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拒絶

 魔術騎士科の講堂でウォードとレイ、ジュディスは顔を突き合わせて話し合いをしていた。


「…という訳でレイは魔力を使用する剣術はしばらく使わない方が無難だという結論に達した。もちろん私も人前で魔力を吸い取る戦い方はしない」


 講義内容に関してのウォードとの打ち合わせで、ジュディスは宣言した。言及は避けたが、レイは怪我の影響で魔力が不安定だとウォードには告げてある。

 三人が一般学生向けの講義に関しての話を進めていると、四人の補助講師が講堂に入ってきた。そのうちの赤褐色の髪をした一人が聞こえよがしに言う。


「媚を売ってまで上になりたい奴がいるぞ」


「おい、構うなって」


 中の一人は小声で制したが、彼は止まらなかった。こちらに向かって歩いてくると彼はウォードの前で立ち止まった。


「ウォード先生、いったいどうやって羽化の守のお嬢様と第八王子様に取り入ったんですか?私にも教えて下さいよ」


 座ったままウォードはニコニコ笑いながら相手を見上げた。


「私は羽化の守のお嬢様に剣を捧げました。お嬢様の犬でも構わないという覚悟があれば、もう一匹くらいは飼って下さるかもしれませんよ?」


「ふざけたことを!」


 相手は激昂したが、絶妙なタイミングでジュディスが右手の掌を出した。


「ケイレブ、お手」


「ワンっ!」


 あろうことかウォードは犬の真似をして右手をジュディスの掌に乗せる。


「よしよし」


 ジュディスは身を乗り出してウォードの茶色の髪をくしゃくしゃに撫で回した。傍らのレイは見慣れているのかすでに呆れ顔だ。


「貴殿の名前は?」


 ジュディスは立ち上がって赤褐色の髪の男を見上げた。ウォードよりも見た目は屈強で長身だ。瞬時にジュディスは相手の魔力量を読む。


「…クリス・ブラッドウッドです」


 不満げな顔付きでブラッドウッドは答えた。


「私の犬になりたいなら、互角で戦えることが第一条件だ。ケイレブに噛み付く前に私と手合わせ願おうか。それとも…無難にお手をするか?」


 右手を差し出してヒラヒラ振ると、相手が怒りを懸命に押し殺す気配が感じられた。


「冗談だ。訓練場へ移動しよう」


「ジュディス…」


 隣でレイがため息をつく。


「なんだ?」


「いや…なんでもないよ」


 レイは楽しそうなジュディスの表情を見て全てを諦めた。



***



 数十分後、ブラッドウッドはまさか自分があの時、お手をしておいた方がマシだったかもしれないなどと後悔することになるとは思ってもみなかった。

 今、小柄な少女はブラッドウッドの上に馬乗りになり、首筋に剣を突き付けていた。切っ先が僅かにかすって血が滲む。


「これで…死ぬのは何回目かな?」


 好戦的な表情でジュディスはブラッドウッドに告げる。


「三回目…です」


 自尊心を踏みにじられてブラッドウッドは歯噛みする。すでに息が上がり疲労感でいっぱいだった。こんな小さな少女に負けるなどとは思っていなかった。違う、これは恐らくこの少女が桁違いに強すぎるのだ。


「従順な犬もいいが、こうやって噛み付くのを躾けるのも楽しいな」


 切っ先を遠ざけたジュディスはそのまま顔を近付けると、ブラッドウッドの首筋に滲んだ血を舐めた。ピリピリと刺激的な魔力が流し込まれる。今のままでは敵わないと身体に刻み付けられた気がした。


「私とレイが補助講師になれたことに意味があるように、ケイレブだって見えないところで努力して魔力量を上げたから学院長が認めただけだ。ブラッドウッド先生はもう少し無駄な肩の力を抜いた方がいいぞ。その強張りが剣筋からも伝わってくる」


 するりと少女は身体を避けて、片手を差し出した。その手を握ると魔力で引っ張られて起こされた。近くで見下ろすと自分の腰の少し上につむじが見えるほど小柄で華奢な少女だ。だが触れると分かる。魔力量が底知れない。いったいこの少女は何度命のやり取りを繰り返してきたのだろうと思う。王子と混ざって色の変わった瞳に見上げられ、ついにブラッドウッドは覚悟を決めた。膝を折って臣下の礼を取る。


