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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者〜  作者: 樹弦


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試み

 ベアトリスはずっと前から目を覚ましていた。何やらテラスの外が騒がしかった。が、起き上がるのも億劫で横になっていた。恐る恐るお腹に触れると膨らみは消え去っていた。けれども不安は消えなかった。何か媚薬が欲しい、この現実から逃れたい、そう思ってしまった。

 不意に扉を叩く音がして入ってきたのは長身の人物だった。男性?それとも女性?判別し難い。なのに一瞬学院長かとベアトリスは思ってしまって、何故そう思ったのかも分からず困惑した。


「私はブリジット・ロウ。学院長の血縁だ。見たところ、己の欲望に忠実な性格と見たが…そんなに媚薬が欲しいか?今止められなければ一生、閉じ込められ自由を奪われて無様な姿を晒すことになるぞ?」


 言い方が意地悪だと思った。ジュディスの物言いも直接的だったが必要以上に傷を抉っては来なかった。


「助かる気もない者を救ってやるほど私は暇ではないからな。お前の腹をなんとかしようとして倒れたジュディスはお人好しもいいところだ。そんなに死にたいなら楽に死なせてやる。だがそれではジュディスの努力が無駄になる。一応問おう。生きるか死ぬか。どちらを選ぶ?」


 ベアトリスは無意識のうちに腕を押さえて唇を噛んだ。もう魔力すら満足に操れない。それでも。


「死にたくはないです…でも…生きているのもつらい…私は誰にも必要とされていないから」


 ブリジットはそれを聞くと可笑しそうに笑い出した。本当の気持ちを言ったのに笑うなんて酷いと思う。


「では聞くが、お前は血反吐を吐くほど誰かから必要とされる努力をしたのか?お前は今まで与えられた家名の上にあぐらをかいて座っていただけだ。だからそれを失ったら何もなくなった。今何も持ち合わせていないお前は、ある意味一番やり直すのに最適な環境にいる。少なくともお前を森に投げ捨てたままにせず、拾い上げて何の見返りも求めずに清潔なベッドを与えた者がいる。打ち捨てられたまま死んでいく子が辺境にはごまんといるんだぞ?そのことを、その意味をよく考えてみることだ」


 ブリジットはそう告げると部屋を出てゆく。ブリジットの言葉はベアトリスを刺した。いちいち図星で再起不能なほどにその自尊心を抉った。ベアトリスは泣いた。しばらく泣いているうちに無性に腹が立ってきた。自分自身に対する怒りだった。ボロボロな両腕を持ち上げる。長い間、惨めな自分に浸っていたが、こんな風に終わっていい訳がないと思った。救いの王子も偽物だった。それどころか腹に呪いを仕込んでいっただけだった。不意にジュディスの腕の温かさを思い出す。倒れたと言っていた。こんな私のせいで。そこまで考えてその考え方は卑屈だと思い直す。私も誰かに必要とされる存在になりたい。それには自分自身が今の状況から脱却して変わるしかない。ベアトリスは乱暴に涙を拭った。浸るのはもう終わりだ。ルビー色の瞳に再び光が戻った。



***



 ベアトリスの部屋を出ると全く気配はなかったのにジュディスがひっそりとそこに立っていた。ロウの家でもここまで気配を消せる者はいない。ブリジットは驚きを隠せなかった。監視のつもりか?とブリジットは舌を巻く。


「焚き付けるのが上手いんですね…消えかけていた炎が燃え始めた…」


 ジュディスは静かに言ってブリジットと並んで歩き出す。


「多分…私にも言いたいことがあるんですよね?」


 ジュディスの言葉にブリジットは小柄な相手を見下ろし歩みを止めた。


「言いたいこと…というよりは、気になること、かな。あまり手荒なことはしたくないが…私はフレディと違って手段はあまり選ばないのでね。結果さえ得られれば、その行程にはあまり興味がないんだ」


「…そう…ですか」


「王立学院には細かい規律があって概ね教授陣もそれを守っている。だが、どこまで生徒に介入するかの線引きが彼らを縛っているのも事実だ。ロウの家にはそれがない。縛りに拘って手をこまねいているうちに酷い所から拾ってきた子どもたちは死んでしまうからだ。だから繋ぎ留めるための手段は選ばない。この意味が分かるか?」


