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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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青い花

 結局意地を張り続けるのも癪な気がして、ジュディスは皆と一緒に屋敷へと戻った。屋敷に着くと外にまで夕飯のいい匂いが漂っていた。


「あら、みんな揃っておかえりなさい」


 外でエリアルと遊んでいたアドリアーナが笑って振り返った。こうやってはしゃいでいると本物の少女にしか見えない。けれどもふと空を見上げたアドリアーナはエリアルに囁いて手を振ると、テラスから室内に消えて行った。


「あぁ…そろそろ陽が沈む時間だから…母にかけられた呪いが発動する…」


 クレメンスは苦々しい顔をした。


 屋敷に入るとブリジットがアドリアーナを抱いて階段を上がっているところだった。その両手両足はすでに物々しい魔術の拘束具で封じられている。暴れて意思とは無関係に己を傷つけるのを防ぐ為の物だと聞いた。


「また後でね」


 微笑んだアドリアーナはブリジットの肩に寄りかかると辛そうに目を閉じた。


「私も…この時間帯は…ダメなのよ…」


 見れば車椅子のベアトリスも急に顔色が悪くなっていた。クレメンスが素早くベアトリスを抱き上げ、魔力で車椅子を畳み二階へと連れてゆく。ブルーノは呆気にとられてその様子を見送ったが、レイはニヤッと笑って言った。


「なんだかんだで面倒見がいいんだよね、クレメンスって」


「ジュディス、また蕾が膨らんだ?大丈夫?」


 ノアが右肩の蕾を見上げて不安そうに呟いた。以前赤い花の匂いを吸って酔っ払った記憶はあるらしい。大広間のソファーには実にだらしない格好でシリルが寝そべっていたが、ジュディスを見ると飛び起きて近付いてきた。


「おぉ!雌の身体は良いのう。花開いて実を結ぶ…おぬしは雛のうちに幾度もあれの領域に取り込まれて、戻る度に幼くなっておったが、此度はちと勝手が違って戸惑っておるだろう?」


 くくっと笑ってシリルはジュディスと手を繋いだままのレイの周りをぐるりと回って観察した。レイにもジュディスの不快度が上がるのが分かる。が、ジュディスはそれを理性で抑えようとしていた。


「レイ…といったかの?あのケツの青いガキと見た目は瓜二つでまことに憎らしいが…おぬしは意外と簡単にこれの懐に潜り込む術を持っていると見える。放っておいてもそのうち孫の顔を拝めそうじゃな」


 レイの理性がとうとう崩壊する。なんなんだ、面と向かってこの生き物は一体何を言っているんだ。


「レイ…相手にすると馬鹿が移るから行くぞ」


 ジュディスは冷たい視線をシリルに送り、厨房目指して歩き出す。


「すまないが今日は四人分、寝室の方に食事を運んでほしい。私たちと、ベアトリスとクレメンスの分も」


 声を掛けたジュディスはレイを引っ張るようにして二階へと姿を消した。残されたブルーノとノアは困り顔で副神官長を見る。


「老いぼれの楽しみはもう孫の顔くらいなんじゃが、何故あれは怒ったんだ?」


 シリルは大真面目な顔をして首を傾げた。



***

 


 レイとジュディスは疲れ切って寝室に入った。こんな風に疲労するとジュディスならそのまま何もせずに横になるところだが、綺麗好きなレイは必ず寝室に入るとすぐ魔力で服や身体の汚れを落とす。清浄な空気と水の気配がして少し落ち着いてからレイはベッドに座る。隣で綺麗にしてもらったジュディスはごろんと横になった。


「レイもイラッとしてたな」


 おもむろに言ってジュディスは僅かに笑った。


「まぁね。お父さまもあの人にとってはケツの青いガキ扱いなんだなと…興味深い視点ではあったけどね」


「あいつは…女神の領域に落ちたことがないんだ…というか、弾かれて入れない。ま、言ってしまえば盛大な夫婦喧嘩が勃発したまま今に至るってとこだな…そりゃそうだ。地底の悪鬼に一番最初の供物としてあいつが捧げたのが、女神と言われているあいつの妻なんだから嫌われて当然だろ」