「これまでの非礼をお許し下さい。私の剣を捧げます」


 その言葉を聞いてジュディスはニコリと笑った。


「その謝罪はケイレブに言ってくれ。あぁ…あと、もう一つ通過儀礼があるんだった。料理長に認めてもらえたら合格だ」


 ブラッドウッドには理解不明な言葉を口にしてジュディスは不敵な笑みを浮かべた。



***



「ジュディス…魔術騎士科の補助講師を何人懐柔するつもりなの?」


 訓練場の観覧席で一部始終を見ながら待っていたレイは手すりに頬杖をついて言った。戻ってきたジュディスは後ろからレイを抱きしめた。


「うん…?とりあえず、今のことろはこのくらい…かな?私やレイに何かあって急に動けなくなった場合、代わりの足になってくれる者はこの先必要だから」


「何かって…起こってほしくないけど…」


「少なくとも私は女だから、体調の高低差が激しいんだ。魔力量が多くて信頼できる者を増やしておくに越したことはない」


「確かに…今の僕は不安定だしね…」


 レイはジュディスの手に自分の掌を重ねた。手の甲に刻まれた婚約の魔法陣を重ねるとそれだけのことなのに安堵する。身体の中でざわつく蔦の気配も、ジュディスがそばにいることで落ち着く気がするのが不思議だった。


「大丈夫。必ず安定できるように導くから」


 背中でジュディスが言い聞かせるように囁く。レイは身体を回してジュディスと向かい合わせになった。訓練場に二人の他には誰もいない。それでもレイは周囲を遮断した。ジュディスに甘えるように頭をぐりぐりと押し付ける。


「レイは身体が縮んだら精神年齢も幼くなったのか?」


 ジュディスはクスクスと笑いながら美しい銀の髪を優しく撫でた。



***



 レイが履修不足の歴史学の講義に向かったため、ジュディスは掲示板を確認し空き時間となっていたモリス教授の研究室へと足を運んだ。扉を叩くと返事が聞こえた。

 研究室の中には四人の貴族階級の上級生がいてモリス教授を囲んで談笑していたが、扉の前に立っているのが第八王子の婚約者だと気付くと途端に目を輝かせて中に招き入れた。


「ごきげんよう。今日は王子さまはご一緒ではないのですね」


 見覚えのある顔の青年が微笑む。ジュディスは大人しく微笑んだ。


「えぇ…」


 最近は常にジュディスにレイが付きまとっているので、片方のいない方が珍しいと思われている気がした。次の講義の予鈴が鳴って学生達は一斉に研究室から出てゆく。取り残されたジュディスは急に静かになった研究室でモリス教授と二人きりになってしまった。


「あの…先生、今朝はすみませんでした…」


 ジュディスが頭を下げるとモリス教授は目を見開いた。


「なによ、ちょっと止めてってば。あなたにそんなことされたら、後が怖いわ」


 いつもの調子でモリス教授は微笑むとハーブティーを淹れ始めた。


「それよりも…ジュディス、体調の方はどう?」


 椅子を勧められてジュディスは大人しくちょこんと腰掛ける。


「それが…向こう側に行って戻ってから、まだ一度も来ないから確認しようがなくて…。これが普通なのかそうじゃないのか…私のように精霊と混血の女性の知り合いがいないから分からないんです」


 ジュディスは置かれたハーブティーを一口飲んだ。


「レイも…私があの時あの瞬間にレイを失いたくなかったばかりに同じ身体にしてしまったから…今はまだ力の制御がうまくいかなくて今朝のようなことに…」


 モリス教授はティーカップを片手に手近な椅子に座ると気遣わしげな表情を浮かべた。


「レイは気にするなって言うけれど、本来なら人のままあの場で見送るべきで、身体の構造を捻じ曲げてまでこちらに留まらせるべきじゃなかったのかもしれないと…そう思ったりもするんです。その責任を一生抱えて生きるって点においては、モリス先生と私は少し似ているのかもしれないと…勝手に想像して思ってるだけですけど…」


 モリス教授は俯く少女の頭をそっと撫でた。口にすべきかためらった末にモリス教授は口を開いた。


「私は…王子と羽化の守の絆がどのくらい深いものなのか想像することしかできないけれど…失ったら後を追ってしまうほど辛いものなんでしょう?だったら失いたくないとレイを引き留めるのは当然だと思うわ…なのに、私は妹には王子の後を追わせなかった…救えると思ってたのよ。引き留めた後でそれが不可能だったと思い知らされて、自分の傲慢さにようやく気付いたのよ」


 モリス教授は眼鏡を外して目頭を押さえた。ジュディスは立ち上がってそっとモリス教授の手に触れた。


「先生…私を妹さんに会わせてもらえませんか?ここ数年、王子はお互いを呪い合う流れが続いてましたけど…もっと昔には、羽化の守どうしも交流していた穏やかな時代があったようなんです…羽化の守だからこそ、通じ合える部分もあるかもしれないと思って…」


「その申し出は有り難いのだけど…妹は…あなたを傷付けるかもしれないわ。この国の王子は今、レイただ一人なのよ?そしてあなたは羽化の守であり大切な婚約者。今あなたを危険に晒すわけにはいかないの」


 モリス教授は首を横に振った。優しいほほ笑みを浮かべていたが、その答えはきっぱりとした拒絶だった。


「ありがとう、ジュディス。その気持ちだけで十分よ。あなたは取り戻したレイを大切にしなさい」


 モリス教授はどことなく寂しそうな表情でジュディスの頭を撫でた。

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