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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南からの使者 4

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犯人探し

 翌朝、朝食を摂るのに集まった面々はブリジットが何気なく放った言葉に耳を疑った。


「私もここにいる間に中途半端になっている資格を取り直そうと思ってな。ついでに卒業資格も。やはりないよりあれば箔が付く」


「あなたの記録を引っ張り出して来たわよ。優秀だったのね。履修不足の科目を抜き出しておいたわ。参考にしてみて」


 フロレンティーナが中空から煌めく文字列を呼び出してブリジットに渡す。学院長が慌てて二度見した。


「フロレンティーナ…困るな。過去の記録保管箱を勝手に開けられると」


「細かいこと言わないのよ。別に悪用する訳じゃないんだから大目に見て。あなたの手間を省いただけよ」


「安心しろ、クレメンス。履修不足の講義に魔術騎士科の講義は含まれない。あぁでも歴史学に魔法薬学…薬草学…あとは…ん?魔術芸術学も足りてないのか?こうして見ると結構あるな…」


「それにしたって急に…もしかして本邸から何か言われたのか?」


 クレメンスがはたと気付く。ブリジットはフンと鼻を鳴らして紅茶を飲んだ。


「遠回しにそろそろ激しい運動は控えろと言われて、本邸での剣術指導はしばらく休みになった。確かに腹も出てきたしな。だから時間に余裕ができたんだ。時間は有意義に使わないとな」


「…親子揃って転入とは、なかなかに物好きだな。資格重視の成人向けの講義に空きがない場合は、一般学生と同じものを受講するしかないぞ?」


 学院長は新聞を読みながら片手で、ブリジットが履修不足と言った講義の受講人数を早速調べ始めていた。


「フレディは仕事が早いよね…」


 少し眠そうな声色でジュディスが言う。右肩の上には丸い膨らみが出来ているが、襟と袖にボリュームのある服を選んでうまく誤魔化していた。服のせいでいつもより少女らしく見える。


「フロレンティーナ…食後に竜の火種を返してもいいかな?花も咲き終わったし…ちょっと…刺激が強すぎて…」


「あら?あなたなら平気かと思ったけど、そんなに刺激的だった?で、レイはどうだったのかしら?」


 フロレンティーナが首を傾げてレイを見る。


「…なんで僕に振るかな…教えないよ…」


 レイは口ごもって視線を逸らす。


「そういえば、今日は副神官長…見てないね」


 レイは急に話題を変えた。確かに朝から姿を見ていない。それまで黙って食べていたブルーノが口を開いた。


「副神官長なら…料理長に呼び出されてどこかに行ったよ」


「アマロックが?」


 ジュディスは僅かに中空を睨んだが、フッと低く笑った。予測がついたらしい。学院長がブリジットを振り返り告げた。


「薬草学と魔法薬学は人気があるから成人の方に空きがない。水曜と金曜の学生と一緒になるぞ」


「それで構わない」


 クレメンスの隣でスープを飲んでいたベアトリスがそれを聞きつけて声を上げた。


「あのっ!その薬草学と魔法薬学…私と一緒に行ってくれませんか?」


 ブリジットは僅かに驚いた顔をしたが笑って頷いた。


「別に構わないが、私とでいいのか?」


 ベアトリスは大きく頷く。ベアトリスの薬草学と魔法薬学に同行できる学生がいなくて昨日諦めたのだった。魔法薬学はジュディスとノアも受講しているがベアトリスよりも上の階級で曜日が違った。元よりジュディスは資格があるので本来なら受講不要なのだが、有資格者とバレるのが面倒で受講していてそのままになっている。