 淡々としたジュディスの言葉にレイはゾッとした。だが僅かにその言い方に引っ掛かりを覚える。


「妻って…女神は…君の母親でもあるんだよね?」


 するとジュディスは首を横に振った。


「母は…あれが母といえるのか…。いつか…必ず話す。ジェイドと私は…双子だったんだ…でも繰り返すうちに混じり合って…もう、よく分からなくなってきている。蔦はお互いの記憶を共有するから…」


 ジュディスはどこか遠くの記憶を辿るような目つきをした。


「私は、あいつの言う通り、ここ数百年の間は雛…西で言うと十代前半かな…までしか成長できてない。ジェイドと私とで交代で供物になっていたからな。思えばオーブリーに救われてこっちに来てジェイドとして過ごしたときが十六までで…人生で一番長く成長できた時間だったんだ」


 レイは言葉を失った。ジュディスはつまり父の羽化の守を務めた例外を除いては供物としてもっと小さいうちに何度も捧げられ、女神の領域へ落ちて再来しては供物になる人生を繰り返してきた、そういうことになる。


「だからあいつは…フレディには戦いを唆したが、腹の中では私とレイを供物に捧げる算段をしていてもおかしくはないんだ。元々そういう冷酷な性格だ。供物に捧げる前に子孫を残してくれたら御の字、そういうことだろうな」


 ジュディスは繋がっていない方の片手を伸ばしてレイの肩に触れた。引かれるままにレイも隣に横になる。ジュディスの額が胸に触れた。


「…私は…そんな運命にレイも巻き込んでしまった…だから、今回は…もう安々と供物になるつもりはないんだ」


「うん…僕も供物にはなりたくないよ。一緒に生きるために戻ってきたんだから」


 レイの言葉にジュディスは肩を抱く手の力を込めた。レイもそっと抱き返す。ジュディスの右肩で蕾の膨らむ気配がした。レイが見ると緑の蕾の間から僅かに青い花びらの色が見え始めていた。


「ジュディス…花の色が違うよ…」


 自分の肩を見たジュディスは笑った。


「こんなに大きな花が咲くのも初めてだし青い花も初めてだな…分からないことだらけだ…あぁ、そうだ蔦の眷属には年齢の数え方が別にあるんだ。女神の領域で飲んだ蔦の本数…だからレイは二歳だな」


「えぇ?僕は二歳なの?じゃあジュディスは?」


「うん?私は前回少し暴れ過ぎたせいで女神に蔦を引き抜かれたから…半分くらい減って十八歳だな」


「え?引き抜かれたら年齢も減るの?ややこしいな…」


「まぁ要するに身体の中に眠る蔦の根幹部分を意識すれば数えられる。レイの根幹は二本だが一本一本の成長速度は私より早い。こうして交配出来てるからな…」


 言いながら肩の花にジュディスは目を移す。


「交配って、言い方…!」


「レイは半分精霊になったばかりだからいまいち分からないと思うけど、蔦の眷属は植物と動物の中間のような存在…と言い表せば一番理解しやすいのかもしれない」


 ジュディスは真面目な顔をして続けた。


「蔦の成長にも通常はもっと時間がかかるはずなんだ。でも…王家の血には元々精霊の血が含まれているからレイの蔦の成長も早いのかもしれないな」

 

「え!?元々精霊の血が入ってる?そんなの聞いたことないよ」


 驚きを隠せないレイの言葉にジュディスは半ば呆れたような顔をした。


「…じゃあなんで、王家の人間は羽化するんだ?他に繭になる種族なんて魔物以外いないだろ?多分、長い年月を経て伝えるうちに内容が変化して精霊の部分は抜け落ちたんだ。じゃなきゃ私みたいに変なのを羽化の守にしようだなんて普通は思わないからな。レイの中に元々流れてる精霊の血が本能的に私の精霊の血を求めて互いに結びつこうとする…そういうことなんだと思うよ」