 ブリジットの瞳に金の光が過ぎる。ジュディスは本能的な恐怖に駆られて下がろうとしたがいつの間にか背後は壁だった。隅に追い込まれて巧みに遮断される。両手首を掴まれ頭上で拘束された。片手なのに物凄い力だった。


「仮に…レイが失敗しても私は君を救う術を知っている。私の身体はそういったことに都合良く出来ていてね…ロウの家系に時折出るのだよ。私のように両性具有の者が。私は君が欲しい。君の全てを手に入れたい。私ならその焼印ごと受け入れて君の欲しいものも与えられる…」


 するりとあっけなく腹の傷に素手が触れた。そこにある途切れた焼印と、オーブリーの刺傷ごと入念に探られる。吸い付くような冷たい指先にジュディスの身体は硬直した。全く動けない。舐め回すように記憶を読まれている。閉じたいのに閉じれない。なおも執拗な指先に抉じ開けられ、冷や汗が噴き出すのが分かった。フレディに少し似た、けれども色の違う濃い青の瞳に獰猛な欲望が過ぎる。恐い。このままでは喰われる。

 突然頭上でけたたましい警報が鳴り響き、ジュディスは遮断の中から強引に引っ張り出された。


「ブリジット…ここは王立学院だ。中にいる以上は私の法に従ってもらう。越権行為は許されない」


 フレディの炎が再び地獄の業火のように燃え盛る。背後のレイにジュディスをそっと託してフレディはブリジットを牽制した。


「…何なんだ?前にはこんなものはなかっただろう」


 ブリジットは呆れたように天井を見上げる。警報は止んだが光が明滅していた。


「昨年改めたんだ。相手の合意なしに強硬手段に出るお前のような輩がいたから、学院内に犯罪防止の網を入念に張り巡らせた。怒り狂った私の伴侶がな」


「ジュディス、ゆっくり息をして…。ごめんね。僕の師匠は…ちょっと…というかかなり、人としては破綻してるから…魔術の腕は確かなんだけど」


 レイはジュディスの背中をさすりながら、ブリジットに軽蔑の眼差しを送った。


「師匠…あんまり奔放に振る舞い過ぎると、僕も怒りますよ。甘く見ないで下さい」


「やれやれ、なんなんだ君たちは。私は素直な気持ちを彼女に伝えただけだよ。それ以上でも以下でもない」


「こんなこともあろうかと思って婚約しておいたのに、それすら蔑ろにするなんて、人としては最低ですよね」


 かつての弟子であるレイは言いたい放題だ。そんなブリジットにようやく息ができるようになったジュディスが告げた。左手の甲を見せる。


「そうだ…忘れてたけど…これ…」


 ブリジットは古代術式で刻まれたジュディスの手の甲の魔方陣を見る。随分と緻密な婚約の印だ。古風と言ってもいいくらいの。それが今僅かに光を帯びていた。


「あのときは柄にもなく…調子に乗って描いたから…今よりも頑固な縛りがあるのを忘れてました…」


 そこで一息ついてジュディスは苦笑した。


「レイ以外の者が邪な目的で私に接触してきたら…これも発動します…」


「発動したらどうなる?」


 ブリジットは念の為に確認する。


「多分…二度と子孫を残せなくなります…古代術式の理論上ではそうなります」


「なるほど。それはさすがに怖いな。覚えておこう」


 ブリジットは肩をすくめて見せるとくるりと背を向けた。片手を上げる。


「まぁ、気が変わったらいつでもおいで。可愛がってあげるよ。今日はひとまず手を引こう」


 ブリジットの姿が消えるとレイは傍らのジュディスに向かってため息混じりに言った。


「僕と同い年の息子がいながら平気であんなことを言うんだから手に負えないよ」


「…フレディかブラッドウッドのクソ真面目さを少し分けてやったらいいんじゃないか?」


 傍らのフレディが咳払いをする。無駄に緊張を強いられたジュディスも深いため息をついた。

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