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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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ジュディスの記憶力

 一方、その頃ブリジットは学院長室を訪れていた。ソファーにはロージーと呼ばれた少女が横たわっている。


「じゃあ読み取るぞ」


 美少女姿のままブリジットはロージーの額に触れる。フレディは相手に触れても記憶を読まないように閉じるのが常だった。そういう教育を受けてきた。だがロウの家は違う。むしろ開く。開いていなければ抉じ開ける。そのことに対して抵抗を持たないように育てられる。膨大な量の他人の記憶を情報として貯蓄する。それらを組み合わせて真実に行き着く。

 ブリジットはロージーの記憶を優しく撫でる。安々と抵抗なく開いて物足りなさを感じた。白い髪に薄紫の瞳の少年が見えた。


「願いを叶える代わりに、お姉さんの血をちょうだい。そうしたら僕が願いを叶えてあげる」


 なるほど。合意の上での契約か。相手が拒絶し不快だと思わなければ、フロレンティーナの張り巡らせた網には掛からないという訳だ。だがこいつは誰だ?第七王子に似ていて気味が悪い。記憶を洗いざらい保管してブリジットは手を離す。大して面白みのない少女だが毒牙に掛かる程度の闇は持っている。


「どうだった?」


 傍らのフレディに向かってブリジットは実に楽しそうに口許にだけ不穏な笑みを浮かべた。


「そうだな…第七王子の亡霊を見たぞ。あれは例の惨劇の屋敷か?」


 第七王子の言葉にフレディの眉が僅かに動く。今にも舌舐めずりしそうな相手に向かってフレディは片手を上げた。


「私の記憶まで読もうとするな。不本意ながら私だって第七王子に関しては沈黙の誓いを立てさせられている…」


 流石に学院長の地位にある者を拷問する訳にもいかなかったようで、想像よりはまともな扱いだったが、しばらく軟禁され頭の中を覗かれた不快感はいまだに拭えなかった。


「フレディが見ていない間にあの日ジュディスに何があったのか知りたくはないのか…?」


「記憶には記憶を…か。対価としては魅力的だが、ダメだ。今回の報酬はこっちだ」


 声に出さずフレディはブリジットの脳裏に直接語りかける。ブリジットの目が金に輝いた。


「交渉成立だな」



***

 


 ロージーは目覚めてから、そこが学院長室のソファーだと気付くまでに間があった。最近記憶が途切れ途切れだ。何があったのだろう。


「あなた突然モリス教授の研究室の近くで倒れたのよ。大丈夫?」


 近くに座っていた金髪に濃い青色の瞳の美少女が心配そうな顔をした。


「治癒室よりこちらが近かったから連れてきて休ませた」


 近くの大理石の机で何やら書いていた学院長が顔を上げる。その机から紙袋が浮き上がりロージーの膝の上に着地した。


「モリス教授は貧血だと言っていた。それを飲むようにと預かった」


 ロージーが袋を開けるとハーブの良い香りが漂った。ロージーは有り難くそれを受け取り一礼して学院長室から出てゆく。程なくして扉を叩く音がした。


「入りたまえ」


 扉が開くと長い黒髪に前髪を切りそろえた眼鏡の少女が入ってきた。眼鏡の奥の瞳も夜空のように黒い。


「学院長、生徒会も暇ではないのに気軽に呼び出されると困ります」


 学院長にも臆せずに言い返す少女にブリジットは思わず笑いそうになる。いかにも堅物という印象だ。


「彼女は高等部の生徒会長を務めるセシリア・ヘイズだ。こちらは転入生のブリジット・ロウ。そろそろ空席の副会長の座に相応しい人物を推薦して貰いたいのだが、君が次々と候補者を不適切と見なして除外するから、学院内にはとうとう誰も名乗り出る者もいなくなってしまってね。それでだ。転入生のブリジットかクレメンスのどちらかを次の選挙までの臨時としてお勧めするが、いかがかね?」


