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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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シリルの思惑

 モリス教授が不在だったので、レイは学院長室の扉を叩いた。学院長は不在だったが、ネルの格好をしたフロレンティーナがいた。


「なんだかんだで使いやすいのよ、この姿。ほら、元の私って派手だから目立っちゃうでしょ」


 陰のある秀才風の緩い前髪の陰から悪戯な金と緑が覗く。フロレンティーナは書類の整理をしていた。


「仮眠室を使っていいわよ」


 ぐったりしたジュディスを見てフロレンティーナはすぐに察して奥の部屋の扉を開けた。


「魔力の方は…大丈夫そうね」


 そう言ってジュディスに触れていたフロレンティーナは不意にレイをじっと見る。


「…なるほどね。ジュディスにとっては複雑って訳なのね」


「え?何?」


 レイの心配そうな表情にフロレンティーナは少し困ったように告げる。


「レイは普段は忘れてるかもしれないけれど、ジュディスは自分が女の子の身体だっていう事実と折り合いをつけるのにも苦労してるのよ。ジュディスのことが好きなのは分かるけれど、あまり先を急いではダメよ。あなたはこの身体の大きさくらいが今のジュディスにはちょうど合っているのよ」


 レイはハッとした。自分に都合良く精霊を使役してジュディスを抱きしめたことを思い返した。


「レイ…血が…足りない」


「…私は外すわね。ジュディスも言葉にして表さないとダメよ」


 フロレンティーナが扉を閉めるとすぐにジュディスの右手に残る真っ直ぐな傷痕の近くから蔦が伸びてきた。レイも蔦を出して繋ぐ。再びジュディスの腕の中にレイの蔦は引き込まれた。


「…この傷…お兄様がつけたんだね…どうして言わないの?僕も追体験したら痛かったよ…ごめん」


 掌を合わせながらレイが言うとジュディスは僅かに目を開けた。


「大した傷じゃない…隣に来て。さっきは…ちょっと動揺しただけなんだ。羽化後のレイの身体が…羨ましかった…」


 レイは返す言葉が見つからないまま静かにジュディスの隣に横になった。蔦はどんどんジュディスの中に引き込まれる。ジュディスの鼓動が蔦に響いてレイは急に緊張し始めた。どこまで引き込まれるのだろう。


「僕の身体を丸ごと君にあげられたら良かったのに。羽化前は両方持っていたから…僕は多分君の姿になったとしてもジュディスほどの葛藤はないんだ…」


 ジュディスは不意にレイの肩に顔を押し付けてきた。嗚咽が漏れる。肩が涙で濡れるのが分かった。


「感情の制御も…うまくいかないし…ベアトリスを…守りたいのに…この始末だ…」


「うん…ジュディスの身体はたくさん血が流れるし…今は戦えない…だから、僕を代わりに使っていいんだ。それも嫌かもしれないけど、それでも僕は君の手足になりたいんだ。いつも守られてるのは僕だから、こんな時くらい少しは頼ってもらいたいってことは分かってほしい…」


 レイの血が蔦を通じて流れてくると、ジュディスは少し自分が落ち着くのが分かった。レイの血はジュディスのごちゃごちゃになった感情をいつもなだめてくれる。懲罰房に入ったときもそうだったと思ったら胸が急に苦しくなった。その感情が何なのかはとっくに分かっていたのにあえて直視してこなかった自分を顧みる。茶化して誤魔化して自分には無縁な感情だと、どこか俯瞰して見ようとしていた。でも。


「うん…ごめん。今は守ってほしい…私は…レイのことが好きなんだ…」


 レイが僅かに身動ぎした。顔を上げると驚いたようなレイの瞳がこちらを見ていた。


「ジュディス…やっぱり今日は変だよ。身体のせいで心も不安定なのかな…」


「え…?」


 ジュディスは脱力する。結構な気力を使って言葉にしたのに。けれどもレイは蔦で繋がっていない方の手でジュディスの髪を撫でながら続けた。


「言葉にしなくても、それはいつも感じてる。ちゃんと伝わってるよ」


 しばらくして外していた学院長が戻ってくるとフロレンティーナはネルの姿のままニコニコしていた。唇にそっと人差し指を当てて仮眠室を指差す。静かに扉を開けるとジュディスとレイが仲良く向かい合って眠っていた。学院長は扉を閉めて遮断した。


