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鼓動

 いつものようにレイの屋敷で朝食を摂ろうと集まってきた面々は、レイとジュディスの様子に首を傾げた。特にいつもは大抵明るいレイが大人しいことに皆が違和感を覚えた。今レイはジュディスと一緒に煮込んだ野菜のスープを飲んでいたが、二人とも珍しく押し黙って食事をしていた。


「ケンカでもしたの?」


 ブルーノの隣のサフィレットがヒソヒソと話す。茶色いノアの姿から転じて以降、普段は白髪に紫の瞳の少女姿を取ることで落ち着いていた。耳を出すのも自由自在だ。魔力量も格段に増え元々の俊敏さも加わって、つい最近魔術騎士科の講義の受講が認められた。


「さぁ…でも、あの二人がケンカなんてする?」


「…する気がしないけど」


 食事も程々にレイは席を立って二階に消える。ジュディスは一人残ってスープを掬っていたが、小さくため息をついた。そうして近くで新聞を読んでいたフレディの肘をつつく。


「どうした?」


「ちょっと…相談したいことが…」


 そのまま二人はテラスへと移動し、フレディは周囲を遮断した。


「実は今朝…レイの魔力と精霊の力を安定させるのに、モリス先生に協力してもらおうとしたんだけど、ちょっと失敗してしまったんだ」


 ジュディスはソファーの上で足をぷらぷらさせた。


「失敗とは?」


 隣に座って見上げるジュディスの瞳の色にいまだに違和感を覚えながらフレディは聞き返す。


「間違ってモリス先生の記憶を読んでしまって、妹さんのことをうっかり聞いてしまったんだ。レイの見たのは断片だからそれが正しいのかは分からないけど…」


「あぁ…それであんなに元気がなかったのか」


 納得したようなフレディの口調にジュディスは確信する。フレディは恐らく全てを知っている。


「私が聞かせてもらってもいい話?」


「…隠していた訳ではないが、羽化の守の最中に聞かせるべき話ではないと思って、言わなかっただけだ。モリス教授の妹は第三王子の羽化の守だった。王子の死後、彼女も命を絶とうとしたがモリス教授が助けた」


 そこでフレディは先に続ける言葉を慎重に選ぶ素振りを見せた。


「結果として彼女の命は助かった…が、心までは救えなかった。彼女の心は十五歳のまま止まってしまって王子を失った現実を受け入れられない。彼が治癒師を止めたのはそのせいだ。優秀な治癒師だったが、彼は妹を救えなかった自分を許せなかった。家督を継がなかったのも…ここが一番、彼女のいる王立治癒院に近いからだ。毎日夕方に彼は妹のところへ通っている」


「そうだったのか…その治癒院に私が一緒に行ってみたいと言ったら…モリス先生は嫌がるかな…」


「それは本人に直接掛け合うことだな。人の心は弱い。君のように一度は壊れかけて、それでも戻る者は稀だ」


 フレディはジュディスの頭を撫でる。その手を両手で包み込んでジュディスは真顔で言った。


「何言ってるの。それはフレディがいなかったらなし得なかったことだよ。私の心が強かった訳じゃない」


 ジュディスはフレディにそのまま寄りかかった。


「…こういうとき、抱き締められる大きな身体じゃないのは不便だよ。こう…包み込んでレイを安心させたいのに、寄り添うことしかできない…フレディ、レイのところに行ってあげて」


 隣の小さな友人の頼みに、フレディは低く笑って続けた。


「大丈夫だ。それならもうすでにフロレンティーナが行った」


 ジュディスは一瞬虚を突かれたような顔をした。が、すぐに破顔した。


「さすがだな。フロレンティーナはいいお母さんになると思うよ」



***

 

 

 その頃、女性の姿のフロレンティーナはレイと共に並んで座っていた。握った手からフロレンティーナの炎の魔力が流れてくる。女性の炎は特に苦手だったが、精霊の血を取り込んで以降、以前よりも平気になったことにレイは驚いていた。


「変わっていいこともあれば…どこまで踏み込んでも平気なのか、その線引きがうまくいかないこともあって…」


「それは私だって同じよ。人の理とは相容れない部分だってあるわ。あなたは混ざりたてだから掴めなくて当然よ」


 レイの肩に回したフロレンティーナの腕の温かさを感じながらレイは最初からずっと気になって仕方のなかったことをとうとう口に出した。


「ねぇ…フロレンティーナは気付いてる?こうしてると…色んな音が聞こえるんだ…その…フロレンティーナの心臓の音とか…他にも…」


「…他にもって?」


「線引きをまた間違えてたらごめん。お腹に耳を当ててもいい?」


「え?レイ、どういうこと?」


 レイは屈んでぴたりと耳を当てると目を閉じた。


「うん…やっぱり間違いないと思う」


 顔を上げたレイは微笑んだ。


「フロレンティーナ以外の小さな心臓の音がずっと聞こえるんだ。双子だと思う」


「え?」


「まだすごく小さいけど、赤ちゃんがいるよ。気付いてなかった?」


「えっ!?」


「おめでとう。フロレンティーナ。学院長に報告しなくちゃね」


「ちょっと待ってレイ!信じてない訳じゃないけど…それは…助産院に行ってからにするわ」


 予想外のレイの言葉に、フロレンティーナはまだ半信半疑といった様子でそっとお腹に手を当てた。フレディの伴侶になれただけでも奇跡だと思っていたのに、子どもまで?フロレンティーナは自分の早まる鼓動を意識しながら掌でお腹を優しく撫でた。

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