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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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旧交

 もう少し慎みを持って行動してもらわないと困る、とフレディに小言を言われたブリジットだが、さほど反省はしていなかった。元より慎みなどとは無縁な人生だ。魔力が強ければ誰でも良かった。

 もう一人夜になると変貌を遂げる者がいるとのことで、それまではサフィレットにちょっかいをかけてブルーノに不興を買ったりしながらブリジットはダラダラと過ごす。ソファーに寝そべりながらブリジットはフレディを仰ぎ見た。


「あぁそうだ。ジュディスの焼印を触ったが、ちょっと面白いものが見えたぞ」


 フレディにそう言うと無言のまま睨まれた。従兄は真面目すぎる。彼が相手なら強い魔力の子が作れそうなのに一切ブリジットの誘いには乗らないのもつまらなかった。


「あの娘…あの状況で、私には全く違う過去を流してきた…無意識なのかもしれないが…見せまいとするその矜持は何とも健気だな。暴いて目茶苦茶にしてみたくなる。流れてきた過去はジェイドのときよりも更にずっと前だ。あれは竜とも関わりがあるようだ…」


 竜の言葉に、背を向けようとしていたフレディは思わずブリジットを振り返った。


「しかし、まさか堅物のお前があのお転婆なはぐれ竜を受け入れるとはな。世の中何が起こるか分からないものだ」


 ククッとブリジットは面白そうに笑う。フレディは再び仏頂面になる。


「私は竜にちょっかいを出して呪われたが、お前は手を出された方だからその程度で済んだのか?まぁだがいずれ我々は同じ道を辿るだろうな。竜と番えば否応なしに不死の呪いに取り込まれる…」


 ブリジットは強い子孫を残す為の手段を選ばない。そういう家系だ。そう教え込まれて育った。それ故、そのいびつさに気付かない。焼印のある夫との間に生まれた子はよく出来た強い魔力の息子だった。だが第二王女と婚約したが為に昨年命を失った。恋だの愛だのとそんなものに惑わされるから命を落とす。ブリジットには理解不能だった。弟の方はブリジットが竜の女に生ませた子だ。竜の女は飼い慣らすのにも時間がかかった。だが生まれたのはごく平凡な魔力量の子どもだった。しかも飼い慣らしがまずかったのか、ブリジットは竜の長に呪われた。年々身体までもが竜のそれに変わりつつある。


「…正直なところ、私の血を引こうが引くまいが、強ければ問題はないんだ。ジュディスとレイでも…その間に何が生まれるのかには実に興味がある」


 言いながらブリジットは手にした紅水晶の実を摘んだ。酸味が強く生食には向かないものを平気で食べている。訝しげなフレディの視線に気付いたブリジットは籠に山盛りになっている中から一つ放り投げて寄越した。


「紅い竜にも食わせてやれ。こういう時期は味覚も変わるからな…私はもう五ヶ月だから安定期に入ったが、これが美味くて仕方ない」


 フレディは何とも言えない顔をして押し黙る。何故こちらのことを知っているのかと問うのは諦めた。ロウにはロウの諜報機関が存在する。重い沈黙の後にフレディはようやく口を開いた。


「呼び付けて済まなかった…」


 フレディの言葉にブリジットは大笑いした。


「ひと昔前のお前なら、それは誰の子だとか口煩くあれこれ言ってくるところだが、変われば変わるものだな。なに、却って今回は助かった。クレメンスにも外の世界を見せてやる良い機会だ。あの捻くれ者を頼む」


 クレメンスにとってのブリジットはあくまで父親だ。その父親が今度は再び母親になろうとしている。さぞかしその心中は複雑だろう。ブリジットの言葉に頷きながらフレディはしばらく会っていないクレメンスに思いを馳せたのだった。



***



 その日の夕方、有無を言わさず王立学院に呼び寄せられたクレメンスは仏頂面の見本のような顔付きでレイの屋敷の前にいた。母親譲りの栗色の髪を無造作に束ね、長めの前髪に隠した瞳は金だ。だが受け継いだのはその色のみでクレメンスに竜の力はなかった。それでも王立学院の連中などはクレメンスの足元にも及ばない。こんなところで学ぶものなど何もない、父の酔狂に振り回されるのはご免だと思った。鋭い目付きで屋敷を睥睨する。一歩踏み出したところで庭先で走る小等部くらいの子どもたちが目に入った。無邪気に遊んでいる。何だか無性に腹が立った。訓練に明け暮れこんな風に遊んだ記憶などない。追いかけっこをしていた半獣人と思しき少年が近くで転ぶ。転んだ少年は近くに立っているクレメンスに気付いて怯えた表情を浮かべた。


「どうした?ソロ」


 物陰から不意に何の気配もなく白い手が現れ、クレメンスは柄にもなくギョッとした。気配を捉えられないことなど今までなかった。少年を抱き起こした手の持ち主は、翡翠色の長い髪を揺らし、紫と濃い緑の不思議な瞳でクレメンスを見上げた。


(何なんだこの感じ…)


 腹の底がぞわぞわした。恐ろしいほどに美しい少女だ。得体の知れない感情が沸き起こりクレメンスは困惑した。


「クレメンス?」


 突然名前を呼ばれてクレメンスは我に返る。少女の後ろからまた何の気配もなく現れた人物は、金と紫の瞳でクレメンスをじっと見つめた。


「いつぶりかな?君に見下ろされるのは何だか癪だなぁ…」


 共に父の特訓を受けて試練を乗り越えてきた懐かしい友の顔がそこにはあった。幾分か幼いのは繭期に事件に巻き込まれたせいだと聞いていた。が、実際にこうして見ると想像以上に衝撃的だった。目の色のみならず魔力までもが変わっている。羽化の守と混ざったのだろうか。


「レイ…なのか?」


「うん。クレメンスも元気そうで良かったよ。この子はジュディス。僕の婚約者なんだ」


 見ているだけで鳥肌が立ちそうな生き物にレイは平然と触れる。肩に置いた手の甲に刻まれた婚約の魔方陣にたじろいで、クレメンスは思わず目を逸らした。


「ジュディスです。よろしく」


 それだけ言って少女はクレメンスからは興味を失ったように、ソロと呼んだ少年に手を引かれて視界から遠ざかった。ぼんやりとその後ろ姿を見送っていたクレメンスの肘をレイが小突く。


「親子揃ってジュディスに惹かれるのは勘弁してほしいな」


「え…?いや、そういうつもりじゃない。不思議で…って、また父が失礼なことをしたのか?」


「隙あらば喰おうと虎視眈々と狙ってる感じだよ…お陰でしばらくは刺激的な日常が送れそう」


「あぁ…申し訳ない…腹の中に弟もいるのに、もう病気としか言いようがないな」


「え!?師匠が?師匠のお腹に?」


 レイは絶句する。レイにとってもクレメンスがそう呼ぶせいもあってブリジットを女性として見たことはあまりなかった。頭の中では両性具有だと一応は理解している。だがこうして聞かされると訳が違う。混乱する。レイは手を伸ばして友の肩を労うように軽く叩いた。


「規格外の親を持つとお互い苦労するね…」


「第七王子の屋敷の惨劇よりはまだマシだ…よく戻ったな。こうして再会できて本当に嬉しいよ」


 小柄になったレイとクレメンスは再会を祝して今度こそ固い抱擁を交わした。

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