「ブリジット、受講するならちょっと変装してくれないか?一つ頼みたいのだが」


 学院長の言葉にブリジットは眉をピクリと上げた。


「勿論報酬は渡す。吸血騒ぎの犯人探しだ」


「ほう…それは面白そうだな」 


 ブリジットはニヤリと笑った。



***



「どう?こんなものかしらね?」


 フロレンティーナがブリジットを上から下までくまなくチェックする。


「過去の姿を呼び出したわよ。ブリジットったら可愛いわね。髪の色だけはちょっと変えたけれど」


 ベアトリスと大差ない少女姿になったブリジットは金髪に濃い青の瞳の少女になっていた。


「ジュディスの髪は魔術でも何故か金髪にならないのよね…頑固だわ。これ以上魔力を流すと形そのものが変わっちゃいそう」


 学院内で吸血されたと思われる生徒が現在ベアトリス以外に三人いるが、どれも狙われたのは金髪の少女だった。


「なんだ…せっかく協力しようと思ったのに残念だな」


 ジュディスは不満顔だ。そうして感心したように言う。


「ブリジット…確かにその見た目だと押し倒したくなる気持ちも分からなくはないな…」


 ジュディスの率直すぎる感想に鏡を前にしたブリジットは勝ち誇ったように胸を反らせた。


「まぁな…だが…ベアトリスの母君の方が儚げな美少女で…遥かに人気があったな」


 ブリジットは微笑んでベアトリスを見る。


「お母さまのことも…知っているんですか?」


 ベアトリスは目を丸くした。


「アンジェリカは身体が弱くて時々しか学院にも顔を出せなかったが、優しくて皆に人気があったよ。カルヴィンとは学生のうちに結婚して傍から見ればとても幸せそうだった…そうだな、アンジェリカのことが知りたいなら今度ゆっくり教えよう」


「私はじゃあ…この姿にしようかしら?」


 フロレンティーナが額に指先を当てて姿を変える。現れたのは癖のある金髪に琥珀色の瞳の少女だった。


「私はこれまでに関わりのあった誰かの姿じゃないと投影できないのよ。場所が重なっているとより拾いやすいから…」


「ん…?」


 ブリジットが何かを思い出しそうな顔をする。


「あ、これ?フレディのお母さまの昔の姿よ。フレディはさぞ嫌な顔をするでしょうね」


 フロレンティーナはクスクスと笑った。



***



「なにやら母の亡霊が歩いてるような気分だな…」


 学院内の検知に目を光らせながら学院長は嘆息した。確かに記録保管箱の資料には、この姿の母の記録が残っている。金髪のフロレンティーナは気ままに学院内をうろうろしていた。ベアトリスの車椅子を押してブリジットが薬草学の講義に向かい、ジュディスとレイは魔術騎士科の講義の準備があったので同じ頃に一緒に屋敷を出た。ブルーノとノアは魔術騎士科の講義が始まるまではまだ間があるので屋敷に残っていた。


「やれやれ、おそろしい奴よの。なんで南の生物兵器がこんなところに生き残っているのやら。あのとき全て始末したのではなかったのか…ジュディスめ…余計なことを」


 コソコソと足音を忍ばせてシリルが屋敷に戻ってくる。厨房から赤い隻眼を光らせてアマロックが副神官長に向かって言った。


「ジュディスさまに良からぬことを企むならば容赦しないからな。この身体で良かったことなど一度もないと思っていたが、今回ばかりは感謝するぞ。その気になれば俺はお前を喰える。喰ってその力ごと取り込んで未来永劫封じてやる」


 アマロックがそう言いながら眼帯に触れるとシリルは眉を下げた。


「分かった分かった。おお恐い恐い」


 近くにいたブルーノとノアの視線に副神官長は気にするなと言わんばかりに手を上げて制した。


「なに、神聖南方王朝には無関係な昔の話だ。気にするでない」


 そう言われると余計に気になる、とブルーノは思ったが、アマロックを怒らせたくはなかったので柔らかな笑顔を浮かべて沈黙した。だが副神官長は生物兵器と言ったか。南方王朝の実験は非人道的なものが多かった。ひょっとするとアマロックだけではなくジュディスもその被害者なのではないだろうか。ブルーノは己の立てた仮説にも関わらず、思わず身震いした。


「ところでガルブレイス神官の連れてきた二人の巫女…あれは何者なんだ?」


 ブルーノの近くにいた学院長がシリルに尋ねる。シリルの脳内に思念を送ると、シリルは途端に嫌そうな顔をした。


「その魔術は慣れないのぅ…あれは…巫女ではない。そうよの。ガルブレイスの子飼いの弟子…いや、むしろあれらにガルブレイスが使われているのかもしれぬな。おお、我がここにいることも奴に漏らしてはならぬぞ?面倒なことになる」


 シリルはニヤニヤ笑う。


「どういうことだ?」


「子飼いの弟子も…主導権は常に入れ替わる…我とこの蔦持ちのようにな。我はガルブレイスは好かぬ。あれは争いを好まぬ臆病者じゃ。この意味は分かるであろう?先日の話…よりよい返事を待っているぞ?」


 ブルーノが不安そうにこちらを見るのが分かったが、学院長は重々しく頷いてその話を終わらせた。

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