 レイは羽化の守の魔法陣を刻んだあの瞬間を急に思い出して赤くなった。ジュディスの血を甘いと感じて、申し訳ないと思いつつも抗えなかった。


「…じゃあジュディスは目の前に羽化前の他の王子がいたら…きっとその王子の守になってたってことだよね…」


 本能的に結びつくならそういうことになる。拗ねたようなレイの顔を見上げてジュディスは笑った。


「それがそうでもないんだな…他の王子の私を見た反応は一様にして気持ち悪い、だったからな。保有可能な魔力量で言えば第七王子はやや足りず若干興味深そうにはしていたが…要するにレイほどの魔力量でなければ喰われるような気がしてむしろ避ける、そういうことだな」


 ジュディスは笑って不意に唇を近付けてきた。柔らかく唇が重なる。やんわりと噛まれて、レイはいつかのようにされるがままになる。


「…食べないでよ?」


 レイは呟いたがジュディスに再び唇を封じられた。そのまま魔力を吸い取られる。


(竜の火種のお陰で…魔力も吸いやすい…)


 脳裏にジュディスの声が響く。いつになく積極的だ。


(ほどほどに頼むよ…)


 確かに自分に魔力量がなければ命の危機に直結するから本能で避けるなとレイは妙に納得した。それにしてもなんてものをフロレンティーナはジュディスに貸したのか。ジュディスの唇が熱い。燃えそうだ。理性理性、とレイは自分自身に言い聞かせる。


(花が咲くまでに僕の魔力で足りるといいけど…)


 ジュディスはまるで水を飲むように熱心にレイの魔力を吸い取っている。目の前の植物の蕾は魔力の水を吸い上げて花開こうとしている。自分は水を含む土壌でその花を育てている。レイはそのイメージを崩さずに維持し続けた。そうでもしないと流されそうな危険な熱さだった。



***



 ジュディスが我に返る頃にはとっくに夕陽は沈み外は暗くなっていた。テーブルに置かれた料理には保温の魔術が掛けられており、料理長の字でメモが置かれていた。傍らでレイは気絶したように眠っている。レイの上で丸くなったファラーシャは仔猫の姿のまま、ジュディスに小言を言った。


「本気で食べるつもりかとちょっと危ぶんだよ…」


「…悪い…少し箍が外れた…竜の火種に酔った…」


 ジュディスは呟いて魔力中枢の辺りに触れた。いつの間にか繋いでいた手も離れていたが身体は軽い。何よりいつもよりも安定した魔力で満たされている。


「…どうして僕の名前をつけ直さないんだ?主さまなら出来るでしょ?」


 仔猫の問い掛けにジュディスは笑ってその頭を撫でた。


「ファラーシャは今みたいなことが起きる場合の抑止力…かな。だから常にレイの視点に立っていて、私が我を忘れてレイの命を脅かしたら…止めてほしい」


 ジュディスはレイの銀の髪に触れた。そっと頭を撫でると僅かに微笑んだ。吸い尽くした訳ではなくてホッとする。肩に絡みつく蔦の蕾は更に膨らんで今にも花開こうとしていた。何となく窓際に近付く。そこからテラスに出ると青と金の三日月が輝いていた。月明かりを浴びていると微かな物音がした。いつの間にか起きたレイが隣に立って手を繋いでくる。


「レイ…もうすぐ咲きそうだ…」


 月明かりに照らされて蕾が開く。無数の細かい青い花びらが伸びてふわりと開いた。


「わぁ綺麗だ」


 レイが歓声を上げる。淡い光を放つ花は微かな芳香を残して呆気なく萎む。片手で萎んだ花をそっと撫でてジュディスは微笑んだ。


「あとは種になるのを待つだけだ…レイ、ところで…身体は大丈夫か?その…ちょっと…魔力を吸い過ぎたから…」


 ジュディスは口ごもる。レイはジュディスを見て唇に指先で触れた。


「竜の火種は…僕たちには…まだちょっと早いかもしれないね。火傷しそうだった…」


「そうだな…早めにフロレンティーナに返さなきゃ…」


 顔を見合わせて二人は笑った。

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