「今朝はどうなるかと思ったけれど…レイってば、なんだかんだで頼りになるわよね。で、そちらは建設的な会話は出来たのかしら?」


 フロレンティーナの言葉に学院長は深いため息をつく。


「出来たといえば出来たし、出来なかったといえば出来なかった…ジェイドの頃のジュディスにも考え方の違いに驚かされたことは何度もあったが…あれは…更にその上をゆく…」


「聞こうじゃないの」


 フロレンティーナの金の目がキラリと光った。



***

 


 ジュディスが言葉少なに屋敷から出た後に、フレディはシリルとの対話を試みていた。シリルは無遠慮に昨日焼いたクッキーを頬張りながら、フレディの質問に頷いた。


「確かにその金髪にルビーのような目をした少女の血を飲んだのは我じゃ。魔力も少なく思ったほど美味くはなかったがの。だが、他の少女については知らぬ」


 シリルは紅茶をグビグビと飲む。


「ジュディス…ジェイドを生贄に差し出したという話は本当なのですか?」


 フレディの口調に非難めいたものを読み取ったのか、シリルは笑った。


「なるほど。おぬしの気に入らぬのはそこか。結論を言えばそうじゃ。我は狂王にジェイドを差し出した。理由を知りたいのか?」


 シリルの薄桃色が混じる紫の瞳がフレディを嘲笑するかのように細められる。嫌な目付きだ。


「あれを己のものにする度胸もなかったおぬしに教えてやる義理などないが…軍を率いていたならおぬしにも分かるやもしれぬ。一を犠牲にして千を救った。その一がジェイドだった。それだけじゃ」


 フレディは僅かに目を見開き押し黙る。言い返す言葉も見つからなかった。


「地底の悪鬼を鎮めるには千の子どもの命が必要じゃ。狂王配下の腐れ神官でも持ち合わせは二百程度じゃった。それが蔦の眷属のジェイドならば一で足りる。おぬしならばどうする?千の罪なき子を集めて贄に捧げるか?ジェイドを救うために?」


 命を天秤にかける己を想像したところでフレディは我に返った。そうして自分が選ぶであろう選択肢を口にした。


「私なら…地底の悪鬼を始末する」


 シリルは一瞬目を丸くしてから腹を抱えて笑い出した。


「なるほど…そうか、元軍人のおぬしにはその選択肢もあった訳か。こりゃ一本取られたな」


 そうして不意にシリルは笑うのを止めた。


「西のおぬしの目には南の儀式が単に贄を捧げる野蛮なものと映ったかもしれぬが、あれには意味がある。上級魔物の召喚儀式とは別に地底の悪鬼を鎮める儀式があるのじゃ。ジェイドをケツの青いガキだった西の王子が攫って捧げ損ねたことで地底の悪鬼が暴れて南方王朝は滅びたが、その悪鬼はまだ地中に眠っている。そして、そろそろ目覚めの時が近付いている…」


 シリルはクッキーを半分に割った。


「南と北に残る蔦持ちは我の知る限りあれがソロと名付けたこれを含めて三人、こちらには蔦の眷属が二人と紅と黒の竜…仮に数を揃えて戦いを挑んだとしても五分五分じゃな。あれは女神の領域に落ちて力が半減した。しかも我は嫌われておるから、あれに協力を仰ぐのは困難だ」


 シリルは喉の奥で低く笑った。


「が…竜に呪われた者と祝福されたおぬしも蔦の眷属に加えたらどうなるかの。ひょっとすると面白いものが見られるやもしれぬ…どうだ?おぬしも今よりも強大な力を得て永遠の地獄を共に歩まぬか?」


 フレディは腹の底が冷たくなるのを感じた。炎が消えた訳でもないのに底知れない恐怖を覚える。


「…目覚めは…いつだ」


「明日かもしれぬし一年後かもしれぬ…少なくとも浮上度合いからすると、もって三年ほどかの。あれはおぬしの言葉なら耳を傾けるじゃろ。よく懐いておるからな。しかも厄介なことに戦いを望まぬ者はすでに生贄の準備を始めておる。その中にはアドルファス・ブルーノ第三王子の名も含まれておる…番の誓いを交わしたサフィレットも例外ではない…番を引き裂くよりは共に贄にというのが南の常じゃからな。しかし思わぬ邪魔が入って我も封じられたせいで知らせが間に合わなんだ…すまぬ」


 シリルは今までの態度にしては珍しく殊勝な顔をして、そこで初めて深くフレディに向かって頭を下げた。

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