 セシリアが鋭い目付きでソファーに座るブリジットを見てきたので、ブリジットは立ち上がって優雅に一礼をした。


「はじめまして。ブリジット・ロウです。どうぞよろしくお願いします」


 セシリアはクレメンスも裸足で逃げ出すに違いない仏頂面のままブリジットを不躾なほどじろじろと見る。


「…まずはあなたからお試し期間に入るという訳ですか。生徒会の足を引っ張ったら即刻クビですからからね」


 顔の前に指を突きつけられてブリジットはどう表情を取り繕えばいいのか分からずに微笑んだ。


「緊張感が足りませんが…まぁいいでしょう。お手並み拝見致しますわ」


 フレディが何故生徒会に入り込めと言ったのかは謎だったが、ブリジットは振られた役割を演じ切ることにした。


「お手並みとは、具体的にどういうことか教えていただけますか?」


 外見に合わせた口調でブリジットは上品な微笑みを浮かべた。



***



 同じ頃レイの屋敷では、一般向けの食堂から取り寄せた料理を並べてそれぞれが昼食の準備に取り掛かっていた。


「リアムは貴族向けの食堂しか入ったことないよな?」


 レイに向かって皿を投げながらジュディスが言う。


「そうですね…見たことない料理ばかりですが、こっちの方が美味しそうだ。これは?」


「一般向けの食堂の料理だよ。私はこっちじゃないと胃もたれして食べれないんだ」


「…ジュディスの粥もようやく少し柔らかめ程度の食感になったよね。いつまであの離乳食みたいのが続くのかと思ったよ」


 レイが苦笑しながら全ての皿を受け取って次々と所定の位置に配置する。


「うちの料理長がいるときにこれをやると叱られるんだ」


 程なくしてブルーノとノアもやってきた。最近は昼も屋敷に集まるのが習慣になっている。扉の陰でウロウロしている何者かの背中に向かってジュディスが声を掛けた。


「入るならさっさと入ってこい。食うのか食わないのかどっちだ?」


 ひょこりと気まずそうに顔を出したのはシリルだった。


「…いいのか?」


「食事を与えないのも虐待になるらしいからな。食べなくても生きられるからといって食事を忘れがちなあんたや私にとっても、これはいい機会だろ」


 シリルは大人しく端の席に座る。なんとなく気の毒になりブルーノがその隣に座るとジュディスはさっさと遠くの席に行ってしまった。


「確かに…あれが小さい頃…食事を与えずに…一ヶ月ほど留守にしたことがあったかの…」


 シリルの小さな呟きにブルーノはため息をつく。


「それ、人の子だったら死んでますよ?半獣人でも無理ですね」


 ジュディスが親のことを全く語らない訳だとその発言からブルーノはようやく理解した。ろくでもない父親だが食事も寝床も与えられて何不自由なく育てられた自分はジュディスのことをまだ何も知らないに等しい。


「我は実験はできても、子は育てられん…じゃからあれは元軍人と竜の番に懐くんじゃろうな。父親らしいことは一つもせずに父じゃと名乗っても…せいぜい、あれを怒らせることしかできん」


 シリルの言葉にブルーノは返した。


「その割には…僕に対しては父よりもよほど優しい言葉を掛けてくれましたよね。それをジュディスに掛けないのはどうしてなんです?」


「それは君が他人だからじゃ。他人なら冷静に観察もできよう。それに今更あれに優しく言ったところで気味悪がられるに決まっておろう」


 シリルは目の前に並ぶ料理を皿に取りながら言った。確かに自分もあの父親から優しい言葉を掛けられるのを想像しただけでもゾッとする。ジュディスも同じかもしれないと思った。


「あら、今日もみんな揃ってるのね」


 二階からアドリアーナが降りてくる。クレメンスは慌てて立ち上がると、アドリアーナの手に飲み物を手渡した。アドリアーナはフロレンティーナと違って食が細いので昼はあまり食べなかった。


(母さんだってバレるとややこしくなるから二階に行ってて)


 クレメンスは耳打ちして強引に二階へ追いやる。席に戻ってきたクレメンスに隣のリアムが言った。


「あの美少女は誰?あの子も転入生?」


「いや…転入生ではないし、ああ見えて既婚者だ」


「えぇ…?皆既婚者なのかい」


 リアムの信じられないという声にジュディスが笑った。


「私だって婚約してるぞ?」


 ジュディスは左手の甲の魔法陣をヒラヒラとかざす。隣のレイが苦笑した。


「この魔法陣、けっこう縛りがきつくて発動したら怖いんだよね…」


 そう言いながらレイは右手でジュディスの左手に指を絡める。すると二つの魔法陣は繋がって新たな一つの魔法陣が中空に浮かび上がった。


「古代術式魔法陣一覧、三百八十五頁、婚約の誓い、月下の型…花の型と少し迷ったけどこっちにした」


「え…なんで頁数まで覚えてるの?」


「え?覚えてるだろ。ん…?」


 周りの驚愕したような視線にジュディスはたじろいだ。何か発言を間違っただろうか。


「あのさ…ジュディス。ひょっとして…読んだ本の内容…丸々全部記憶してるとか…言わないよね?」


 レイが恐る恐る尋ねる。


「一度見たものは全部まるっと記憶できるぞ?そうじゃないのか?」


「それ…大抵の人はできないと思う…だからみんな暗記するのに苦労してるんだよ…」


 レイが額を押さえる。


「うっかり禁術の類を見たら大変そうだな」


 クレメンスが呟くとジュディスは苦笑した。


「あるぞ。死ぬかと思ったが、その時は記憶を部分的に焼き切った」


 とんでもない発言にクレメンスのみならずリアムも絶句する。不意にレイはあの欠片のことを思い出した。見たら自分たちとは違って鮮明にいつまでも忘れられない。だから学院長はジュディスの記憶に鍵を掛けたのだと。学院長はジュディスの記憶力のことを知っているのだろうか。ブリジットは精神的な意味合いでの繋がりを強化して乗り越えるやり方を提示してくれたが、やはり鍵の掛け方も覚えておくべきではないかとレイは思った。忘れ難い酷い記憶はないに越したことはないが、万が一遭遇してしまった場合に鍵は有効だ。そうして自分がその酷い記憶に含まれない為に強くなることも。レイがスープを飲みながら難しい顔をしたので、ジュディスが隣から一匙すくって飲んだ。


「美味しいじゃないか。なんでそんな不味そうな顔してるんだ?」


「君を守れる強い男になるには、道のりはまだまだ遠いなと思っただけだよ…」


 レイの言葉にクレメンスは驚いたように目を見開いた。が、何も言わず沈黙した。

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