僕が行く」


 クレメンスは頷いた。ジュディスはリアムを引き寄せて目を塞いだ。


「ファラーシャ、案内を頼む」


「クレメンス、気をつけて」


 ジュディスの言葉に頷いてクレメンスは屋敷の方へ走った。

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